表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
IdeaLand  作者: 中川のたり
5/23

Ex.日常

ハッ ハッ けふっ …ハッ ハッ

女騎士は走る。

軽量化が施されているとはいえそれでも女性のしなやかな体には余るであろう

壮麗な全身鎧を身に纏い、酷い凹凸の地形を低く翔ぶように疾駆していた。

素人ですら一見してわかるほどの見事な一降りを腰に差し、

白銀に輝く髪は大きく風に流されている。

余程名のある騎士様なのだろうと常ならば見るもの皆が思うだろう。

しかし、今は。


常ならば切れ長の目に涙を湛え

頬は枝で切れ血を流し、髪も大きく乱れ

口は酸素不足に大きく喘いでいる

なにかに怯えるように

そう、

小さい獣が己を補食せんとする絶対者から逃げるように

その恐怖、その本能に従い

美麗な顔を必死さに歪ませ

容姿に形振り構わず逃げていた


実力も十分、

その引き締まった身のこなしを見れば誰でもわかるほどのその実力と才能を持つものが、なんとも無様に逃走していた。


後ろも確認することもなく

まるでそんな距離まで補足されれば終わりだと言わんばかりに

怯えた表情をして脱兎の如く。


その腕に抱えるモノを決して離さぬよう。

(後、半刻、走っ 森の泉っ)

普段なら1刻全力で走っても乱れぬ思考をその恐怖によってぐちゃぐちゃにされながらも

ただひたすら走る

走る

森の泉、森の主様が作った唯一絶対の安全地帯。

そこでは略取、奪取、収奪、その全てが許されず。

犯したものはその罰により森の外へ追放される。

そこまで行けば"おそらく"と彼女は考える。

(きっと、逃げ切れ



【赦さない】





終わった、彼女は瞬時に悟った。

無理、だと

慣性で十歩程前に進んだ彼女はそれから一歩たりとも動くことができなかった。

後ろから聞こえた声は彼女、

彼を愛する彼女の、意思。



【私の愛しい……あァ、ユート……。】




ぺたんとその場に座り込む。

腰はすっかりと抜けてしまい騎士にあるまじきような座り方になっても、

彼女は繕うことはおろかその指一本すら動かすことはできなかった

ただ、腕に抱きすくめた物を潰さぬように、抱え込みながら




【そちは、奪った。私から……ユート……】





錯覚か、魔法か

光が飲み込まれ普段キラキラと輝く森からは生気という生気が消えた

まるで闇の底、闇という概念に飲み込まれたかのような

暗く、寒く、熱く

苛烈なまでの恐怖





【赦さない赦しはしない赦さない赦さない赦さない赦さない

赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない!】





ドンッ ドンッと四方八方から破壊の音と衝撃が響く

恐怖に怯えるがいい、その罪を十分に自覚するのだと言わんばかり。

嗚呼、これは彼女の罪。その断罪。


彼女は


どこまでも優しい主様を。


混沌姫の最も大切とするものを。


主様の


気の緩みを


狙い


後ろから


一撃で



奪ったのだから。




こんな恐怖に縛られきった状況ですら腕に抱えた温もりは健在で。

嗚呼、こんな時でも主様は慈悲を与えてくださると。

流した涙は闇に飲まれる。


カツン カツン


前から彼女が近づいてくる


カツンカツン


逃げ切れる訳がなかった


カツンカツン


逃げ切れるとも思っていなかった。


カツンカツン


ただ、私はほしかった


カツンカツン


胸に抱えるこの温もりが。


カツンカツン


次第に消え行く、この温もりが……。


カッカツ


ただ、愛しい程にほしかった



やがて彼女の前に裁罪者、罪を裁く者が現れる


その髪は闇のように黒く


肌は白く、目と唇は同じく朱色


闇から取り出したる黒のドレスを身に纏う絶世の美姫


森の主の御連れ、


混沌姫


闇の権化


《ルナマリアード》




【………………】



隠すこともない怒りを彼女にぶつける混沌姫ルナマリアード

その瞳を見れば朱色に黄金の輪が浮かんでいることだろう。

それは混沌姫と呼ばれ森の主様の片割れを担う彼女が神性を宿す証拠、

強い感情の発露に因り顕現する膨大な力が地に捕らわれた彼女を苛む様に覆う。

力あるものが強い感情を発露する、

その余波だけでかつて黄昏に訪れ宵に至るまでに一国を滅ぼすといわれる黄昏竜が泡くって逃げたといわれるその力。


終わった。



【よもや言い残す事はあるまい】



振り上げられた手に世界が割れるほどの力を蓄えて、

ふるふると体を震わす彼女に向けて

今その力を降りおろ


……降りおろ


……降りっ


……降っ


「こおら。ルナ、ルーナ?やめなさい」


ぽふっと、彼女の荒れ狂う髪をなだめるように頭に手が乗る。

ぼふっと、彼女の処女雪のような肌がピンクに染まる。

濃密な闇が一瞬ではれ、そこは元のように初夏の清々しい森に戻った。


訂正、一部春。


「何本気出しちゃってんの、森の子達が怯えてるでしょ。」

「だっ、て!ユート、あの子がぁ!」

捕まれた腕を軸にくるりと彼に振り返り胸元にしがみつく。

そこに先程まで怒りを顕にしていた混沌姫の影は既になく、いるのはしゃくりあげるように泣く一人の美女とそれを慰める森の主だった。


「たす、かったの……?私……」

騎士の心の中ですとんとなにかが落ちる、

生命の危機にあって解放され、緊張の糸がぷつりと切れた。

大粒の涙がぽろりぽろりと、頬を伝ってこぼれ落ちる。

「っ、うくっ、ぁあ。私……たすか」


彼はその優しい笑みのまま嗚咽を漏らす女騎士に近づき


その脳天に


ゴスッと鈍い音が響くほどの特級のチョップを落とす。


「いたあっ!痛いです痛いです!なにするんですかぁっ主様っ」

なにするんですかじゃないよと深いため息をした後、

女騎士の視線に合わせてしゃがむ。

混沌姫ルーナはその彼の背後に回り込んで肩越しに恨みがましく彼女をにらんでいた。

異性はおろか同姓、そして魅了チャームの専門家である色魔族すらも魅了するその魅力。

色魔族しか持ち得ない魅了をなぜ混沌姫と呼ばれる彼女が持っているのか、

それどころかどんな魔族であってどう生まれたのかを知るもの少ない、そしてなぜ膨大な力を持つ彼女が人族である彼の近くにいるのかも。

「ユート、こやつ!こやつがぁ!」

わかってるわかってる、と肩越しに彼女の髪を撫で付ける。

ふと彼が地に伏せる女騎士を見つめた。

その髪と同じ漆黒の瞳、烏の濡羽のような艶やかで色のあるその目に囚われる。

女騎士は再度、自分が罪を犯したものだと知らされた。

この魔力もないのに魔性を持ち、見るもの全てを捉え、絡み取り、そして

やんわりと許してしまいそうな瞳に見られては

これ以上抗うことがなんとも意地汚く、彼に申し訳なく思ってしまうのだ。

「じぶんがやったこと、わかってるよね?」

「……はい」

まるでいたずらをした幼子を叱る親のように、

優しく語りかけられては素直に罪を認めるしかない。

「それなら」

と、彼は手を伸ばす。

覚悟はしていた、逃げ切れなかった時にどんなことになるのか。

功績には賞を、罪には……罰を。

「セラ・トワイライティア」


彼は罪人の名前を口にし、


彼から奪ったものをひょいと取り上げると、


「三日間おやつ抜き」


女騎士セラ・トワイライティアにとって拷問ともとれる罰を宣言した。





事の発端はユートが作った焼き菓子をルーナが紅茶を淹れに席を外した一瞬の隙に通りがかった彼女、セラが根刮ぎ奪取した事だった。

甘いものが好きなルーナの為に、彼が何度も試行錯誤してようやく完成させたスイートポテトと呼ばれる甘い焼き菓子、今日はそのお披露目だったのだ。

るんるん気分で帰ってきた彼女が目にしたのは困り気に目を伏せる彼と胃を刺激する美味しそうな匂いのみ。

何があったのかを理解した彼女は彼の止める暇もなく外に飛び出して、

今に 至る。


「あんまりです!あんまりですっ!何卒再考くださいませっ」

「うふふふっ、ユートの作った菓子を強奪したそちには似合いの罰よのう。」

絶望に染まる騎士と、満足げに微笑む混沌姫、姫は彼から受け取った紙袋を大事そうにその腕に抱き締めている。

「さて、私としてはまだ仕置きがたりんが……今はこっちのが大事だしのう」

紙袋を少し開ける、

そこから漏れる甘く魅惑的な匂いに思わずルーナの顔がほころぶ。

暖め直してお茶にしようと彼を促すと先を行く、苦笑しながら彼は頷きかえして早くいくよと声をかけた後、一言。

「……おやつ抜きは明日からね。」

水を待ちわびた花が息を吹き返すようにぱああとセラに笑顔が戻る。

待ってくださいぃぃと彼らを追う彼女。

少し先でまたきゃあきゃあと楽しそうな悲鳴が聞こえてくるが森は

やっぱり平和で

今日も穏やかな時間が過ぎていく。


一度懐にいれた者にはとことん甘い森の主様と

彼を愛してやまない混沌姫の

そんなある昼下がりのお話。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ