#010 二人の努力
食事中に小木曽家は母子家庭だと教えてもらった。ボク達のことを先におばさんに話をして、ボクの相談を聞いて欲しいと伝えていたことを聞いて、碧さんって優しい人なんだなって思う。
でも、いくら優しい人でも裸を見られるのはやっぱり嫌。
碧さんもお風呂に入るんだろうし、当然ボクの裸も見られちゃうんだよね。どうにもならないことなのはわかっているけど、嫌なものは嫌。
元の体に戻れないってことは小夜ちゃんが言ってたから諦めるしかないんだろうけど、そう簡単に割りきれる事じゃないし、これからの事を思うとつらい。
疲れたので先に寝ていいですか? と聞くと眠れないならリビングに来なさいね、とおばさんが言ってくれた。碧さんの部屋に入り、ベッドで横になるけど眠れない。午後九時という時間が寝るには早過ぎるせい?
横になったまま窓の外を見ていたら小さく控えめなノックの後、悠さんの「起きてる? 入っていい?」という声が聞こえる。寝ていたら聞こえないくらいの小さな声。
「はい。起きてます。どうぞ」
返事をすると悠さんが入ってくる。
「あのね、碧兄…んー、綾乃さんがよかったらなんだけど、明日の朝、みんなを家に呼んでいい? 月曜日にいきなりそれぞれが制服で登校するのは戸惑うと思うから、明日制服で過ごす練習っていうか、そんなのをやったほうがいいんじゃないかって、お母さんが言ってたんだけど」
ボクが月曜日に着るのはワイシャツとズボン。ワイシャツなんてブラウスと前会わせが左右違うだけで、そんなに変わらないからボクは戸惑わないと思うけど、碧さんはセーラー服とスカート……男の子が着ることがない服だよね。練習いるのかな? ていうか、やっぱボクの制服着るんだ……
「さっき理子さんにメールしたんだけど、綾乃さん次第って言ってたから、確認したいんだけど、どうかなって」
ボクは暫く考えて頷いた。悠さんも頷き「みんなにメールするね」と言いながら携帯電話を開いた。
「綾花さんと綾乃さ…碧兄は十時、みんなは九時に来るようにメールしたから、やっぱり嫌だって思ったら早めに言ってね」
そう言って悠さんが部屋を出る。みんながボク達の事を気にかけてくれてるんだから嫌なんて言えない。ボクも頑張らなきゃ。
「おはよー。碧兄起きてー」
ドア越しに聞こえる悠さんの声で目を覚ます。時計を見るともうすぐ八時になろうとしてる。ベッドから起き上がり、ドアを開ける。
「おはようございます」
「朝ごはんできたから顔洗ってきてね。みんなも九時に来るって」
そう言ってパタパタとスリッパを鳴らしながら階段を降りていく悠さん。
ボクは一旦ドアを閉め、着替えてから洗面所に行き、顔を洗う。歯ブラシは昨日の夜におばさんが「体は碧なのだから問題ないけど気持ち的に嫌でしょう」と言って新しく出してくれた。自然な優しさがすごく嬉しい。
朝ごはんを食べ終え、片付けくらいはと思い洗い物を片付ける。テーブルを拭いていたら玄関のベルがなったので悠さんが玄関に行く。時計を見ると九時になっていた。
「おはよー」
「おじゃましまーす」
理子さんと希美さんが悠さんと一緒にリビングに入ってきた。おみやげだよといいながら、希美さんがシフォンケーキを悠さんに渡す。朝から営業ってるケーキ屋さんなんてあったっけ? と首を傾げる悠さんに微笑みながら手作りと答えている。昨日の夜メールの返事を送信した後焼いたらしい。すごいな。ボクはクッキーくらいしかできないからちょっとうらやましい。悠さんが切り分けてる間にボクが紅茶を淹れてるとおばさんが「いい香りね」と言いながら入ってきたとこで準備ができたので、お盆にのせてテーブルに運び、みんなで頂く。ふっわふわで甘さもいい感じですごく美味しい。食べ終わったとこで悠さんが「あっ」と小さく叫んだ。
「綾花さん達の分残すの忘れちゃった。みんな黙ってて」と、人差し指を口元に当てる。
「もうすぐ時間だから皆は着替えてらっしゃい。証拠は消しておくけどみんな共犯よ」
笑いながらティーカップとお皿を片付けるおばさんに言われて時計を見ると九時五十ニ分。ボクたちは急いでニ階に行き、ボクは碧さんの部屋に、みんなは悠さんの部屋に入り制服に着替える。先に着替えが終わったのはボクだけみたいなので、ドアを少し開けて皆が集まるのを待っている。男の子の着替えって楽でいいなとちょっと思ってしまった。
着替え終わった皆が集まってすぐ、玄関のベルが鳴る、こっそり部屋を抜けだして様子を見に行った理子が手招きする。静かにゆっくり階段を降りリビングに近づく。
「おっまたせー」と理子と希美さんが同時に言うと、碧さんが驚いた顔で振り向いた。綾花が制服を渡すとすごく焦っている。碧さんには言ってなかったんだ。慌て方が可笑しくてつい笑いそうになるのを堪えて、悠さんの後ろに顔を隠す。顔は絶対笑ってる…バレませんように…
少し抵抗があったみたいだけど綾花と碧さんが着替えに行くと、理子は小物を幾つか床に置き、希美さんは椅子を一つ離れた場所に置く。何をしてるんだろう?
ニ人が「準備おっけ」と言うと同時に綾花たちが戻って来た。えっと右が綾花だね。なんて思ってると、どっちが綾乃? と問う声に左に立つ碧さんが小さく右手を上げる。希美さんが写真を取りたいなんて言い出して、ボクと碧さんが並んで立たされ、肩に手を回すように言われる。恥ずかしいけど言われた通りにすると何回か写真を取られ、その中から一枚選んだ悠さんが皆にメールで送ってくれた。恥ずかしいからボクは見るのやめとこう……
送信が終わった後、碧さんに歩き方や椅子への座り方、落とした物の拾い方を教えるとかで、理子たちのさっきの行動の意味がわかった。これってボクもやったほうがいいのかな? あとでおばさんに聞いてみよう。
ひと通り終わると「おっ昼にしっましょ」と悠さんがいいながら料理をテーブルに並べている。碧さんを見てて全然気づかなかった。手伝わなかったことを謝ると笑いながら気にしないでと言ってくれた。夜はボクが頑張ろうっと。
ご飯の上におかずを乗せて食べようとする碧さんが怒られてる。突然生活が変わったんだから碧さんも苦労してるんだよね。ボクも碧さんみたいに気遣えるようにしなきゃダメだよね。ずっと自分の事しか考えてなかったのを反省しなきゃ。
食事も終わり、今日はこれだけできれば合格かな。あとは生活を続けていけば自然に覚えるでしょというおばさんの言葉で解散する事になった。希美さんはボクと話がしたいとかで、悠さんと片付けをしてる間テーブルを拭いてくれてる。理子たちが帰っちゃったみたいなので、片付けが終わるとボク達は悠さんの部屋に移動することになった。
「今だけ呼び方変えるけどいい?」
ボクが頷くと希美さんが話を続ける。
「綾乃さんもすごく苦労してると思うんだけど、碧の事も気にしてあげてる? 碧ね、ものすごく綾乃さんの事に気を使ってくれてるんだよ」
そう言いながら携帯電話を開いてメールを見せてくれた。
from:綾花
本文:碧さんの事少し教えて欲しいです。
アヤが不安で泣いちゃって気持ち
落ち着けるためにシャワー行って、
その後に碧さんにも行ってもらっ
たら三十分過ぎても戻ってこない
ので様子見に行ったら「綾乃さん
の裸を見るのが悪い気がする」て
言って、服を脱げないまま脱衣所
で固まってたんです。
これって綾乃に気を使ってる?
学校での碧さんって普段どんな感
じですか?
「裸を見られるのが嫌なのはすごくわかるよ。私だって嫌だもん。でもね、碧は綾乃さんが嫌がる事をできるだけやらないように頑張ってるんだから、それは認めてあげて」
「そのメールならわたしのとこにも来たよ。最後の一行が“家での”になってるだけで同じ内容だった」
そう言って悠さんがメールを開いて見せてくれる。それは送信メールだった
to:綾花さん
本文:うちは母子家庭で男は碧兄だけだ
から毎日気を使ってる感じ。
誰かがお風呂入ってるとお風呂場
に近づかないようにしているし、
わたしとお母さんがトイレから出
た直後だったらしばらく使わない
とか。
出た直後に誰かに入られるのって
同性でもちょっと嫌なのにそれに
も気を使ってくれる人だよ。
「綾乃さんがすごく不安なのもよくわかるけど、碧だってホントは泣きたい気持ちだと思うよ。だからこそニ人で相談して、それでも解決できない問題があったら、どんな事でもいいから私達に話して欲しいな。全然力になれないことが多いかもだけど、話すだけでも楽になれることもあるし。ね?」
そっか……そうだよね。ボクだけじゃなくて碧さんも不安だらけなんだよね。普段からいろいろ気を使って生活してた人だったら変なことはしないと思うし、制服に着替える時も、
「変な目で見ない人ってわかって安心してる」って綾花が言ってたし。ボクも少し碧さんの事を信じてみてもいいかな。




