#007 帰宅(悠編)
悠視点で展開します。
「ただいまー。なんて言ってもこの時間は誰もいないんだけどね。綾乃さ…じゃなかった、碧兄も入って入って」
「おじゃまします」
少し緊張した声で言う碧兄にちょっと笑ってしまった。
「おじゃましますって、ここが家なんだからおかしいよ」
「あ、そうですね。ただいま」
うんうんと頷き、靴を脱ぎ、スリッパに履き替える。あれ? 碧兄のスリッパがない。
「いつも碧兄が使ってるスリッパが見当たらないから、お客さん用のを使って」
そう言いながら来客用のを用意する。二人の靴を靴箱に入れて家の中を一階から案内していく。
一階の案内が終わってニ階に行く。階段を上りながら簡単に説明することにした。
「ニ階はわたしと碧兄の部屋とトイレ、親戚が遊びに来た時に使うだけで今は使ってない部屋があるだけなんだよね。……ってなーんだ、碧兄のスリッパここにあったんだ」
部屋の前のスリッパ立てに空色のスリッパが収められている。これ使うか碧兄に決めてもらおっと。嫌なら新しいの買わなきゃ。
「ねえ、碧兄。ちょっと話があるんだけど…。わたしの部屋でいい?」
頷く碧兄の手を引っ張って、隣のわたしの部屋にいく。クッションを二つ並べて置いて、碧兄と並んで座る。
「でも意外ですね。碧さんは悠さんとあまり話をしないって言ってたんですけど」
「だって兄だもん。姉か妹ならよかったのになって思ってたから、お姉さんができたみたいで嬉しいんだよね。綾乃さんはそんなふうに思える状態じゃないから怒られそうだけど」
あ、つい綾乃さんって呼んでしまった。ま、今だけならいいよね……たぶん。
ホントはわたしだって平気でいるわけじゃない。だけど、理子さんの部屋でもずっと俯いたままほとんど何も言わないで、家に連れてくる間もずっと無言だった綾乃さんをなんとか元気づけたかった。
理子さんの部屋で綾乃さんと並んで座った綾花さんを見て、ホントに仲がいい姉妹だなってすぐわかった。わたしは碧兄と少し距離を置いて座ったのに、綾花さんは自然に真横に座ったし。
わたしが綾花さんのように綾乃さんと接することなんてできないのはわかってる。綾乃さんから見ても私は他人でしかないのだから、ホントの姉妹のような関係になれないのもわかってる。それでも、今の綾乃さんの苦しみと戸惑いを、少しでも減らすことができたらいいな。
「少しでも困ったことがあったら、いつでも相談に乗るから。絶対無理しないで何でも言って。遠慮はなしだよ?」
「ありがと。早速で悪いけど……お風呂いきたいです」
「あ、場所は…」
「最初に家の中を案内してもらったので場所はわかります。そうじゃなくて……どうしたらいいんだろう?」
うっ。お風呂とトイレって毎日必要なことだよね。理子さんが言ってた事を思い出す。
「ごめんなさい。これはもう、がんばってとしか言えない」
わたし達は隣の碧兄の部屋にいって着替えを用意して、一階のお風呂場の前までいく。
しばらく何かと戦っていた碧兄が脱衣所に入っていく。
「ごめんね綾乃さん。何でも相談してって言っといて何もできなくて」
碧兄の背中に向かって声に出さないで言う。せめてお風呂あがりの麦茶くらいは用意してあげよう。
十数分くらいで碧兄が風呂から出てきた。シャワーだけで済ませたと言う碧兄に麦茶を差し出す。
「ただいま。今日も疲れたわー」
「おかえりー」
玄関から聞こえる声に返事をして、お母さんだと伝える。碧兄が緊張してるのが伝わってくる。
「お母さん、麦茶と青汁どっちにするー?」
リビングに入ってきたお母さんが「青汁で」といいながら碧兄の正面に座る。スティックの粉末を水に入れ、スプーンで混ぜながら持っていってテーブルに置いた。
「最近の青汁は飲みやすくなったねえ。悠もたまには飲みなさいね」
書類に目を通しながら飲み干し、シャワーをあびて晩ご飯の準備を始める。お母さんがご飯の準備してる間に、わたしもシャワーを浴びリビングへ向かう。テーブルにはもうご飯が並んでいる。お母さんのこの早さはすごいと思う。
「いただきまーす」
大皿から小皿に取り分けるスタイルの食事に、最初は驚いていた碧兄も野菜炒めに手を伸ばす。
「碧、ずいぶん可愛い食べ方してるじゃない」
小皿におかずを三品乗せて食べきり、また三品取るのを繰り返してる碧兄を見てお母さんが言う。
ちょっと困った顔を向けてくる碧兄と目が合ってつい笑ってしまった。ホントかわいいかも。
「明日は仕事休みだから、双子の友達連れて来なさいね」
お母さんがそんな事言うから、わたしと綾乃さんが食事にむせてしまう。
「あらあら、ごめんなさいね。帰宅途中に碧から電話あったのよ。何のいたずらって思ったけど、あの子女の子の友達いないじゃない? かわいい声でびっくりしたわよ。半信半疑で帰宅したけどご飯の食べ方でわかったわ。これから大変だと思うけどよろしくね、綾乃さん」