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秘剣・鶏鳴  作者:
4/10

04話 25歳 剣士(女)

 幼い頃に両親を亡くした私は父方の祖父母の家へと引き取られた。周辺の環境は少々田舎ではあったが何ら不自由なく育てられたと思っている。

 他の子と比べて両親がいないことを変だとは思わなかったが、それよりも変わっていたと思うのは祖父から剣術を教わっていたことだろう。有名な流派ではないそうだが、若い頃は負け知らずで道場破りをしながら全国を旅していたと(うそぶ)いていた。

 流石にそれは眉唾だろうが、時おり祖父を訪ねて腕に覚えのありそうな剣術家がやってきていたので満更まったくの嘘という訳でもないらしい。

 祖父から直々に手ほどきを受けた私の腕前は中々のものだったようで、祖父を訪ねて来た武芸者にはまず私が相手をする役割が与えられていた。彼ら相手に一度も負けたことが無いのは少しばかりの自慢だ。


 住んでいる村には学校が無かったので隣町まで通っていたが、高校卒業後の働き口は更に都会に行かなければ探せなかった。

 当初は華やかな街への憧れが多少はあったものの、初めに面接を受けた会社でセクハラ的な質問を受けて面接官の親父の顔面をぶん殴ってしまい、都会というのがまるきり嫌になってしまった。面接から帰って面接官を殴ったことを祖父に伝えると満面の笑みで「よくやった」と褒めてくれた。

 私は爺婆に囲まれながら畑仕事でもしているのが性にあっているようだと思い、これっきりでオフィスレディーへの道を見限ることにする。

 その頃には祖母は亡くなっており、祖父を一人にするのも気兼ねしたので畑仕事をしながら村の仕事を手伝いつつ穏やかに暮らしていくことを決めた。


 何度かの年を越した秋の朝、いつも日の出と共に起きる祖父が起きてこないと様子を見に行ったら既に冷たくなっていた。あと20年は元気だろうと思っていたのに、あっけなく一人になってしまった。


 葬儀は村の人が総出で手伝ってくれた。親戚付き合いが殆ど無かったので残された年賀状やらで連絡のつく人を探して新聞に小さく訃報を載せてもらうと、その日から電話が鳴り止まなくなって悲しんでいる暇は無くなった。

 祖父の遺言により葬儀は家のなかでひっそりと行われた。電話の数から膨大な弔問者を想像して震え上がっていた村長と私だったが、生前に祖父が「小さい村だから全員きたら迷惑だ」と通達していたらしく殆どの人がお悔やみの書留を送ってくるに留まった。

 顔なじみだった何人かと、私の知らないところで懇意にしていたらしい僅かな人達によってしめやかに祖父は送り出され、それから半年ばかりは事後処理に追われた。

 祖父に世話になったという弁護士や税理士の各種様々な肩書きの先生達の手によって遺産やら何やらの手続きも滞りなく進み、やっと終わったと思ったところで弁護士の先生が祖父の遺言書を取り出した。


「遺言書というには型破りなのですが……3つだけ書かれています」


 先生の読み上げた内容は実に祖父らしいものだった。

 一つ、外の世界を知って来なさい

 二つ、剣は続けなさい

 三つ、後は好きに生きなさい


 葬儀後に村長さんから聞いた話によれば、酒の席で祖父が「若者が田舎の村に収まるのは良くない」と思っていたらしい。身を守るだけの剣の腕があるのだから、村を出て外の世界を見てきて欲しいと思っていたそうだ。

 それでも、いざ私が都会へ働きに出て行って寂しいと思っていたのか、私が面接官を殴って戻ってきたら嬉しくなって、村長さんを誘って酒を飲んでいたというのだから可愛らしい面があると思う。


 家の管理は村の皆がやってくれるというので遺言に従って旅に出ることにした。

 祖父の持っていた山やタンスの奥にあった有価証券などお金の管理は難しくて分からないので先生達にお任せして、売ってしまった方がいいものは売却、それから全国から現金書留で届いた香典を合わせるとジャンボな宝くじに当選したくらいの金額になってしまった。あまりお金に執着は無いが贅沢をしなければ死ぬまで働かなくても良さそうだ。

 遅まきながらの自分探しの旅だ。いつだって旅をするのに年齢は関係ない。


 日本全国津々浦々、祖父の葬儀に来られなかった方々への挨拶を兼ねて気の向くまま北へ南へぶらぶらして数年を過ごした。

 途中、お会いした方の中には「息子の嫁に」とか「将来、孫の嫁に」なんて言ってくれる人もいたけれど「その人は祖父よりも強いですか?」と聞くと皆一様に苦笑して「確かに先生のお孫さんだ」と言うばかりだった。

 何度か手合わせを請われて応じたこともあったが、間違いなく殺す気だったと断言できる祖父の稽古と比べると物足りないと言わざるを得ない。


 日本中、大体のところには行ったし後は海外に行ってみるか、さもなくばクマでも倒してみるかと思っていた頃だったと思う。

 彼女に、出会った。


 出会ったと言っても会話をしたわけでもなく、こちらが一方的に見ていただけなので向こうは覚えていないだろう。祖父の知り合いである大きな病院の院長に会いに行ったときのことだ。

 武道を嗜んでいるという院長は、私が幼い頃に祖父を訪ねてきたうちの一人だった。当時はムキムキのレスラーみたいな人だったが、無手の祖父にコテンパンにのされて近くの川に放り込まれたのを覚えている。

 そのまま風邪をひいたので3日ほど家で面倒を見てから帰したのだが、眠っている間うなされながら「いのちだいじに」と呟いていた。当時は大学生だったらしいが、それから猛勉強をして医学部に入りなおしたというのだから人間、何がきっかけになるのか分からない。

 院長は「先生が怪我でも病気でも何かあったら全部タダで面倒見ますよ」と豪語していたが、祖父はついに咳き一つしないまま逝ってしまった。

 久しぶりに実家に帰ったら院長から手紙が来ていて、何の要件かと立ち寄ってみたら見合いの話だったので丁重にお断りした。世間話をして院長室を出てからロビーを通ったとき、診察室から出てきた患者に目を奪われた。

 顔立ちの似ている母親らしき女性に手を引かれて歩く姿は華のように可憐だった。

 美しいと思った、守りたいと思った。

 この気持ちを何と表現すればいいのか分からず「あがっ」とか言ってしまった。

 一目惚れだった。


 金縛りにあったように身体が動かず視線だけで親子を見送ってしまい、見えなくなってから「声をかければよかった」とか「後を追えば」とか考えて、そんなことが出来るはずがないと落ち込んだ。

 そもそも何て声をかけるのだ、いきなりお茶でもしませんかと言われれば怪しげな販売員にしか見えないだろう。後をつけたりしたら、それはもう変質者だ。

 今まで生きてきて恋の一つもしてこなかったことが悔やまれた。どうしたらいいのか分からない。田舎に帰れば友達も何人かはいるが、この年で恋愛相談などして笑われないだろうか。それになにより、相手は女性だ。今まで男に興味が無かったのは、実は潜在的にそういう趣味だからだったのか。

 胸がモヤモヤしてよく眠れなくなった。祖父が教えたかった外の世界には、こんな気持ちも含まれるのだろうか。


 少し落ち着いて考えようと家に戻ると、祖父の知り合いでコンピューターの開発をしている人がぜひ見せたいものがあると話を持ちかけてきた。現在開発中の仮想現実装置を使用したエムエーというタイトルのゲームを体験して欲しいらしい。

 祖父に似て機械は苦手だったので気は進まなかったのだが、開発にあたって祖父が協力していたと聞くと俄然興味がわいてくる。噛み砕いて教えてもらったゲームの内容は、簡単に言うと殺し合いであった。

 祖父はその中に出てくる剣豪の敵キャラクターとして登場するらしく、ゲーム中では宮本武蔵と呼ばれていた。別のキャラクターで、中国拳法の達人としても出てくるらしい。


 機械で作り出されたまやかしとはいえ、祖父と戦うことが出来るのだと思うと心が躍った。開発している会社へと赴いて棺桶のような機械に身体を滑り込ませると、ふわっと身体が浮いて草原へと放り出された。

 話には聞いていたが、これが仮想現実というやつらしい。最近のぱそこんは凄いと聞いていたが、こんなことまで出来るとは私の想像を超えて最早魔法と変わらないとしか思えない。

 さてこの世界を歩いてみようとしてみると、視線の高さや歩幅に違和感がある。なぜかと思って流れる川に身を映してみれば、そこにいたのは10代前半の子供だった。

 現実世界と会話が出来る電話を道具として渡されていたので、それを使って聞いてみると「済みません、先生から伺っていたお孫さんの話をそのまま再現してしまいました」と謝られた。きっと祖父が話をしたのは10年以上前だろう。孫可愛さなのか現実の私よりも目が大きくて可愛らしくなっていた。あと何故か髪の毛が金髪でドレス姿だ。祖父がどんな話をしたのか気になる。


 開発の人たちはすぐに現実の私に合わせた大きさに変更すると言ってくれたが、それは断った。十年以上前だろうが、祖父が私だと言って語った容姿なのだ。これも祖父の遺産だろう。

 それに、意外とこういう姿も……悪くない。私は可愛いものが好きなのかもしれない。


 祖父の教えたかった世界は、きっと自分の知らない自分のことだったのだと思う。今まで知らなかった自分を見つけた私は、ようやくここで自分探しの旅を終えることになった。

 自分を受け入れることに決めた私は彼女と出会った町へ引っ越すことに決めた。祖父の遺産に手をつけることは少々躊躇われたが、好きに生きろと言ったのは祖父だ。草葉の陰から応援してもらいたい。

 いつか彼女と仲良くなったときに無職だと体裁が悪いから仕事をしなくてはいけないが、私に出来るのはせいぜいが剣を振ることくらいだ。自営業と言うことにして道場を建てよう。町に道場を建てたいと、お金を管理していた先生方に相談したところ不動産屋と建築会社まで紹介してもらえた。即金で支払って立派な道場を建てて貰い移り住んだ。

 同じ町に住んでいるのだ。いつか彼女と再びめぐり合う日も来るだろう。

 見せ掛けだけでも生徒を募集するかな、と思っていたら電話が鳴った。中年男性の声だったが、息子さんを通わせたいらしい。さっそく生徒が出来そうだ、幸先がいい。

 そう思っていたら中年男性が言いづらそうに「無理ならば言ってください」と前置きした上で「実は息子は目が見えないのです」と告げてきた。

 少しだけ思案したが、目隠ししての稽古など祖父との間では日常茶飯事だった。なんら障害になるとは思えない。

 それに、病院で見かけた彼女は母親に手を引かれていた。きっと目がよくないのだ。ならば、もしかすると中年男性の息子さんの交友関係に彼女がいるかもしれない。

 そんな下心を忍ばせて「問題ありません」と答えた。


 後日、息子さんが女友達に手を引かれてやってきたのを見て心臓が止まった。

 病院で見かけた彼女だったからだ。


「本日よりお世話になります」


 口が開いたまま塞がらなかった。このままだと変な人だと思われてしまう。何か言わなければならない。


「ハジめまして、お話は伺っている」


 声が上ずったが、なんとか常套句を返せた。だが次の言葉が出てこない、冷静になれない。その時、脳裏に浮かんだのは祖父の顔だった。


「ご子息と伺っていたが、ご息女であったか」


 祖父の口調を真似た、(ジジ)言葉が口から出てきた。

 どうしよう絶対に変な女だと思われた。もう駄目だ、死のう。


「髪は伸びていますが息子です」


 気を悪くしたような様子も見せず、彼女は答えた。えっ、ていうか息子? 男?

 どうやら私は同性愛嗜好者では無かったらしい、祖父の顔を思い浮かべて驚きの声を飲み込んだ。


「おや、それは申し訳ない」


 もう、こうなったら爺口調で通すしかない。そういう女だと思われても仕方ない。


「いいえ、今は見た目は関係ありませんから」


 はにかむように笑う彼の背景に花が見えた。やはり可憐だ。胸がときめく。抱きつきたい。

 そんな気持ちをおくびにも出さずに、祖父の真似をして「なるほど、カカカッ」と笑ってごまかした。

 先行きが不安で仕方が無い。


 それから週に何度か彼が道場にくるようになった。彼と二人きりで、手取り足取り剣の稽古をしている。まさに夢のような時間だ。

 いや、二人きりと言うと御幣がある。正確に言うともう一人いるからだ。彼の手を引いて道場までつれてきている女友達である。

 何気なく「こ、恋人なノカ」と聞いてみたところ、「怒られちゃいます。友達ですよ」と薄く笑って答えた。ああ可愛い。私も手が繋ぎたい。勉強の為に買った少女漫画みたいに指を絡ませるのをやりたい。

 彼と一緒にいる友達の子は昔の同級生らしい。都会っぽいオシャレな服に身を包んで、ちゃんとお化粧もしている。何より女の子っぽい。きっと世間の男の子が恋人にしたいのはこんな子なんだろうと素直に思える。

 私は汗臭くて筋肉のせいで腕も脚も尻も硬い。胸も大きいように見えるが実は半分くらい胸筋だ。田舎育ちの山猿だ。二人で仲良く歩いて道場から帰るところを見ていると歯がゆい気持ちになる。せめて見た目で比べられなくて良かったと考えてしまい自己嫌悪に陥る。


 気分転換にと、前に譲って貰った機械を使ってエムエーをやりはじめた。慣れてしまえは機械の操作もそれほど難しくは無い。

 キャラクターこそ少女の姿のままだが慣れたものだ。襲い来る武芸者共を切り捨てていると頭がすっきりしてきて冷静になれる。

 ゲームだからなのか荒くれ者も多いが、それもまた一興。目が合えば戦い、強そうな者がいれば決闘を挑む。祖父が語っていた若い頃もこのような感じだったのかもしれない。

 それからゲーム中には戦い以外の楽しみもある。


 街中で売られている武具を見たとき、祖父が逝去した際に整理した遺品の中に美術品が多数あったことを思い出した。あれは貰い物だと思っていたが、中には祖父が買い求めたものも混じっていたに違いない。私には間違いなく収集癖の血が流れている。見た目の美しい西洋剣など使いもしないのに何度か買ってしまった。

 その日もゲーム中で、何かの魔法の効果があるという剣を買い求めて悦に入ってると、突然に粗野な態度の男に恫喝された。剣を売れと言ってくるが中々売りに出ない逸品なのだ。手放すわけが無い。

 エムエーでは腕っ節がものを言う。こんなときは決闘をしてどちらが強いか分からせるのがいつもの筋道なのだが、その日はいつも通りではなかった。

 ロングスカートに杖を持った彼と同じ顔の彼女が割って入ってきたのだ。


「その子は、嫌がっているんだから止めたほうがいいんじゃないかな」


 この恋はもう、呪いに近い。

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