#004 僕とボク
ドアを閉め理子が出かけた後、また沈黙の時間が訪れる。
「ごめんなさい。呼ばれてしまったので私達の世界に戻ります。またすぐにここに来ますので。…はぁ」
立ち上がりながら小夜が言い、溜め息を残して姿が消えた。「溜め息を吐きたいのは僕達だよ」なんて思いながら綾乃さんを見る。視線に気づいたのか、綾乃さんがずっと俯いていた顔を上げる。
「小木曽さん?」
細く弱々しい、小さな声。
「あ、ごめん。えっと、お代わりは?」
コーヒーのパックに手を伸ばしながら僕が尋ねると、綾乃さんは無言で小さく首を横に振る。綾乃さんのコップの中のコーヒーはほとんど減っていない。伸ばした手を引っ込めながら。
「僕のことは碧でいいから。北村さんの事はどう呼べばいい?」
「綾乃って呼んで下さい。でも……」
綾乃さんが何かを言いかけていたのだが、ドアの向こうから足音が聞こえて黙ってしまった。
ドアが開き理子が入ってくる。僕達を見た後ベッドに視線を送り、少し目を細める。小夜がいないことに気づいたようで、一瞬動きが止まったが、すぐに後ろの三人を部屋に入れてドアを閉め、テーブルに麦茶のペットボトルを置いた。
「希美はこっち。悠さんと綾花は好きな所に座ってよ」
希美は誘われるまま、理子と並んでベッドに腰を下ろす。理子の右に希美が座っている。
悠と綾花さんは、困った顔をして立ったままでいる。
「いつまでも立ってないで座りなよ。あ、飲み物は好きなの選んで。コーヒーはぬるくなってるかもだけど」
言われて悠が綾乃さん(外見は僕)の隣、綾花さんは僕(外見は綾乃さん)の隣に座る。二人が座ると同時に小夜がドアの前に姿を現した。理子と綾乃さんは気づいたようだが、他の三人には見えていないようだ。
「誰が話す?」
理子が尋ねながら僕達を見る。左手はポムポムとベッドを叩いている。小夜は意味がわかったようで、理子の左に座った。
僕は綾乃さんに視線を移すと俯いたまま。僕が言うしかないかな。新しいコップを一つ出し、麦茶を注ぎ、それを半分ほど飲んで言葉を絞り出す。
「昼くらいの話なんだけど、僕達……」
「え?」
話し始めた直後、綾花さんが小さく叫んで僕を見る。な、何かした?
「綾乃だよ……ね?」
「え…えっと…」
なんだろう。あの短い言葉の中に、僕と綾乃さんの言葉の違いがあったのだろうか?
「あー、違和感の訳がわかった。綾乃と碧じゃ“ぼく”の言い方が違うんだな」
理子がいう。
「どういうこと?」と言いたげな表情で、綾花さんと悠が理子を見つめる。
「ここからはあたしが話を進めるよ。二人に任せると夜になりそうだし」
一呼吸置いて理子が説明してくれた。
「そんな事ってあるんですか? 碧兄と…えっと、綾乃さん? 二人の体が入れ替わるとか」
悠が僕と綾乃さんを交互に見て、理子に視線を送る。ん? 綾花さんは理子じゃなくて理子の左を見ている。そこは小夜が座っている。見えるのか? 綾花さんの視線が小夜に向いてることに気づいた理子が言う。
「なるほど、そういう事か。なあ希美、今この部屋に何人いる?」
希美が室内を見渡し六人と答える。それを聞いて悠にも同じ質問をする。やはり返事は六人。
今度は綾花さんに問いかける。
「最初、あや達が入った時って六人だったと思うんだけど、今七人いますよね。理子さんの隣に女の子が…」
「え? 私なら最初からいるよ?」
希美が自分を指さしながら言う。苦笑しながら綾花さんは掌を上に向け、小夜がいる場所に向ける。指で差さないでそんなことするの、初めて見た。
悠と希美はその場所を見つめるが首を傾げる。二人には見えていないのか…
「綾花は理解できたみたいだな。悠さんと希美はまだ信じてないだろ」
二人は当然だと言いたげな表情を浮かべる。僕だって、第三者の立場でこんな話を聞かされても信じられないと思う。理子が暫く考えて一つの提案をした。
「それじゃ、二人供こっちの碧(綾乃さん)に、お互いしか知らない事を質問してみな。それに答える事ができなくて、代わりにこっちの碧(僕)が答えるはずだから。どんな質問が来るかなんてわからないから打ち合わせもできない。それで信じられるだろ?」
悠と希美が誰が先に質問するか相談している。どっちでもいいから早くしてくれよ、と僕は思う。希美が先に質問してきた。
「私がいつも教室に入るのは前後のドアどっち?」
綾乃さん「・・・・」僕「前」
「担任の先生のあだ名は?」
綾乃さん「・・・・」僕「マツヨデラックス」
「わかった。もういいよ。次、悠ね」
「昨日の夜ご飯は?」
綾乃さん「・・・・」僕「はっともっとのからあげ」
「わたしが好きなお菓子は?」
綾乃さん「・・・・」僕「たけのこのマーチ」
「わたしが時々見に行くサイトは?」
綾乃さん「・・・・」僕「My Tubeとトコトコ動画」
「信じられないけど完璧すぎる…じゃ、やっぱりこっちが碧兄?」
悠が身を乗り出して僕をじっと見つめる。顔近いよ。
「まあ、そんな訳でさ、希美達にはこっちの綾乃の味方になって欲しいんだ。希美には学校の、悠さんには家とか生活の。あたしはこっちの綾乃の面倒みるから。綾花もいいかな?」
三人が頷く。でも、希美と悠にはまだ小夜が見えていないらしい。これはまだ信じてないな……