Ex.新人研修1
けたたましい音を立てて厨房の床にに白い欠片が飛散する。
本日何度も繰り返される光景にあるものは頭を抱えまたあるものは目を見開く。
「……次に行きましょう。」
新人研修の監督を任された白蛇族のジャスミンは眼鏡を外して小さくため息をつき子兎のようにびくびくと謝罪を繰り返す彼女を促して退出した。
何が始まり、なぜこう頭痛に悩まされるのだろうか。
(思えばうまくやられたあの日から始まったのでしょうね。)
「失礼致します」
その日ジャスミンは皆が主様と呼び慕う深淵の森の主、この純白の城の主であるユートの部屋に呼び出された。
語弊があるかもしれないが、城といっても大国の王城のように大層な物ではなく精々が有力都市のそれより立派な程度。
城の大きさとしては常々住人やこの土地に住むものから苦言(もっと荘厳にすべきだの、大きくすべきだの)を提されているが執事長である鬼族のアレイスタがその悉くを審議している。
一度話を通したときに「そか、みんながそういうならそうしよっか」などと言い出しユートに次ぐ権力者であるルーナも「好きなようにやってくれ、私はユートと共にいれればそれでよい」と内政に全く興味を持たなかった事に起因しているのだが一応の体裁を保つため一部の者以外にはこの事は伏せられている。
そんな質素な城の中でも比較的豪華に作られたユートの部屋はきれいな装飾がされていた。
そこに呼び出され切り出されたのが今回の件、新人研修の監督だった。
部屋には奥のソファーにルーナ、執事長とメイド長でありジャスミンの先輩でもあるセスがお互い向かいあう形でソファーに座り紅茶を飲んでいた。
奥から出てきたのはエプロン姿の彼らが主、銀色の盆を片手に乗せていらっしゃい、などと。
「あ、主様!そんな給仕のような真似をっ、私どもがやりますからっ!」
などと騒いだのは彼女が拾われた当時の昔の話、失礼致しますと一言断りを入れて執事長の対面、メイド長の横に腰を下ろした。
「ジャスミン、お砂糖はいつもの?」
「はい、砂糖ミルクたっぷりめでお願いいたします。」
あなたもすっかり染まったわねえ、と隣で茶々を入れるメイド長に彼女はついと目を反らす。
運ばれてきた紅茶は湯気を立て、綺麗なマーブルを描いている。
お茶請けにはユート自ら焼き上げたばかりだと言う黒い焼き菓子、チョコクッキーというそれの仄かな苦味が紅茶の甘さと丁度いいハーモニーを奏でていた。
ユートに拾われ、心酔して、忠実な僕として生きることを決めた彼女の覚悟をあっさりと覆したのがこれ。
(誰かをもてなす主様がとっても楽しそうだったからって言うのもあるのですけれど……いいません。)
だからというのはあまりにも甘いが、お茶と主様の笑顔に夢中になっていた私の周囲であれよあれよと決まっていく新人研修の話はその場にいながらにしてジャスミンの耳には一切届いていなかったのである。
「本当に…本当にごめんなさいでした……」
兎耳族の少女、問題の少女と言い換えてもいいかもしれない、リリーはその名の由来になった白く長い耳をぺたりと垂らしてうつむいていた。
彼女ら城の新人は入ってすぐの新人研修で一通りすべての枝部署を体験的に回り、その後本人の希望と適正を見て配属先が決まる。
しかし、とジャスミンは隣を歩く少女を見る。
一回目の新人研修でどの部署においても壊滅的と言われる程の適正のなさを見せた彼女の三度目の新人研修が今日終わってしまったのだ。
本人のやる気は十分、何事にも真面目で性格もいい、ただ仕事が壊滅的。
彼女の同期がそれぞれの部署で働きはじめてからさらに二週間、部署を決めなければまずい時期はとっくに過ぎ、最早開き直ったジャスミン、何でもやらせてみようと城での仕事を手当たり次第やった結果、
彼女の横で耳を垂らす子兎の姿だ。
「私何もできないで、使用人失格ですよね……この国から追い出されちゃうんでしょうか……」
どんよりと、落ち込む彼女。まるで彼女の周囲に雨雲が浮かんでいるようだ。
それだけは決してないと、ジャスミンはリリーに伝えるが仕事がなければいずれ何らかの措置を下さなければならないだろう。
なんとかして彼女の仕事を見つけなければ……廊下の真ん中につったってうんうんと唸る使用人師弟。
「あ、ジャスミン。どうしたの?」
声をかけてきたのはジャスミンにとって事の次第を最も知られたくない人物であり恐らく唯一この案件を解決することができるであろう人物。
「ご、ご機嫌麗しゅう。主様」
慈悲深き国父でありジャスミンを信じて仕事を託した、ジャスミンの愛して止まない主様だった。




