表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/13

とある工作員(非リア充)の最後

テンション上がってきた。

ディーエはリア充ではなかったのだよ。

ここは【研究都市 アントリム】でも有数の繁華街 ブランカ通り

研究都市という性質上、学生も多いため一般的な都市と比較すると比較的品のいい繁華街が多い。

しかしこのブランカ通りは学生以外、例えば2大国を行き来する商人や傭兵、冒険者たちが使用するための繁華街でアントリムの中では大人向けの、言い換えれば

治安の悪いエリアとなる。

その繁華街の、更に裏通りを一人の男が音も立てずに歩いていた。

ディーエ・ブク

それが男の名前である。

ディーエは短く刈り込んだ黒髪を少し立たせて、すこし薄汚れているもののしっかりした造りのシャツ、ズボンを履いており、どこにでもいる街の兄ちゃんといった風体だ。

しかしシャツの下には鍛え上げられた肉体が隠れており、シャツの上からでもその均整の取れた逞しい体格を見ることができる。また腰にはロングソードを下げておりその雰囲気はとても一般人とは思えなかった。

実際、彼はベテランの冒険者、しかも魔法と剣を操る上級冒険者でこの街には何度も商隊の護衛として訪れており迷いのない歩みである。

ただし今の彼は冒険者としてではなく、裏の、リヴァネ王国の密偵としての仕事の関係でここを歩いていた。


此処アントリムは長年敵対してきた2大国の技術が集まる町だ。

もちろん本当の機密に関わる技術はレゾロネン帝国もリヴァネ王国も公開していないだろう。

しかしそれでもお互い知る機会のない敵国の技術を獲れる貴重な場所で有り、そんな普通では手に入れにくい情報を堂々と、それも合法に得ることのできるアントリムには大陸中の優秀な研究者、技術者が集まる。

その結果、2大国よりも進んだ技術がこの研究都市の中心部【アントリム城】には眠っていると言われている。

ちなみに【アントリム城】とは研究都市の前身である小国の城をそのまま研究施設として利用しているかららしい。

そして、その優れた技術が高い確率で眠っているにも関わらず、その技術が接収されないのは2大国どころかそれ以外の国々、宗教自治区フェルラーなど様々な勢力が日夜暗闘を繰り広げており、また大事になった場合、つかの間の平和を崩す要因となりうるためという危ういパワーバランスが成り立っている。


まあディーエは密偵といっても、本職はあくまで冒険者、バイト感覚で情報を本物の密偵に売り払っているだけなのでそんな難しいことはどうでも良かった。


ディーエは裏通りを歩きながら周囲に人の気配が無いかを確認する。

そして周囲に人の気配が感じられないのでサッと身を翻し、路地の隅、廃材の箱の影にあるマンホールから下水道に降りる。


「相変わらず臭せえな。全くもう少しマシな隠れ家はなかったのかねえ?」


ディーエはタラップを降りながらぼやく。

本当はディーエにもこの隠れ家の有用性はわかっているのだ。

このアントリムの前身であるエルウリは異世界者である初代国王が建国したものである。

建国当初に異界の知識を用いて当時では他にない下水道、水洗便所など様々なモノを作成した。

特にエルウリは国土からみてもかなり多くの人口が集中したため、大規模な、下手をすると王都エルウリそのものよりも広大な下水道網が整備された。そして現在でもアントリムの地下には住人も把握しきれていないほど複雑に広がる下水道網が存在し、各国の密偵の潜伏箇所としてよく利用されている。

実際滅多に一般人は入ってこないし、網の目のようになっているため好きに拠点を作ってもバレる心配がないのだ。

・・・まあ、たまに同業者や犯罪者、浮浪者と鉢合わせする危険性もあるが。


ディーエもそこのところはよく分かるのだ。

しかし拠点に行くまでの経路は下水道そのままで、汚物や何かの死骸、果ては研究によるよく分からない廃液なども流れており、気色の悪い蟲も這い回っているため身体的にも精神的にも長居したくない場所なのだ。

毎回ここに来ると食欲をなくす。


ディーエは低位の魔術である【ライト】を使用して明かりを目の前に浮かべると、暗い下水道を歩いていく。

何度か曲がり角を曲がり、行き止まりに到着する。

そのまま再度人の気配を確認すると、突き当たりの壁を回転させて壁の向こう側、リヴァネ王国側の拠点の一つに到着する。


「ディーエだ。ノベルの旦那はいるか?」


拠点に入ると、そこは下水道のなかとは思えない程清潔に保たれた部屋だった。

室内各所の隙間はモルタルで埋められ、蟲等が入ってこないようにされており、

おそらく魔法だろうが何処からか空気の換気も行って新鮮な空気で満たされている。

そして部屋の中央部にあるテーブルには3人の人間が座っていた。


「やあ久しぶりじゃのう。」


1人は入ってテーブルの左側に座っている白髪の老人だ。

この男は【ロイブ】と呼ばれている男で、変装の達人である。

実際何度かディーエもロイブと顔を合わせているが、毎回若者、子供、町娘と違う姿で会っており、声をかけられなければ全く分からないほどの腕前だ。

もちろん単純な戦闘ならば上級冒険者のディーエは負けないだろうが、密偵もしくは暗殺者としては間違いなく一流だろう。


2人目はチラッとこっちを一瞥し、すぐに興味を無くしたかのように手に持った本を読み始めた赤紙の美女。名を【セーナ】という。

彼女はディーエよりも後にこの密偵に参加しており、この中では最も新参である。

スタイル抜群、目筋はすっとした細面の美女で、高級娼婦のような雰囲気であるものの彼女は魔術師、しかも「ド真面目な」と言う冠詞が付人間である。

ディーエも当初そのあまりにも肉感的な色気にひと晩の相手に誘ったが、顔を真っ赤にした彼女に燃やされかけたことがあるため、それからはお互い必要以上に干渉しないようにしているが、時折見せる優しさにディーエは惹かれていた。

普段は彼女もどこかのチームで冒険者をしているらしい。


(・・・相変わらず良い女だなあ。ちょっと真面目に口説くか?表の冒険者としても親交を深めてえなあ。)


「うぃーっす。早速だけどディーエ報告をー。」


最後はディーエの正面で書類仕事をしている茶色で長髪の男、【ノベル】だ。

この男は正直よくわからない。

この密偵チームのリーダーで、今まで何人かメンバーが交代したがこの男はディーエが加入してからずっと変わっていない。

一見軽薄そうな雰囲気ではあるが、実際のところ恐ろしく頭が切れる。

ディーエも何度か自分が集めてきた断片的な情報から、自分では思いつかないような真実を読み取っている場面を見ているため間違いない。

戦闘面では中位の冒険者クラスだろうが、彼の真骨頂は頭脳であるとディーエは

感じている。


「おう。やっぱり帝国の人間だったぜ、あの野郎。」


「やっぱり。」


「そうかのう。で、ウォナの奴はどうしたんじゃ?」


「放っておいた。無茶言うなよ。俺の本職は戦闘。本来尾行や暗殺はあんたの仕事だろう?ロイブ?」


「しょうがあるまい。別件で忙しかったんじゃから。」


「まあ、問題ないっす。彼は自分の裏切りがバレているとは露とも思ってないはずっす。帝国の犬どもはもう別チームが動いているから問題解決でしょうし、ウォナもこれから報告に来る予定ですから此処で囲んで処理するっす。」


「・・・もう手を回してたの?一体いつから?」


「企業秘密。」


そう。

こういう所が俺にとってノベルが油断できないと感じる部分だ。

一体どこまで先を読んでいるのか。


「話は終わりか?今日酒場で宴会だからさっさと帰ってシャワーを浴びたいんだけどよ。セーナも一緒に来ないか?」


「下水の臭いがつくからシャワーは賛成だわ。でも宴会には一人で行ってくれない?私この魔道書読むので忙しいのよ。」


「ひでえ。」


ひどい。しかしこれが異世界の概念でいう【ツンデレ】というやつだろう。

最初はツンツンされて喜ぶなんて異世界人は変態ばかりだと思っていたが、時折見せてくれる優しさや女っぽさと普段のこのツンツンした態度。

エロいカラダと初な態度のギャップもあって正直、クラっときた。


「何よ?」


「い、いや何でもねえ!」


どうやら彼女を見つめていたようだ。


「まあまあ、ジャレてないでウォナを処理したらすぐ上がっていいんで我慢して

くださいっす。」


「・・・気にしなくてもいいわ。ディーエもごめんなさい、カッとなったわ。」


「いや!気にしなくていい。俺も悪かった。でももし気が変わったら【銀の時計亭】で宴会やるからいつでも来てくれ。」


俺は何を言っているんだ。

童貞の子供じゃあるまいし。


「そうね、気が変わったら私も参加するわ。」


彼女が笑顔を見せてくれる。

嬉しい。

もしかすると今日はチャンスかも知れない。


「・・・すまんが噂をするとなんとやら。ウォナが来たようじゃぞ?」


ロイブが言う。

どうやら裏切り者が来たようだ。

空気の読めない奴め!


急に室内が静かになるが何も聞こえない。

本当に来てるのか?


「本当っすか?」


「うむ、徐々にこっちに向かってきておる。真っ直ぐ来ておるから間違いないじゃろう。」


「・・・早すぎる。」


「気にしすぎなんだよ旦那。偶々予定より早く来たんだろうよ。この部屋を血で汚すのもアレだし、お出迎えに行ってくるぜ。」


さっさと終わらせよう。

そして念入りに体を清めねば。


「・・・一応油断しないようにするっす。セーナちゃんは外からの死角で詠唱して準備をするっす。ロイブも準備を。」


「分かったわ。」


「了解じゃ。」


ノベルの旦那の指示に従い、二人が準備する。

心配しすぎな気もするが、旦那が警戒してるなら俺も気を引き締めるべきだろう。

今までの経験上、こういう時はまず何かしらある。

俺も魔力で身体能力を上げると、建は鞘に、ナイフを手の中に隠す。

そして偶々外に出てきたという風に隠し扉を開けると、ウォナの野郎が・・・



視界いっぱいの黒い壁が迫ってきた。



俺は咄嗟に後ろに飛びながら、魔術による炎【フレイム】と高めた気によって斬撃を飛ばす【闘技 剣閃】を組みわせて炎の斬撃を条件反射で黒い壁に飛ばす。

斬撃が当たった瞬間、壁が砕けるがすぐに壁が復元して迫ってくる。


その時初めて壁の正体がわかった。

ゼリー状の何かと、大ムカデと、何かの触手がヘドロや汚物と一緒に大量に押し寄せてきているのだ。

ディーエは吐き気をこらえながらもう一度炎の斬撃を飛ばす。

そして周囲を見回すと、


ロイブが飲み込まれ、醜悪な黒壁からウォナの半ば溶けた顔が垣間見えた。


「・・・なんだこれ?」


入口は既に見えない。

どんどん汚物どもが部屋になだれ込んでくる。

気づくとディーエは部屋の隅に追い詰められていた。


通常ならばこのまま死ぬだろう。

しかし、自分はまごう事なき上級冒険者。

しかも数多いる冒険者でも才能が有る者しかなれないA級上級冒険者。

外の様子は分からないが、火傷を覚悟すればこの部屋の汚物ども位はを瞬時に

焼き尽くし逃げ出すことは可能だ。

どうにか地上まで逃げて治癒を受ければ自分は生き残れる。

しかし、覚悟を決めて行動しようとした瞬間、先程まで口説いていた美女の存在

を思い出し、踏みとどまる。


(そうだ!セーナは!?セーナだけでも助けてやらなきゃ!)


もう一度周囲の汚物を斬り払い、脂汗を垂らしながら周囲を見回すと

そこにはセーナの姿が・・・


「セーナ!セーナアアアア!!」


「ノベル!!ノベルゥゥゥ!!助けてノベルゥゥゥ!!」


「セェーナァァァーー!!」


必死にお互いを呼び合う男女。


それぞれ僅かに離れた場所で汚物に飲み込まれて、体を貪れているだろう男女。

壮絶な痛みの中、互いを求める二人。


「あ、愛してる!!愛してるよ!!ノベル!!ああああああ!!!」


「俺もだ!!お、俺もだああ、があああああ!!」


飲み込まれる瞬間までお互いしか見えていない。

俺はそこにいないみたい。



徐々に周囲を囲む汚物ども。

どうやらぼーっとしていたようだ。

もう逃げ場がない。


剣を捨てる。


「・・・本当。なんだこれ?」


視界が暗転した。







「人間の侵入者です。・・・侵入者を撃退しました。DP、経験値が入ります。」


「はい!?人間?何事!?てか撃退早っ!?浮浪者か何かか?」


「下水道内にてアメーバ、大ムカデ、ローパーによって撃破されました。映像

 第一階層の為、表示できません。」


「雑魚モンスターにやられたんだったら浮浪者で確定かな?ナンマンダブナンマンダブ・・・。」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ