Ex.新人研修3
「詩人、ですか?」
今だ手の震えは消えないが左様ですと言葉を返し上品に紅茶を含むアレイスタと隣で頷きながら背中をぽんぽんとあやすジャスミンを交互に見て危難ではなかったのだと悟ったのか子兎は見てとれる程に安堵した。
尚、事を納めるに至った最大の功労者は口下手でごめんねとお茶菓子を進めるユートの膝を枕代わりに本日二度目の午睡を満喫している。
その後ルナに呼び出されたアレイスタはその場の状況を瞬時に把握したようでユートに2、3何か聞いた後リリーに先ず心配することはないと告げユートの考えを代弁した所
いわく、吟遊詩人として働かないかということであった。
吟遊詩人とは諸外国を渡り歩き音に乗せて詩を歌う事を生業とする者たちで世界各地の酒場や傭兵集団の集まり、ギルド等で詩を披露し各地で伝え聞いた事を話すことで稼ぎを出す職業である。
「確かに兎耳族といえばかつて好事家がこぞって手を出した程に美男美女が多い。たとえそれ目当てだとしても客は見込めるでしょうな。」
「アレイスタ、表現がえぐいよ。」
これは失敬と軽い笑い声をたてるアレイスタに少し怯えを見せるリリー、説明の最中にようやく正常な意識を取り戻したジャスミンはリリーを抱き寄せいじめるなとばかりにアレイスタに鋭い目を向けた。しかし本人はどこふく風、さすが鬼。
口直しに紅茶を一口含むとそういう面も確かにあるんだけどね、とユートは言葉を続ける。
「兎耳はその美貌に反して力が弱い、君たちはうんよくここに駆け込めたがまだ世界の各地で虐げられて危機に瀕している君の仲間もいるはずだ。そんな彼らの手助けの……手助けができると思うんだ。」
あくまで救われるのも救うのも君たちだけどね、と最後に一言付け加えどうかなとリリーをみる。
力なき者、先頭を生業にするものをのぞけば魔物の中でもっとも力の弱い兎耳族と同程度の力しか持たないと言われる人族。
圧倒的な数が力で個々には一部を除いて大して力を持たないその種族。
そんなただの人族と言い捨てるにはあまりに力の籠った目を見て、考える事もなく言った。
やらせてください、と。
「良い目になりましたな。」
ジャスミンに付き添われ自室に戻ったリリーは早速吟遊詩人となるために必要な努力をするだろう。
全ては一族のため、一族の存続のために。
アレイスタは記憶の彼方から兎耳族の知識を引っ張り出す、その一族は縄張り意識が強く真面目で直情的、そしてそれ以上に仲間意識が強い種族だ。
質素で決して文明的とは言えないが助け合い生活していた彼らは戦乱により伝来の土地を手放し、奴隷となった。これも全ては家族のため、仲間のため。
知識も教養もない彼らは何をするにもうまくこなす事ができずできるのは精々薪集めや水汲み等の簡単な仕事のみ。
それでも仲間と家族を養うために精一杯の努力をしてきたがとうとう闇奴隷と呼ばれるそれまでに落ちてしまった。
戦乱以来そんな世界の暗い部分しか見ていなかった彼女らに美しい詩を歌えと、ユートは言う。
あの目、あれは愚直までに仲間を思う責任をおった目だ。
アレイスタには芸術の知識というものはないが、わかる、わかるのだ。
あの目では詩など到底歌えまい、歌ったとしてもそれは心なき音階、ただの音の羅列だ。
そんなことはユートにもわかっているだろう、わかっていて彼はリリーの一族に詩を歌えという。
にたりと、アレイスタの鬼の部分がいびつに笑った。
「おや、申し訳ございませぬ」
しかし悪戯っ子を見るような困った目で見咎められては居心地が悪い、すっかり温くなったお茶を口にしてやり過ごすとその真意を聞こうと口を開きかけたところで
「甘いわねえ、王様気分が抜けないのではなくて? 鬼 の 王 さ ま ?」
まるで真実に気付かない者を憐れむような声色で、ユートの膝の上で体を反転させて混沌姫が言い放った。
アレイスタにはこの姫のいう事が理解できずに考え込む。
(甘い?この私が?心を食らう鬼である私の洞察が甘い?なんという侮辱か。)
普通の鬼族ならばそう怒り狂って戦力差も考えず食って掛かるだろうがアレイスタも伊達に長く生きていない、そりゃ少しは古傷をくすぐられてむっときたりこそばゆい思いをしたがそんなことより愛すべき主と崇拝すべき姫の考えを推察することに夢中だったと言える。
顎に手をやり考え込んでしまう彼にユートはひとつ苦笑してルナを膝に乗せたまま器用に彼のコップにお茶のお代わりを注ぎながらいう。
「蓮の花って知ってる?」
「蓮の花、ですか。確かそろそろ見頃とか……」
アレイスタは一年ほど前ユートが裏の池でじっと蓮の花を眺めていたのを思い出す。
それを言うとよく覚えてるよねとユートに笑われストーカーというやつではないのとルナにひいた目で見られたが。
「蓮の花はね、濁った池で綺麗に咲くんだ。泥を被り尚いじらしく前を向く者の前に世界は美しく花開く。……今のアレイスタならいつかきっとわかるよ。」
「なまじ大きな力を持つ者の目に、この 王 さ ま がわかるようになるまでにどれだけかかるかしら。きっとその頃にはあの子兎、人気歌手になってるわね。」
まるで彼の父にされた問答のように難解なそれを受け、執務の最中にすらも悩み悩んだ彼がその意を悟ったのは丁度銀色の耳を持つ兎耳族の少女が吟遊詩人として名を聞くようになった頃。
各国を渡った修行を終えて城に帰ってきたリリーの詩を確かに聞いたとき、昔からのお付きですら見たことがない綻ぶような微笑みを見せ白昼夢かと周囲を唖然とさせた。
そしてそれがまた柔らかな眼差しの兎耳族の少女により優しい鬼の話として吟われることになるのだが、
それはまた別のお話。
「そういえば新人の中に、耳兎族がいるのですが兎耳族は不器用な種族ですからねー、お仕事どうしましょう?」
「子兎の事かしら?その美声と美形が自分の首を絞めるのだから、残念な子達よね」
「……美声?……なんとかなるかも。……例えば……。」
「ふふ、面白いこと考えるわねユート。」
「どう?」
「いいと思いますよー、それでは案を詰めるまでジャスミンに適当に部署体験でもさせときますかー……ジャスミーン?」