#021 魔法の会話術
中城村にある中城城跡。僕達の沖縄での最初の目的地がこの場所だった。
沖縄で城と言えば、首里城が最初に思い浮かぶ場所だけど、ここ中城城跡も世界遺産に登録されているらしい。
首里城は建物が復元され、観光地としても有名だけど、ここは石垣以外に建物の痕跡が何もなく、観光客もいない、僕達だけの貸切状態だった。
ガイドさんの説明だと修学旅行でくる学校は初めてで、地元小中学校の遠足としてくるのがほとんどで、個人旅行で訪れる人も稀だったとか。世界遺産に登録されてから、見学者が増えたみたいだけど。
石垣しかなく建物が何もなく、広い場所に高く積まれた石垣を見ていると、昔の人達はどうやってこんなにきれいに石を積み上げる事ができたのかと、不思議に思う。十四世紀頃の建造物と聞いて、更に驚いてしまった。
「全員集合。ここに集まれよー」
先生に言われて全員が集合すると、先生が一枚の紙を広げて見せた。
「これ、読める人いるかな?」
紙には“打花鼓”と書かれている。うちはなこ? だかつづみ? 全然わかんない。
「読めないだろう? 安心しろ、先生も読めなかった」
なにそれ、真剣に考えてたのに……
「これは“ターファークー”と読むらしいな。沖縄の人でも知らない人が多い伝統芸能で、この城と同じ時代、十四世紀頃に中国から伝わったものらしい。今では中国でも消滅してしまい、継承されているのはこの村内のとある集落だけのようだ。今回は特別に披露してくれるそうなので、ありがたく観賞しよう。それでは宜しくお願いします」
先生が言い終わると、聞いたことがない楽器の音色が鳴り出し、よくマンガでみる中国人の衣装に三つ編み姿の人達がゆっくり石垣の陰から出てきた。
棒の様な物を持っている二人を先頭に、竹でできた長い笛の様な物を持った二人が続き、キノコのカサみたいな形の、ビーチパラソルみたいな物を持った人もいたり。
よくわからないけど、王様のパレードみたいな? シンバルみたいな物を持ってる人は忙しそうに踊ってる。他の人達がいなくなってもシャンシャン叩きながら動き回っていて、最後は後ろ向きに跳び跳ねながら、石垣の陰に退場していった。
先生がお礼を言い、帰ろうとする保存会の人達を全員の拍手で見送った。
「琉球って凄い国だったんだね。外国の文化を取り入れて発展していったんだ。それも大切に護り続けて」
「琉球から日本に伝わった物も多いらしいよ。焼酎のルーツは泡盛、サツマイモも琉球から鹿児島に伝わったんだってさ。はむっ」
はむっ?
理子を見ると何か食べてる。
「入口ん所の長机にあったよ。綾乃が通る時は男らが群がってたから、気づかなかったかもな」
言いながら、持ってたそれを一口大に割って、僕の口元に持ってきたのでそのまま食べさせてもらった。
「甘くておいしい。ドーナツ?」
「サーターアンダギー。味は確かにオールドファッションだよな。おいしいけど飲み物無いとつらい」
確かに。一口だけでも口の中の水分持っていかれたから、一個全部食べるのは飲み物いるよね。
「さあ、今から三十分だけ自由時間だ。周りの植物や石垣に触らないようにして歴史ある城跡を楽しんでこい」
短い時間だけど、自由時間と言われて、僕は城跡の一番高い場所に行ってみたかったんだけど、みんなが嫌がったのでバスに戻る事にする。その前にサーターアンダギーとお茶を一つずつもらい、バスの中で食べた。
「何か変なの入ってる。何これ」
「レーズン入ってるんだ。あやも綾乃も昔から苦手だよね、レーズン」
ふにっとした食感が気持ち悪い。僕がかじった所を見た綾花がそう言うと、理子がレーズンの入ってない物と替えてくれた。前は普通に食べてたレーズンだけど、感触が気持ち悪いと思ったのは初めて。食べかけなのに交換してくれた理子に感謝だよ。
「なんだ、女子がいないと思えばここにいたのか」
女子の姿が見えないからと、様子を見に来た先生は、ほとんどがバスに戻っていたのを知って「女子はロマンがないな」とこぼしていたけど「日焼けと虫に襲われるのを嫌がる気持ちもわからないんだ」と反撃されてた。大勢の女子を敵に回すとコワいな……
三十分の自由時間が終わると、時間制限ぎりぎりだったみたいで、全員がバスに乗っているのを確認してすぐ、バスが発車する。次の目的地は今日宿泊するホテルで、沖縄市に向かうらしい。
「みなさんは沖縄の方言はわからないですよね? 言葉がわからなくても会話が成立する方法があるんですよ。これからちょっとやってみましょうか」
移動途中のバスガイドさんが不思議な事を言い出した。言葉がわからなくても会話を成立させる方法って何だろう? 気になってガイドさんを見ていると目があって、僕の所に向かって歩いてくる。
「あなたに手伝ってもらいましょうね」
そう言いながらラミネートされたカードを手渡された。名刺サイズのその紙には、こんな事が書かれている。
“三回話題が振られます。それぞれ以下の様に返事をしてください。
一回目 なんでかねぇー
二回目 だからよぉー
三回目 でぇあるわけさ
※「でぇあ」は、「だ」と「で」の中間を意識して発音してみましょう。難しい場合は、普通に「であるわけさ」と言っても大丈夫です。”
読み終わって顔を上げると、全員が僕の方に注目してて怖かったけど、綾花が口パクで「落ち着いて」と言いながら手を握ってくれた。
「それでは実演してみましょうね。最初に沖縄の方言、ウチナーグチでやった後、続けて標準語で同じ事を言いますので、二回セットになります。いいですか?」
軽く深呼吸して頷くと、早速意味がわからない言葉で話しかけられた。それでも渡されたカードのとおりに返事をしてみる。
「ちゅーやいっぺーあちさんや。ぬーなとーが」
「なんでかねぇー」
「まだなちあらんど」
「だからよぉー」
「うりがいじょーきしょーやいびーんな?」
「であるわけさ」
うーん、全然意味がわからない。これで会話が成立しているの?
「次に標準語でやってみましょうね。今日はとても暑いねどうなってるの」
「なんでかねぇー」
「まだ夏じゃないのに」
「だからよぉー」
「これが異常気象なのかね?」
「であるわけさ」
あ、会話になってる。
最初は意味がわからなくて静かだったけど、二回目はバスの中は笑い声でうるさいくらい。
「沖縄の方言で話しかけられて困った時は、この順番で返事をしていけばなんとかなります。三番目で話題が終わるので、新しい話題を振られる前に全力疾走で逃げましょう」
「あははは」
僕が指名された時は困ったけど、やってみると面白かった。
新しい話題の前に全力で逃げてってとこで笑ってしまった。
小夜ちゃんも楽しめたみたいだから良かったかな。
ガイドさんにカードを返すと「手伝ってくれてありがとうね」と言って前の方に戻って行った。
ホテルに着くと、バスを降りる時に先生が班の代表にカードを手渡した。カードには班ごとに部屋番号が書かれていて、班の人以外に部屋を教えないようにと、注意してる。
友達のいる部屋に遊びに行こうとするのを防ぐためで、そうしないとホテルの人に迷惑がかかるらしい。
数年に一度、バルコニーから友達がいる部屋に行こうとして、転落する事故があり、最悪旅行が切り上げられ数年間中止になるだけじゃなく、ホテルにも迷惑がかかるので絶対にしないようにと言われた。
理子にカードを見せてもらうと、僕達の部屋は六〇三号室らしい。先生の部屋は七階になっていて、一組が七〇一、二組が七〇二、校医の先生は七〇三で部屋を取ってあるので、用事がある時はそこに来るようにと説明された。
ちなみに男子は三階と四階、女子は五階と六階で、男子が女子の部屋のフロアに行くのは禁止。七階に行くにはエレベーターを使うように説明してた。
「夕食は一時間後、それまで部屋を出ない事。部屋にはこのエレベーターで行くように。男子は左、女子は右のエレベーターで、二班ずつ。まずは各組のA班から」
僕達の班は最後に移動で、先生と一緒にエレベーターに乗り込んだ。六階で僕達は降りたけど、碧は先生と一緒に七階まで。大丈夫かな? 心配だけど理子に促されて部屋に入る。
あれ? 桐生が廊下でドアを開けたまま入って来ない。
どうしたのかなって思ったら、部屋の前にある階段から碧が下りてきた。
そっか。先生と同じ部屋にしたことになってるから、エレベーターで七階に行った後、階段で下りてくることになってるんだ。それで階段に近い部屋になったのかな?
……あれ?
桐生はなんで碧が階段で下りてくるのを知ってたのかな?
そんな話し、してなかったと思うけど……
「部屋の中は和室と洋室に別れてるんだね。洋室はベッドが二つ、と。小木曽くんは洋室決定だね。でも和室に六人は狭いよ。どうするの?」
先に部屋に入って室内探検してた芹佳が僕達を見ながら言う。
和室は六畳で、確かに六人で寝るのは狭いかな。
「たぶん補助ベッドがあるだろ? あたしと希美が洋室に行くよ。四人なら大丈夫だろ?」
芹佳が目をぱちくりさせて驚いている。友美は荷物を置いて着替えのジャージとシャツを取り出してる。全然気にしてない感じ?
「碧は信用しても大丈夫だって。でも警戒するのもわかるから、あたし達が同じ部屋でいいよ。な? 希美」
「うん。同じ部屋にしてもらう時からそのつもりだったし」
「一時間しかないからお風呂は後回しだよね。着替えだけしたいけどみんなはどうする?」
全く何も無かったかのように話しかける友美。確かに時間がないからお風呂は後回しかな。碧は洋室で、みんなは和室で、僕と綾花はバスルームで着替える事に。
まだブラをうまくつけられないから綾花に手伝ってもらってるので、みんなの中で着替えるのは避けたかったし、みんなの着替えも見えちゃうのが困るし。
着替えて髪を整えてもらってバスルームを出ると、みんなは着替え終わっていて、僕達も着替え終わったのを確認して桐生が洋室のドアをノックした。
「碧ちゃん、もういいよ。あ、ちょっと待って」
桐生が碧を呼ぼうとした時に部屋のドアがノックされた。
友美がドアを開けると先生がいて、予定より少し早いけど夕食の時間だと呼びに来てた。先に碧を出すように言われたので出てもらうと一度ドアを閉められて、六〇一号室から順番に声をかけたようで、廊下が騒がしくなったとこで再びノックされた。
すごく面倒な気もするけど、先生と同じ部屋にした事になってるから仕方ないのかな。
レストランに行くとテーブルに班ごとに座ってバイキング形式のマナーとメニューの説明を受けた。マナーと言っても食べ切れる分だけ取って、取ったのは残すなと言われただけなんだけど。
メニューはパパイヤ炒め、ヘチマの味噌汁、じゅーしーとか言う沖縄風炊き込みご飯にゴーヤチャンプルー。沖縄ではパパイヤは野菜として食べられているみたい。
フルーツとして流通するようになってから、青切りパパイヤって言う人も出てきたけど、普通にパパイヤといえば野菜のことなんだって。
ヘチマもみそ汁や炒め物の具として食べられているとか。
パパイヤは美味しかったけど、ヘチマはフニフニした食感が苦手で残しちゃった。ゴーヤチャンプルーは思ったより苦くなくて美味しかった。
他にナポリタン、オムレツとかもあって、結構品数多くて取れなかった料理もあった。綾乃の体になって食べられる量が少なくなったのを感じてたけど、こういう時はちょっと悔しい。
お代わりに立つ男子もいなくなって、全員が箸を止めたら、最初と同じように班ごとに部屋に戻るように言われて、僕達は最後にレストランを出た。
さっきと同じように碧は七階に行った後、階段で下りて来て部屋に入る。
少し休んでお腹が落ち着いて来て、碧から順番にお風呂に入る事になった。なんだかすごく眠くて二番目にシャワーを浴びて、髪を乾かしてすぐ寝てしまった。僕が寝たあともみんなは騒いでたみたいだけど、朝まで起きる事なく熟睡してた。僕もみんなと楽しみたかったな……




