Ex.お家騒動1
「ううぅぅぅう、久しぶりにあったというのにこの対応……」
額を真っ赤に腫らした女騎士が涙目で一同を見据える。
無視が5、困惑が1に、苦笑が1。
普段執務室に出入りしているメンバーが総動員である。
仕事しているのかという声が各所で上がりそうではあるが今日は彼らの本分を果たしにここに集まっていた。
警備部長アレイスタ
戦略部長セス
諜報部長ジャッキー
結界部長ジャスミン
魔法部長代理エリザベート
統括ルナ
御茶汲みユート
殊更に公報されたりはしないが(一部を除き)歴とした職である。
本分を果たしに来た彼らに普段のような穏やかな様子はなく、各々が情報を交換しながらこの後の対応に追われている。
余裕なのはお茶菓子の用意をしているユートと彼について回るルナ、頭越しに次々と飛び交う事情を把握し切れていないエリザベートのみ。
全世界広しと言えど竜族総出の襲来に対して平然できるのはこの二人のみであろうと、その場の皆(エリザベートを除く)は嘆息と共に考えていた。
竜族、基本的に人間の手のおよばないような山奥や霊峰といわれるものの頂上近くや空島と呼ばれる天空に浮かぶ島にすんでいるということはわかっているがその他の情報のどれが確かなのかは判明していない。
ワイバーンや地竜を含む亜竜除く、純粋な竜族は人間にくらべ圧倒的にその生息数が少なく……また強力な生命体であるために迂闊に近寄れずその生態がつかめないのだ。
確実に判明していることといえば、竜族の長達はそれぞれが世界の果てに住むということ。
世襲なのかどうかは依然として判明していないが八方位にそれぞれ名を関する長がいる。
そしてそれを束ねる、というより暴力的なまでの圧倒的な力でその頂点に君臨するのが天空島に住むと言う黄昏竜だといことは判明している。
そしてその黄昏竜が、各長を率いてこの森の城へ飛来しているという情報がもたらされた。
情報提供者はセラ・トワイライティア
黄昏竜の只一つ輝く子、セラという名前の彼女。
床にぺたんと座り込み額の痛みと歓待の無さに涙を湛える女騎士であり黄昏竜の唯一の子供、次期竜族の王候補である。
......まあ己がこの騒動を引き起こしたことを棚にあげて、歓待がないだのなんだのいう辺り、流石というかなんというか、ある意味格の違いをみせつけている。
兎にも角にも、セラの証言と現状を照らし合わせても半刻も待たずに国を一つ焦土に変えることができる圧倒的な戦力がここに向かってきているのは確かでその対応にいつもはのんべんだらりとしている面子は追われているのだ。
なにしろ相手は個々ですら強大な力の持ち主。
竜一体を倒すのに聖皇国の精鋭竜騎士一個旅団が必要とされるのに対して長に宛がわれる勢力は一個師団程度、つまり熟練の騎士1万5千人を投入してようやく話になるというのに、諜報部からあがってきた話によると8方位中6方位の長に、長以下20の竜。
この時点で必要な戦力は皇国のみでは足らず、複数国家や傭兵連合が全力を奮って撃退可能な次元。
加え、これらを率いるはその竜達がまとめて掛かっても勝てないとされる幻の竜。
竜の中の竜、竜鱗を黄金に輝かせる竜の君。
黄昏竜。
絶望的である、
圧倒的である、
希望など欠片も見えない、それでもあがきあがいてなんとかしようと策をねるのだろう。
普通の国ならば。
「だから奴等は無駄に年食ってんだしどーせ使わねぇんだ、絞れるだけしぼっちまえと!」
「そう熱くなると沸騰するわよ。大体そんな量運ぶのにどれだけの手間がかかると思うの?そんな大がかりな運送していたらすぐ人族にも露見してしまいます。それがやっと落ち着きだしたこの国の風評がまた乱れてしまうことに繋がる事がわからないの?わかったら私に任せてあなたは諜報に集中しなさい。慰謝料の折衝は私がします。セス様、それでよろしいですね?」
「あらあらー、いいと思いますよー。ジャッキーもそれでいいー?」
「もちろんですセス様っ!」
「じゃー私はちょろっと遊びにいってきますのでー。ジャッキーはこれを機に入ってきたネズミに確り鈴をつけておいてくださいねー」
「あぁ、セス様どこへ!私もおとも致し「蜥蜴……」はい?」
「蜥蜴の尻尾って切ってもまた生えるのか、昔からためしてみたかったのよ」
「」
「ほぉれ、ジャッキーお前さんはこちらじゃよ。主様、姫様、私はこのままジャッキーにネズミの活かし方を教えてきますので。失礼。」
それぞれが自分のしたいことに夢中になって自らの持ち場にいくのを見届けるとユートはルナが先程まで捏ねていた白い塊をボールに入れそれに布巾を被せると作業を中断させる。
全くあせるどころか危機感すら見せない一行を不思議に思ったのは新入り《エリザベート》。
いくら力を持つ彼らが束になったとしても、多少の犠牲がでてしまう。
なんとも甘く優しい主様はそれを是とはしないだろう。
それでも彼らの一種現実場馴れというか……むしろ祭りのような雰囲気の原因を探り探り探り……こちらを見て片手を持ち上げる国主をみてあっと、察した。
犠牲を出さないためには、国に入れなければいい
もしくは誰もいないところで決着をつけさせればいい
そして
パキンッ
戦う力を奪ってしまえばいい
魔力がなければ竜のような立派な翼を持つものですら翔ぶことはできず、それどころかろかろくに動けもしない、只の大きい蜥蜴とかす。
どこか遠くから連続して響く重い地響きにその仮説が裏付けられて、彼女は自分もちょっと染まってきたのかしらと、紅茶を口に含む。
甘めに淹れてもらったミルクティーをゆっくり味わう余裕ができたエリザベートはそのまま彼らの仕事をにこやかに見続ける。
とりあえず、今日も世界は平和だった。
「そう、伸ばして……そしたらくるくるって。うん、そしたら小指で真ん中を潰して」
「こ、こうっ?」
「うん。ルーナ、上手上手」
「……♪」
「(あぁぁぁっ、可愛い。照れる姫様がなんとも可愛い、それを嬉しげに見詰める主様がまさに慈愛の化身……あぁ、お持ち帰りしたい……)」
「私はやっぱり空気ですか……うぅぅ……」




