Ex.お家騒動2
「どちらかというとこちらの方が大事でしたね……んっ、熱っ、美味しい」
出来たて熱々のシナモンロールをトレーから取り上げ頬張るエリザベートは満足げにそういった。
あの局地的な大地震の後なり続いた地響きは半刻ほど前に鳴り止んで......そろそろ出ていった"回収部隊“が帰ってくる頃合い。
そろそろくるかな、とユートが窓の外を見ると、昼間であるのにまるで夜のように辺りを暗闇が包む。
エリザベートがセラの目線から逃れ窓から見た先には竜達を掴んで飛来する気持ち誇らしげな大きな黒い蝶の群れがいた。
ユートがもっとも広い塔の屋上につく頃には竜種の搬送や慰謝料の折衝なども全てが終わったようでジャスミンとセスが死んだ目をしている竜達を監視していた。
その横にはここまで竜を運んだ功労者である黒い蝶が規則正しく並んでいる。
この黒い蝶、霞蝶といい大きさは精々大人の男程のなんとも綺麗な烏揚羽なのだがその特徴は魔力のまかりとおるこの世界で純粋にその翼の揚力のみで空を飛ぶという性質とそして魔力も使わないのにそのバカみたいに強い力と浮力で大きく重い物を運べる能力にある。
これは彼らが卵にいる期間が長く(卵の中で成虫になる)その卵の殻が途徹もなく重いこと、そして何より子守り蝶とも呼ばれるように彼らは卵を持って移動する事が原因にあげられるのだがなにせこの霞蝶、弱い。
攻撃手段も何もなくそれでも竜のすむといわれる世界の果てにある蜜が大好物なのでそこまで吸いに行くのだがその度に竜に追い払われ追い払われ……そんな彼らが今回竜の運搬に任命されたのだ、心なしか今までのうさを晴らしたかのように誇らしげなのはそれが原因だろう。
彼らとうってかわって絶望に染まった目で虚空を見つめる竜の一団、なんとも憐れである。
「うぅ……皆かわいそう……」
そこにひょっこりと、ユートの背後から出てくるセラ。
「セ……ラ……?セラ!!!!それならば貴様があああああああああ!!!」
その姿を認めた竜の一団の中で一際立派で大きな竜が首をもたげて敵意と牙をむき出しにユートを睨み付ける。
いくらセスにぼこぼこにされ魔力の一切が消えているといってもその巨体がなりふり構わず暴れたら大きな被害が出る事は明白。
「あらあら、頭が高いっ ですよー?」
「まったくもって 失礼ですっ!」
飽くまで暴れたら、の話であるが。
音もなくその頭上まで飛び上がったセラの拳骨とジャスミンの踵落としによって轟音と共に再び石畳に落ちる竜頭。
魔力がなければ普段自動で展開されているその鱗による防御はなくなる。
土煙が晴れるとそこには目を回しうねりながら石畳に頭を埋めるなんとも哀愁誘う竜の姿があった。
なんとも不様というか憐れである。
さすがに見てられずユートがそこまでにと声をかけようとした時。
「お怒りももっともでしょうが、その程度で勘弁していただけないでしょうか。」
「お、おかあ……カレア様っ!」
霞蝶の群れが作る絨毯に乗せられた一人の美しい女性が天空より舞い降りた。
「事の始まりは、この子……セラのお見合いだったのですが……」
どうか私が来たことは内密にというカレアと名乗る女性の言によって使われることになり普段より若干人口密度が増えた執務室ではいつもの面子に加え竜の代表者二名……カレアと彼女に強制的に小さくされた手のひらサイズになった先ほど地面とヘッドバットした竜……が静かに席についていた。
彼女の言うことには、ある日死にそうな顔をして帰ってきたセスがそのまま引きこもるように部屋に閉じ籠ってそれきり数週間。心配になってドアをぶちやぶった当代竜王こと彼女の父親がそこでみたのはあらゆる甘味をむさぼる娘の姿。
激怒、憤怒。
いつまでもぶらぶらと遊ばせておくからこうなるのだと、怒り狂った父親が半場強引に彼の弟の息子とのお見合いをセッティングしたところなんと相手の彼がぞっこん一目惚れ、これがそうヘッドバット君である。
「是非にも申し込んだのだが涙を溢しすでにその身は只人の虜であると、とその場で飛び立っていってしまい……しかも相手が黒髪黒目の人族であるというので……まさかかの有名な深淵の大森林の主殿であるとは……あいや、申し訳なかった。」
ギランとルナに視線で射殺さんばかりの目でにらまればっと顔をそらすセラ。
この若き竜の言うことも納得である。竜族には自由恋愛が風習があって、このような位の高いもの以外は基本恋愛結婚が主である。
その情熱的で自由を愛する竜が、目の前で涙を流され虜にした主がいると言われれば。
怒り狂った竜がその者をくびり殺そうと荒れたとしてもなんの不思議もない。
とはいえ、今回はやりすぎ。
普通の国であれば何度消滅してもたりない過剰戦力を引き連れての宣戦布告もなしの国境侵犯。
許されるはずがなかった。
「ということで、今回の件は一部の暴走によるものですが、迅速に抑えることが出来なかった我ら王族の責任です。申し訳ございません。」
「いえ、実際に被害もなかったことですし。おきになさらないでください。あ、お茶おかわりいります?」
「お言葉に甘えていただきます。とても美味しいお紅茶ですね。……これは主殿が?」
「あら、竜にも食通が。失礼、普段そこの馬鹿食いばかりみてるから……ちゃんとした方がいるのね。」
「これはお恥ずかしい。よくしつけなおしますのでご勘弁を。」
……やっぱり、普通の国では。
他の面々も竜との戦闘という名のお祭り騒ぎにすっかり満足したようでいつものように落ち着いてお茶のんでいる。
ついでにシナモンロールは大好評で即刻完食、カレアですらあらあらいいながらぺろりと2つ食べて帰り際には作り方を熱心に聞いていた。
「それでは魔力も満ちてきたようですし、私たちはここらでお暇を……。例の物は人族に見つからないようにこの子達に運んでもらいますので。」
カレアの回りを楽しげに舞う霞蝶を一撫でし帰りますよと声をかけるとおしとやかにユートの所まで進み深々と礼をするとガッシと。
「え。え?」
ユートの影に隠れるセラをその細腕に見会わない万力のような力で掴み引きずっていく。
「お母様……じゃなくてカレア様?」
「あなたには嫁入り修行が必要とみました、家できっちり修行しますので覚悟すること。いいですね?」
「やっ、やー!お菓子、主様のお菓子たべるのーっ」
台風のような襲撃は、これまた台風のように去っていく。
深淵の大森林、初の大襲撃はなんとも平和に終わった。
「や、やー!お菓子ー!!!」
犠牲を一人だけだして。
ざっくり登場キャスト紹介2
セラ・トワイライティア
黄昏竜の一子、女騎士の格好をしている。
昔はある国に仕官しており実際大陸に名を馳せる女騎士である。
トラブルメイカー且つ出番が少なく且つセリフ少なく、そして一発キャラじゃない癖にこんなとこで紹介されるかわいそうな子。
只今、花嫁修行中。
カレア・トワイライティア
セラの母親。
折り目正しい女性だが怒ると……
一族の奔放ぶりに振り回される苦労人。




