10話 恋
初めて見かけたのは高校の廊下ですれ違ったとき、随分と可愛い子がいるんだなと視線を奪われた。
意識せずに後ろ姿を追いかけてしまい、こっそりと名前とクラスを調べて密かに近くによってみたりもした。
共通の知り合いがいなかったから友人になることもできず、遠くから眺めるだけのまま学年が上がると同じクラスになることができ、たまに声をかけてみたりしてゆっくりとだが距離を縮めることができているのだと思っていた。
だが人気があるらしいその子は男女の隔てなく囲まれていることが多く、正直なところ俺の名前もちゃんと覚えられているか不安になる程度の距離でしかない。
もう一歩を踏み出す勇気もない不毛な気持ちは押し殺して、いっそのこと他の女の子と付き合って忘れてしまおうと何人もの女子に手を出してみたが、みんなすぐに分かれてしまった。
口では付き合った女の数をアピールして気のないふりをしてみるが、どうしても心の中で比べてしまう。違うのだと思ってしまう。
顔を見るのも辛くなり、学校に行った時にも他のクラスメイトと話しているのを見かけるとムシャクシャとした気分になった。
だから、思い切って声をかけてみることにした。
ちょっと試しに付き合ってみないか、と。いつものように気安く、ちゃんと付き合うつもりもない恋人をつくる為の言葉だったが、まるで見向きもせずに振り払われると癇に障った。
「なあ、俺が付き合ってやるって言ってんだろ」
「別に頼んでないでしょ」
まるでつれない様子のクラスの女子生徒の手を思わず掴んでしまう。
痛がっていたが離してしまうと逃げられると思ってさらに力を入れてしまった。
「嫌がってるよ」
そこへ俺の手を掴み声がかけられる。
可憐な顔をした男子生徒が、まるで怖くない顔で俺のことを見つめている。
やめてくれ、そんな目で見ないでくれ。そんな顔をさせたかったわけじゃないんだ。
俺たちの様子を見ていた女子生徒が周囲で騒ぎ立てたのをこれ幸いと逃げ出し、それからしばらく学校に行くのはやめた。
彼に合わせる顔がなかったのだ。
たまに学校にいっても彼から隠れてコソコソと姿を隠し、かろうじて進級できるだけの単位をとってクラスが別になってからも極力接触しないようにした。
だからだろう、彼が目の病で学校に来られなくなったという噂を聞いたのは随分と後になってからだった。
それから何年も会わない期間があった。その間も色んな女の子と付き合っては分かれて悪い友達も増えて、街で別の女の子を無理やりにナンパするようなことを繰り返していた。
正直もう忘れていたのだ。だから油断していた。
遠目に見かけた女の子の二人組にいつものように声をかけた。どこかで見かけたような顔だという気はしたが、それよりも先に白い杖に目がいった。
しなやかな肢体と整った顔立ちを再確認して体が硬直した。
「可愛いじゃん、その子誰よ」
「は?」
咄嗟に知らないふりをした。
数年ぶりにみた彼の顔が更に女性のそれに見えて、もしかして別人という可能性もあると少しだけ思ったのもある。
「止めなさいよ!」
「ンだよ、別にいいだろ」
彼に近づくためだけに声をかけた、かつてのクラスメイトの女子がくってかかってきたが、その声は震えている。
頭の中がグチャグチャにかき混ぜられ、何を考えているのか分からなくなる。ただどうしても手に入らないと持っていたものが目の前にあった。
急に呪いに支配されたように暴力的な考えに思考が染まる。
……どうやっても手に入らないのなら、いっそのこと壊してしまえばいい。
……他の誰かの手に渡ることがないように、俺だけの存在にしてしまえばいい。
一緒にいた連れの男連中がゲラゲラと笑いながら車をもってくるように言っていた。
泣き声を漏らすクラスメイトの女子に、黒暗い喜びに似た感情が胸の内側から漏れ出るのを覚える。
だがそれと同時に、肩口を思い切り叩かれた痛みに襲われた。
「嫌がってるよ」
聞き覚えのある声。やはり彼だった。間違えるわけもない声だった。
どうしてこうなってしまったのか。いつだって俺は間違っているのだろう。
彼にこんな顔をさせるつもりなんてなかったのに、いつもこうなってしまう。
思えば最初から間違っていたのだろう。ああ、認めてしまおう。
この呪いの名前は、