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僕とボク  作者: ドク
11/24

#011 男子専用

「んーーっ……」


ベッドで横になったまま伸びをした。

どんなに嫌がってもどうにもならない、ついに来てしまった月曜日の朝。

時計を見ると五時二十分をちょっと過ぎたところで、起きるのには早いけど二度寝するのは危険な時間。変な時間に目が覚めちゃったなあ。

二段ベッドの上からは綾花の寝息が微かに聞こえてくる。

まだ寝てるよね。起こしちゃ悪いから音をたてないように気を付けなきゃ。


今日から綾乃さんの姿での学校生活が始まる。それは僕にとっての大きな試練の始まりって事。


昨日は制服で過ごす練習みたいな事をして、スカートの時の歩き方とか座り方とか、落とした物の拾い方とかやって、気を付けなきゃいけない事はわかった。

だけど不安だよ。歩幅と風に特に注意していかなきゃ……


それにもう一つ。昨日はカップ付きのキャミソールで許してもらえたけど、今日からは毎日、絶対にブラ付けるようにってしつこく言われた。

「女の子には必須なんだから、綾乃の事を思うなら必ずだよ、絶対だからね」

そんな事言われたら嫌だなんて言えなくなっちゃったし、憂うつだなあ。


ため息吐いてベッドに座ると上から声が。


「綾乃? 起きたの?」


「うん、目が覚めちゃった」


返事をしたら綾花さんが部屋の電気を点けたんだけど、二人同時に「眩しい」と呟き、僅かな間を置いて二人同時に笑いだした。

二人はとっても仲がいい姉妹だったんだって思うし、その仲を壊す形になって辛いよ。


光に慣れて降りてきた綾花さんがタンスから二人分の着替えを取り出して「先にシャワー行くね」と部屋を出ていった。


僕は時間割表を見てノートや教科書をカバンに入れていく。

今日は体育がないのでちょっと安心。


寝起きで喉も渇いているし水を飲みに台所に行ってコップを探す。

あれ? コップはどこ?

食器棚ぽいとこ見てもコップが見つからなくてキョロキョロしてたら、冷蔵庫の横にある棚が気になって、布巾が掛けられてる物を見たらコップ発見。


コップを一つ取って水道水を注ごうとした時に綾花さんが来て「そんなの飲まないで冷蔵庫開けたらいいのに」と言いながらオレンジジュースを取り出して注いでくれたのでお礼を言ってゆっくり飲み干して、僕もシャワーを浴びに行く。


脱衣場でパジャマを脱ぐのに躊躇してたら「早くしないと遅刻しちゃうよ」って綾花さん。

深呼吸して覚悟を決めて、脱いですぐにシャワーを浴びて、綾花さんが用意してくれた服を着てリビングに行くと、テーブルには朝食が用意されてて、カップみそ汁にポットのお湯を注ぎながら


「お疲れさま。早く食べて制服に着替えようね」


レトルトや冷凍食品だけの朝食で、昨日の夜もそうだったなあと思って、綾乃さん達の両親に会っていない事に気づく。

不思議に思って聞いてみたら、単身赴任のお父さんの所とここで、毎月交互に生活してるみたい。

今月はお父さんの所で生活する月なんだね。


食後の片付けを済ませて部屋に戻って、ついに来ました試練の時。

最初だから今日はやってあげるけど、明日からは自分でブラぐらい着けてねと言われて着け方説明してくれるけど、ちゃんと聞いてると恥ずかしいし、聞かなかったら困りそうだし、どうしたらいいのかわからなくなるよ……


「じゃ、ちょっと触るよ」


「みゅぴゃぁあ!?」


言うなり後ろから胸を触られて、訳のわからない声が出てしまった。綾花さんは涙を流しながら爆笑してるけど、僕は本当にビックリしたんだよ。


「ただストラップに腕を通してホックを留めたら終わり、じゃないからね。こうやってちゃんと着けて胸を守ってもらうのがブラだから」


胸を守ってもらう、か。だから女の子には必須って言ってたんだね。帰ったら練習しておかなきゃ。


そして次は制服を着て髪を……あれ?

髪を……

髪が……

髪……


「綾乃待って、もういいから。ぐしゃぐしゃに乱れたら時間かかるだけでなんにもなんないから! 髪はアヤがやるからブラ先にできるようにして」


……ガンバリマス







結局全て綾花さんにやってもらって家を出て、学校に向かって歩きながら気になった事を聞いてみた。


「今日の朝もだし昨日の夜もだけど、ご飯はいつも冷凍食品とかなの?」


「んー。だいたい?」


お父さんの所に行く前は多目に作った料理も、数日でなくなっちゃうから、それからは冷凍食品かサイヂリアとかのファミレスで外食って。

それならご飯は僕が作ろうかな。凝ったものはできないけど冷凍食品とかよりはいいと思うし。


そんな事考えながら歩いていたら学校に着いた。


「三年生の教室は三階ね。んで移動教室はあっちの渡り廊下の先の二号棟なんだけど、渡り廊下は通らないでこっちの階段から行って。そうしないと大変なことになっちゃうから」


なんだろう? よくわからないけど気を付けよう。

三階に着くと手前の二教室が空き教室になってた。二号棟に行くなら渡り廊下の方が近いと思うんだけどなあ。


二組の前で綾花さんと別れて……あ、そう言えば席どこなんだろう。肝心な事なのに確認忘れてた。


「綾乃おはよー。どうしたの?」


廊下でボーッとしてたからかな、突然声掛けられて焦ったけど、何でもないですと返事してその子に続いて教室に入った。


「おっはよー。綾乃こっちこっち」


「り……理子おはよう」


つい、リコって呼びそうになったけど、睨まれて慌ててミチコって言い直した。

理子の所に行って席がどこか聞いたら、理子の真後ろって事なのでそこに着席した。


「話し方以外は綾乃だな。たった二日でよくここまでできるようになったもんだよ」


「そう……かな?」


よくわからないけど、部屋で綾花さんにダメ出しされた所を直していくようにしてたんだよね。双子だから行動が似ているのかな?


「綾乃のツインテールかわいいよねー。私がやると子供っぽくなるのに、なんで綾ッズは自然なの? 不公平だよ!」


さっき廊下で挨拶してくれた子が、髪を掴んだ両手を頭の左右に持ってきて即席ツインテールにして話しかけてきた。

不公平って言われても困るんだけど。


「素材だろ。綾乃達はどんな髪形でも似合うんだよ。下ろしてもいいし、三つ編みもかわいいし、チョンマゲだっていける」


「ないないない」


つい想像してしまって三人で笑ってしまった。談笑してると先生が入ってきたのでその子も慌てて自分の席に戻っていった。


ホームルームが始まったので出席を取るよね。その時にクラス全員の名前と席をメモしておこうと思ったのに、空席なしイコール欠席なしと言って終わってしまった。


理子の肩をチョンチョンと叩いて、振り向いた理子にクラス全員の名前を教えて欲しいと囁くと、小さく頷いてメモ帳を一枚破き、席の配置に合わせて名前を書いて渡してくれた。

さっきの子は芹佳さんね。って、女子の名前しか書いてないんだけど。


「綾乃は男の名前覚えてなかったし話しをすることもなかったからいらないだろ。あ、担任は田所譲二な」


「この“☆”は?」


芹佳さんと友美さんの名前の上に☆が書いてあるのが気になって聞いてみる。


「あたしとその二人だけ呼び捨てなんだよ。他はみんな、さん付けだけどな」


三人だけ呼び捨て? 何かあるのかな? 後でメールで聞いてみるかな。




二時間めの授業まで何事もなく過ごし、三時間目は化学なので二号棟にある化学室に向かう。

渡り廊下の方向に歩いていくのは男子だけで、女子は逆方向の階段に向かって歩き出す。すごく遠回りで移動だけで疲れてしまった。


化学の授業って謎だらけだよね。元素記号とか化学式とか何に使うのかわからない。

今までのテストでも八十点以上は取れてるけど、理解でも何でもなくただ暗記してるだけ。覚えるだけで単位がとれるから楽だけど、好きになることはないんだろうな。理子なんて授業中ずっと寝てたし。


面白さがわからないし興味の湧かない授業が終わり、トイレに行くから先に行っててと言う理子に頷いて返事をして教室に戻ることにする。

夜のご飯は何にするかな、なんて考えながら歩いていたのは大失敗でした。前を歩く男子に釣られて五段ほどの階段を登り、踊り場に右足を乗せた瞬間。


「綾乃そっちはだめっ!」


芹佳の叫ぶ声が聞こえたけど遅かった。そのまま数歩進んでしまい、踊り場の真ん中くらいにきたら突然、物凄い風が吹きスカートが捲れ上がる。

ノートも教科書も、ペンケースも落としてしまったけどそれどころじゃない。両手でスカートの前後を押さえるけど全然無意味で、進むことも戻ることもできないまま、暴れて捲れ上がるスカートを効果なく押さえていることしかできなかった。


「や…だ…たす…………お……が…い」


すぐ近くで、女の子がようやく絞り出したような、細く弱々しい声が聞こえたような気がした。


直後


誰かに手を捕まれて


強く引かれて


強かったけど


優しくて


抱き締められてる


そんな気がした


誰かが


ボクを


助けてくれたんだ


よかった


お礼を言わなきゃ


あれ


声が出ない


顔見て


後で


お礼


見えない


水の中にいるみたい


ボク を 助けてくれたの  誰


お礼を  言わなきゃ










==========



「綾乃そっちはだめ!」


渡り廊下につながる階段を見上げて芹佳が叫んでいる。まさか。


急いで駆け寄ると、踊り場でスカートを押さえたまま身動きがとれなくなった綾乃がいる。この階段は向こう側にも登り口があり、向こう側から吹いてきた風とここから吹いてきた風がぶつかり合う踊り場は、旋風とも竜巻ともいい表せない突風に変わり吹き荒れる。この風の中にいたらスカートを押さえるなんて無理。実際綾乃もパンチラどころの騒ぎじゃない。


あたしは急いでスカートの裾を左手で掴んでタイトスカートのようにして階段を登り……少し悩む。

手を掴んで引っ張れば助け出せるけど大変なことになる。でもこのままバカ男子達の見せ物にさせ続けるわけにもいかない。急いで手を引けば一瞬で済む。綾乃許せ。



綾乃があたしの手を握り小さく震えている。


「びっくりしたよな。怖かったよな。もう大丈夫だから。歩けるようになったら教えてくれ」


綾乃の頭を優しく撫でながら耳元で小さく、ゆっくり囁く。

土曜日の昼、碧になった綾乃に言った言葉そのままを綾乃になった碧に言う。


綾乃が少し顔を上げ、あたしを見上げる。涙で視界が邪魔されているのか、あたしの顔を見ているようで見えていない、そんな感じだ。


「碧?」


囁いてみたが反応がない。


「綾乃?」


ピクッと小さく反応があった。

間違いない。()()()()()()()()





まともに歩けない綾乃を連れてゆっくり時間をかけてようやく、教室に着いた。


あたし達四人以外は全員戻って来ているが女子の様子がおかしい。


数人の女子が同じ場所を睨んでいる。


「それであの場所でスカートが捲れて丸見えだぜ、濃淡の緑のチェックのパ…」


あたしの隣の席のバカ男だ。本気で頭に来てそいつの椅子を全力で蹴る。そいつは机を巻き込み向こうに倒れた。


「痛ってーな。なにす……」


立ち上がり食って掛かろうとするバカ男があたし達を見て言葉を詰まらせた。綾乃があたしに抱きつき嗚咽しているのだ。綾乃の頭を優しく撫でても落ち着く気配がない。これはだめだな。


「芹佳、綾乃を保健室に連れてくから先生に言っといて」


「おっけー」





保健室に入ると校医の先生が顔を向けずにどうしたの? と問いかける。


「友達を少し休ませて欲しいんですけど」


振り返り綾乃の泣き顔を見て私の方を見る先生に、五段階段で…といいかけると「微熱ね。少し横になってなさい」といいながら椅子から立ち上がり、ドアから一番離れてるベッドのカーテンを引いてくれたので、綾乃をそこに連れて行き休ませる。


あの場所は校内では五段階段の通称で呼ばれていて、校医にはそれだけ言うと詳しく話さなくても休ませてくれる。時々被害者がいる証拠だ。よろしくお願いしますといい保健室を出て教室に戻る。


「すみません、付き添いで保健室に行ってま……あれ?」


「理子おかえり。この時間自習になったよ」


そっか。あたしが席に座るとバカ男がごめんと言ってきた。綾乃にも謝りたいと言い出したので睨みつける。


「ホントに綾乃に謝りたいって思うんなら何も言うな。そして忘れろ。このバカだけじゃなくて男子全員だからな。それと教科書拾って持って来てくれた人サンキューな」



結局綾乃は六時間目が始まっても戻ってこなかった。バカ男は自分が原因だとわかっているのか気持ち悪いくらい静かだ。


先生が黒板を向いてる間に携帯電話を取り出し綾花にメールを送る。


《綾乃は保健室で休んでるから帰り一緒に迎えに行こう》


ホームルームが終わり、帰り支度をして綾乃の荷物もまとめて鞄をニつ持ち教室を出る。綾花が廊下で待っていたので一緒に保健室に向かった。途中「どうしたの?」と聞いてきたけど気分が悪いらしいと返す。


保健室に入ると薬品の整理をしていた校医の先生がプリントを一枚渡してくれた。


「明日でもいいから名前書いて担任に渡しなさい」


“欠席免除証明書”保健室で過ごした生徒を出席扱いにして、出席日数がたりなくなるのを防いでくれる大切なもの。稀に先生の手伝いを頼まれた時にも発行されることがある。お礼を言って綾乃が休んでいるベッドにいく。


丁度綾乃が起き上がったとこだった。髪がすごく乱れているのをみて綾花が綾乃を抱きしめた。


「ごめんね綾乃。アヤがちゃんと説明しなかったからだよね」


校内でここまで髪が乱れる場所といえば五段階段しかない。なにがあったのか察したのだろう。その後ベッドから椅子に移動して、綾花が綾乃の髪を結い直し、先生にお礼を言って保健室を出る。




「綾花、綾乃を頼んだよ」


綾乃たちと別れる交差点についたので後は綾花に頼んであたしも帰宅する。

明日大丈夫かな、綾乃……











綾乃がひどい経験をした5段階段は、私が通っていた学校に実在した場所です。実際はもう少し段数ありましたが。

東高の設定では1階にしか教室が存在しないことにしましたが、モデルになった場所は1~3階全部に教室があったので、2階以上の教室に行くときは全員理子のように対策して移動していました。

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