#013 困惑と不安
「あらあら、綾乃さんはお料理やったことないのね」
玉子焼きを作るように言われ、エプロンを渡されたボクは台所にいる。夜ご飯の手伝いを頼まれて、溶き卵をフライパンに流し入れただけなのに、なんでわかっちゃったんだろう……
「卵は少しずつ数回に分けていくのよ。ちょっと見てなさいね」
あ、一度に全部フライパンに入れちゃったのがダメなんだ。
おばさんと代わって横に立つ。ボクが入れすぎた溶き玉子をスクランブルエッグにしてお皿にあげ、新しく卵をわって溶く。キッチンペーパーで油を引き玉子を流し入れ、四角いフライパンをくるくると傾けて均等にのばし、奥から手前に巻いていく。動きがすごくきれい。手前に寄せて奥側に油を引き、玉子を手前から奥に移動させ手前にも油を引き、卵を流し入れ、奥に寄せた玉子焼きを少し持ち上げ下にも流し入れて……数回繰り返すときれいな玉子焼きができあがった。
「これから少しずつやっていきましょうね。一人暮らしでもご飯に困らないくらいにはならないとね」
笑顔で優しくいってくれる。きっと碧さんも料理できるんだよね、ボクもがんばらなきゃ。ボクが失敗しちゃった玉子焼きはどうするのかな……
「これは明日のお弁当にして食べましょう」
「あ、お母さん碧兄とニ人で夜ご飯の準備?」
お風呂から出てきた悠さんが、言いながら冷蔵庫から麦茶を取り出しコップに注いでいる。
おばさんは「明日のお弁当の準備よ」と笑って答えて、ボクにお風呂に行くように促した。ゆっくりお風呂に入りたいけど今日もシャワーだけで上がってしまう。やっぱり慣れないなあ。
お風呂から出てリビングに行くと、もうご飯の準備が終わっている。おばさんの手際の良さは凄いと思う。みんなでテーブルに着いて夜ご飯を食べる。おばさんがこのニ日間どうだったとか 生活には慣れたの? といろいろ聞いてきたけど曖昧な返事しかできない。
食事が終わり片付けを済ませると「明日のために今日は早く寝なさいね」と言われたのでボクは部屋に戻り、時間割を確認して明日の準備をする。月曜日から体育があるんだ。一気に気が重くなった……
六時、いつも起きる時間に目が覚めた。目覚まし時計のアラームは七時三十分にセットされていたので、かなり早く起きたことになる。碧さんって朝はゆっくりなんだね。それとも男の子ってこれが普通?
洗面所で顔を洗っていると、悠さんがシャワーを浴びに来たので、急いで洗顔を済ませ、部屋に戻って制服に着替えてリビングに向かう。昨日ボクが失敗した玉子焼きは、鶏そぼろ弁当になっていた。悠さんとボクの分の弁当をおばさんが包んでくれているので、ボクは朝ご飯の準備を手伝う。
しばらくして制服に着替えた悠さんも入ってきて三人で朝ご飯を食べ、片付けた後弁当を持って学校に向かう。
西高の場所がわからないので、悠さんに案内してもらうことになったんだけど、並んで歩くのが嫌だって言われたので、少し後を歩いている。
校門で希美さんと会い、一緒に教室まで行くことになった。三階が三年生の教室になってるのはここも同じだった。
教室に入る前に碧さんの席の場所を教えてもらうと廊下側の後から三番目で、隣が希美さんの席になっていた。
東高だと男子が窓側、女子が廊下側に分かれていたんだけど、西高は男女の列が交互になっているみたい。
ホームルームまで少し時間があったので、希美さんにクラスの人達の名前を教えてもらう。男子の名前を覚えるの苦手なんだけど頑張ろう……。
ホームルームが終わり、希美さんが教室を出てどこかに行ってしまった。一時間目が始まる前に教室に戻って来たけど、知り合いがいない中残されたボクは不安でした。
それでもニ時間目まで何事も無く過ごしてきたけれど、次の三時間目が問題の体育です。
男子がグラウンド、女子が体育館に向かう。
「それじゃ、私達は三A教室に移動だよ。ついてきてね」
希美さんがそう言いながら立ち上がる。教室にはボク達しかいないので思い切って希美さんに話しかける。
「トイレ行きたいんですけど、やっぱり男子トイレ使うしかないんですよね?」
問いかけると希美さんが笑顔で「ついてきて」といい北側の階段に向かい四階へ上がっていく。南側には三階までの階段しかなかったので、変わった造りだなと思いながら四階に着くと、放送室とトイレがある。そこのトイレを使うように言われた。
中は手洗い場と個室が一つずつあるだけの小さなトイレで、男女共用だとすぐにわかった。手を洗い外で待つ希美さんのところに行く。
「放送部の子達が使うだけで他の人が使わないから、安心していいよ。放送部も、お昼休みと放課後くらいにしかここには来ないから」
ホームルーム後に教室を出て行った希美さんは、放送部の人にこのトイレを使う事の話をしてきたみたいです。
とても嬉しいです。これでトイレにも困らないで済みそう。
三A教室に入ると五人が自由な席取りで座っていた。女子しかいない中に入ったので、みんなの視線がボクに集中する。希美さんが「気にしないでいいから」と言い、ボクを適当な席に座らせて隣に座る。
始業のチャイムがなってしばらくして、先生が小テストのプリントを持って入ってきた。ボクを見て何か言いたそうにしていたけど、結局何も言わずにプリントを教卓に置き、最後に代表が全員のプリントを職員室に持ってくるように言って教室を出て行った。
一人がプリントを取りに行ってみんなに回している。お礼を言って受け取ると、ニ十問程度の簡単なテストだった。出席確認が目的なだけで、テストそのものにはあまり意味がないと希美さんが教えてくれた。
十分ほどで全問解いてしまい残りの時間が暇です。
やることもないのでぼーっとしてたら眠くなってきてつい、うとうとしてしまう。
「ゎひゃぁっ!?」
変な声がでてしまい慌てて手で口を塞ぐ。びっくりした。今の何? てか声だしたのボク?
五人の女子と希美さんがボクを見ている。
「ごめんなさい。なんでもないです……」
「どうしたの? 寝てた?」
希美さんがそう言うと、クスクスと笑い声が聞こえる。ああ、恥ずかしい。
それから数分後、激しい頭痛に襲われ、希美さんに付き添われて保健室で休む事にした。
体温を計ると三十八.八度を表示している。保険医の先生が帰宅するように言ってタクシーチケットを一枚渡しながらタクシーを呼んでくれる。先生に頼まれて希美さんが教室に行き、ボクの荷物を持ってきてくれた。
数分後に到着したタクシーまで保険医の先生が付き添ってくれて、タクシーに乗って帰ることになった。
家に着いて部屋着に着替え、ベッドに向かおうとして……そのまま意識が遠くなり倒れてしまった。
「碧兄……?」
誰かが呼びかける声がする。
「碧兄……綾乃さん、大丈夫?」
声のする方を見ると、悠さんが心配そうな顔で覗きこんでいる。平気と応えたけど焦点が合わない。
「無理しないで今日は学校休んで。お母さんが連絡してくれてるから」
今日は休んでって、昼前に帰ってきて倒れた後そのまま朝を迎えたんだ……。どうしちゃったんだろう、ボク……
不安になりながら体を起そうとすると、激しい頭痛に襲われた。動こうとしなければ平気みたいなのでそのまま寝ることにする。悠さんが毛布を掛けてくれたのでお礼を言って寝ることにした。
目覚ましの音に起こされて目を開ける。時計のカレンダー機能で確認すると水曜日。あのまま一日寝ていたんだ。体を起こそうとしても頭痛は襲ってこない。それでも念のためゆっくり起き上がり、ベッドに座る。うん。平気そう。
顔を洗ってリビングに行くと、悠さんとおばさんが心配そうにしているので、もう大丈夫です。と言うと安心したような笑顔をむけてくれた。と、そこでリビングの電話が鳴り出した。
おばさんが電話にでるとボクを見ながら何か話している。
「わかったから落ち着きなさい。綾乃さんを行かせるから待ってなさいね」
おばさんがそう言って電話を切り、
「碧からの電話だったんだけどね、泣いてて言ってることがよくわからないけど、あなたの体に大変なことが起こったみたいなのよ。今日も学校を休む連絡いれておくので、あなたは急いで碧のところに行きなさい」
おばさんがそう言って電話でタクシーを呼び、ボクに往復のタクシー代として五千円持たせてくれた。ボクの体に何があったのかすごく心配で、急いで部屋に行って着替え、玄関に向かう。外にはタクシーが待機していたのですぐに乗り込み、行き先を告げる。
碧さんに……ボクの体に何があったの……?




