#018 一緒に行こう
「おはようございます」
「おっはよっ碧ちゃん」
校門前で桐生さんを見つけて挨拶すると、振り返って笑顔で返してくれた。教室まで向かう途中、早退後から休んだ事を心配して気づかってくれたけど、理由を話すと「大丈夫?」ってボクを心配そうに見つめている。
「小夜さんの説明だと、碧さんがボクのことを気にしてくれてるから起こることって言ってたので、嬉しいような困るような……ちょっとフクザツです」
「だよね」
「あ、でも……昨日休んだのは碧さんの様子がおかしくて様子見に行って……そしたらアレで。ボクの体を病気にしちゃったんじゃないかって、泣きながら謝ってました」
「ゅふぇ?」
よくわからない声を出した後、桐生さんが笑い出した。ボクもつられて笑ってしまう。
「碧らしいなあ」
「そうですね」
自分だって大変なはずなのに、色々とボクのことを気にしてくれるので、碧さんが優しい人だという事はこの数日でわかったし、少しずつだけど信用してきている。
話しながら歩いていると教室に着くのも早く感じるね。
教室に入ると、教卓の前に数人の女子が集まって騒いでいる。ボク達がそのまま席について教科書を机に入れているとその中の一人が桐生さんに気づいて、全員で桐生さんに近づいてきた。
「希美ぃこれなおせない?」
言いながら差し出す物をみると舞妓キチーのストラップかな? 猫を擬人化したキャラでかわいいんだよね。そのキャラの京都のご当地ストラップだったと思う。紐が切れちゃったみたいでただのマスコットになってしまっているけど……
「紐はダメになっちゃってるけどピンは無事みたいだし、ちょっと待ってて」
言いながらポーチの中からきれいに編まれた帯状の紐を取り出し、器用に取り付けてストラップに仕上げてしまった。
「はい。元通りってのはむりだけど、これでいい?」
差し出されたストラップを嬉しそうに受け取ったその子は、何度もお礼を言って自分の席に戻っていった。一緒に桐生さんの席に来た友達も、自分の席に戻り、嬉しそうにしているその子を見て笑顔を向けている。ケーキを焼いたりストラップを直したり、桐生さんってすごい。
「あれって去年の修学旅行で京都に行った時のかな。結構すぐ紐が切れちゃって部屋に飾ってるって子が多いのに、持ったほうだよね。碧ちゃん達はどこに行ったの?」
「ボク達は二年じゃなくて今年行く予定だったから……」
「そっかー。残念だけど、でもそれならみんなで旅行とか行きたいね。近場で一泊とかならすぐ行けそうだし」
近場で一泊旅行。ちょっと行ってみたいけどたぶん無理なんだろうな。おばさんならきっと良いって言ってくれると思うけど、みんなは女の子だし、その中でボクがいたらみんなの親は許してくれないよね……
「小木曽。こら小木曽」
「え? あ、はい」
「隣の女子に気を取られていないで、出欠確認くらい返事しなさい」
「ご……ごめんなさい」
先生が教室に入ってきたことも、ホームルームが始まったことも気づかなかった。
先生の一言で周りから沸き上がる男の子達の笑い声。その直後寒気に襲われ体が震えてきた。
「まだ体調治ってないなら保健室で休んでなさい」
「大丈夫? 顔青白いよ?」
先生と桐生さんに心配かけたくない。
「大丈夫」と返事をした。つもりだけど、口がカクカクと動くだけで声が出ない。
「保健室に行ったほうがいいね。立てる?」
「先生、私が保健室につれていきます」
先生と桐生さんが同時に言う。足が震えてるけど立つくらいならでき……?
「……ん……」
「あ、よかった。本当に大丈夫?」
「ここ……は?」
「保健室だよ。ホームルームの途中で倒れちゃうから心配し……あ、まだ起きないで横になってて」
寝かされているベッドから起き上がろうとすると、桐生さんに止められてしまった。
大丈夫ですと返事をして体を起こし、右に座っている桐生さんに顔を向ける。
「さっき倒れたのって、朝言ってた碧の影響なの?」
「違います……ボク男の人が苦手で……さっきは……」
「ごめん。嫌なこと言わせちゃったね。ごめんね。もう、いいからね」
桐生さんがハンカチを取り出して、ボクの左頬に優しく押し当てた。
驚いて右手で右の頬を触ってみると指が濡れた。
「ごめんね。無意識で涙が出ちゃうくらい嫌なことがあったんだね。これ使って」
桐生さんから渡されたハンカチで涙を拭く。目、腫れなきゃいいけど……
「ひゃっ?」
目を閉じてハンカチをそっと当てて、涙を拭き取って目を開けると桐生さんの顔がすごく近くて、つい声を出してしまった。
「あ、ごめん。目がちょっと赤くなってるけど、腫れてないみたい」
ボクの目が腫れてないか見てくれたんだ。大丈夫なのはよかったけどちょっとびっくりした……
桐生さんがボクの手から取ったハンカチをスカートのポケットに入れて満面の笑みを向けてきた。
「碧ちゃん。一緒に沖縄に行こっ」
今、ボク達は東高に向かうタクシーに乗っている。
ボクが休んでいる間、修学旅行の実施を三学年にするための影響の確認で、桐生さんが代表で選ばれたみたい。
学年上位の成績だからと選ばれたみたいで、ボクが保健室で寝ている間に、ボクも一緒に行くならという条件を学校に言って、学年一位と二位の二人ならいいだろうと、ボクも行くことになった。
保健室から校長室に移動して説明を受けていると、担任の先生が来て、ボクが休んでいた事と倒れた事を言われて、だめになりそうな感じだったけど、担任の先生がおばさんに電話して生徒代表で東高と一緒に旅行にいけるかを確認すると、おばさんは「本人が行きたいなら」と言ったみたいで、ボクが行きたいと言うと、ボクと桐生さんの二人が代表になる事が決まった。
ボクが休んだのは、祖母の体調が悪くなったのを看病するため。倒れたのは睡眠不足と疲労のせいで、寝たら良くなる。と、おばさんは説明してたみたいで、
「看病もいいけど自分も大切にしなさい」って言われてしまった。母子家庭のはずなのに祖母の看病って、うまく誤魔化すための設定なのかな?
でも……桐生さんと碧さんが学年一位と二位……ボクのせいで碧さんの成績落としたらどうしよう……
「碧ちゃん、降りてくれないと私も出られないんだけど?」
いつの間にか東高についてたんだ。慌ててタクシーから降りると、運転手さんにお礼を言って桐生さんも降りてきた。
「えっと……職員室に行ってこの封筒を提出するんだよね。碧ちゃんなら職員室の場所知ってるけど、いきなり入るのもあれだし……どうしよっか?」
ボク達が困っていると、校門に入ろうとした車が止まってボク達に声をかけてきた。振り向くと校医の先生で、桐生さんが話しをしてボクのとこに戻ってきた。
「車を停めたあと職員室に案内するから、校舎の入り口で待っててだって」
校医の先生と職員室に行くと教頭先生が出てきた。校医の先生が教頭先生だと紹介すると、桐生さんが封筒を差し出しながら「西高校の桐生と小木曽です」と簡単な自己紹介をした。
教頭先生は受け取った封筒の西高の印刷を見ただけで中を見ようともしないで、職員室の中にいた田所先生を呼び出すと、校医の先生と教頭先生はどこかに行ってしまった。
「三年一組の担任の田所です。君達は一組と共に行動する事になっているのでよろしく」
「桐生です。よろしくお願いします」
「あ……あの、あや…ぉぃ…です」
「ん? あやおい君?」
「あ、あおいです。小木曽碧くん」
変な名前になってしまったのを桐生さんが訂正してくれた。つい綾乃って言いそうになってしまう。
「緊張してるのかな? そんなに固くならないで大丈夫だよ。修学旅行なんて遊びみたいなもっっ……」
田所先生の言葉の途中で生徒指導の先生が咳払い。
「希美と小木曽君だね。修学旅行も授業の一環で遊びじゃないぞ。さあ、もうすぐホームルームの時間だな。二人共こっちだ」
そう言いながら急いで職員室を出て歩き出した。
桐生さんが笑いをこらえて苦しそうにしてる。こらえきれずに時々小さく声が出ちゃってるし。
田所先生は気づいていないのか気づかないふりなのかわからないけど、先にスタスタと歩いて行く。
教室の前に着くと、廊下で待機して、呼んだら中に入るように言って、先生は教室の中に入ってドアを閉めた。
「ねえ碧ちゃん。やっぱ“あおい”って言い難い?」
「ちょっと……。ごめんなさい」
「そっか。じゃ私が碧ちゃんの紹介するから碧ちゃんは私の紹介して。それなら大丈夫だよね?」
「桐生希、美さん」
「うんうん」
ちょっと変なとこで切ってしまう感じになったけど、桐生さんは笑顔で頷いてくれたのでよかったのかな……
「グループ分けはもうできてるかー? アンケートはこの時間内に書いて提出。それから今年はゲストがいるぞー。」
「いい? 入るよ?」
先生の声を聞いた桐生さんがドアに手をかけながら、ボクを見て聞いてきた。
ボクが頷いて返すとドアを開けて入っていく。ボクも桐生さんに続いて教室に入りドアを閉めた。
「西高も来年から修学旅行を三年に実施するらしくて、代表生徒を同行させて欲しいと依頼があってな。ほら、自己紹介」
「桐生希美さんです」
「小木曽碧くんです」
『よろしくお願いします』
ボク達が自己紹介を終わらせると、先生が空いてる席に座るように言って、それを聞いた桐生さんが真っ直ぐ進んで歩き出したので、ボクも歩き出す。
そのまま行くと桐生さんが碧さんの隣になるし、それならボクは廊下側の席かなと思っていたんだけど、数歩早く教室の後ろの空き席に近づいた桐生さんが廊下側の席に座ったので、ボクは桐生さんと碧さんの間の空き席に着席する。
「北村、桐生さんを入れてやってくれ。で、小木曽君だが……」
あ……ボクが入るグループって男子のグループになるんだ……
どうしよう……やっぱり断わったほうが良いのかな……
「別々より一緒の班がいいと思うけどだめですか?」
理子の発言に「他校で別行動よりいいかもな」と応える先生の言葉を聞いて、ちょっとホッとした。
……あれ? でも……
「次に、だ。小木曽君はどの班と一緒の部屋にするかだが」
やっぱり部屋は男子と……
「それもあたしたちの部屋でいいよね。同じ班なんだし」
理子の言葉に教室中が騒がしくなる。ボクも驚いて理子を見てしまったし……
結局、部屋割りの話は保留になって、ホームルームの後に場所を変えて再開することになった。
理子の発言は驚いたし、教室中はどよめきが拡がるし……
やっぱり断ろうかな……
一度受けた事を断るのはどうすればいいのか考えていると、ホームルームが終わっていて、ボクたちは綾花と合流して第二指導室に向かって歩きだした。
……あれ? 左手になにか当たってる?
違和感がある左手を見ると、理子がボクの手の甲をメモ紙でツンツンしてた。紙を受け取って中を見る。
“部屋の事でなにか聞かれたら、バスの中でいいって言って! あとは任せろ!”
理子を見ると紙を折って仕舞うジェスチャーをした。
慌てて紙を四ツ折りにしてポケットに。
理子ならなんとかしてくれそう。
断るのは後にしてみようかな。やっぱりむりって思ってからでいいかも。
第ニ指導室に着いて桐生さんの隣に着席して、先生が来るのを待つ。
先生が来るとすぐに部屋割りの話が再開された。
ボクはなにも言えなくて俯いていると、しばらくして芹佳の声が聞こえた。
「小木曽さんの気持ちはどうなんですか?」
あ、芹佳がちょっと怒ってる……
「え、と……バスの中でいいです……」
「前いろいろあって、長時間男子といるのが耐えられないんだって。あまり広めて男子たちにいじられると悪化するから、あたし達の部屋でいいかなって思ったんだよね。桐生さんも事情は知ってるし。まさか、本当にバスの中で過ごさせたりしないですよね?」
それを聞いた先生がしばらく考えて、条件付きで同じ部屋になることが決まってしまった。解散を告げられて立ちながら芹佳を見るとまだ怒ってるぽい。
さっさと出ていく芹佳をただ見送るしかできなくて、ちょっと悲しかった……
学校を出たボクたちは小木曽家に集合して、いろいろ話し合い、明日は買い物に行くことになった。
ちなみに買い物にいって水着を買いたいと言われた時は、ボクも碧さんも嫌がったので水着はなくなりました。
だって……男の子なら当たり前かもだけど、ボクが男の子の水着着て上半身裸になるのなんて嫌だし、だからといっていままでの水着は着れないし……
碧さんも同じ気持ちだったのかな?
買い物に行って、桐生さんから渡された紙袋の中を見て固まってしまって、やっぱり水着は断って良かったと心から思いました。




