Ex.魔の王2
彼女は生まれてこの方感じたことの無い感覚に身を委ね思考の波間を漂っていた。
これが穏やかというものなのだ、そうに違いないと朗らかな顔で彼女は思う。
それは何より、彼女自身をずっと苛め苦しめてきた強すぎる魔力からの解放を意味していて、嬉しさに一粒涙を溢した。
彼女が自我を持つようになったその時には、すでに広大な城の中に一人で、その得体も知れぬが身に沸き上がり内側から焦がすような感情を覚えていた。
飢えや渇きに似たそれは何かを摂取することで解決するそれらと異なりある行為を行うことで一応の解消がなされた。
それは、破壊。
自らの持ちうる力を以て何かを破壊する、その度に火照った体を湖に沈めるように胸の焦がれはすっと収まっていた。
しかし彼女は気づいていた、胸の焦がれは徐々に強まっていくこと。
もたらす破壊の規模が次第に大きくなっていって、そしてそれでも尚焦がれが収まらなくなってきたこと。
そして彼女がこの空間に放り込まれて13年、齢15になった年。
彼女を覆っていた周囲の空間や空気、その全てを衝動によって破壊し彼女は世界に生まれ堕ちた。
魔王として。
そして生まれ落ちてから5年。
生まれ堕ちた場所……魔王城で以前より早いスピードで衝動が高まっていくのを感じた彼女は耐えきれないと破壊衝動に身を任せる寸前に表れた美女の誘いにのった。
人の身にあまるでしょうその魔力を削げるわ、
だからついでおいでなさい。と。
命令ともとれるそれに困惑したが最後に諦めの顔で魔王は言った。
確かに貴女は私より強い、
けれど魔力を削ぐなんてそんなことできる訳ないことです。でも……
殺して頂けるならば、ついていきましょう。
その時の魔王の顔はほしくてほしくて仕方のなかったものを見つけた少女の様だったと、それを見た人ならばいうであろうが。
私にとってはあんなもの、ヒロイズムに陶酔したあまっちょろい幻想を抱く女の顔と変わらなかったわと一時的にユートを取られ拗ねに拗ねた美女は魔王の額に手を置くユートに事の顛末をそう言って語った。
「纏めまするに魔王とは、魔力の内包量が途徹もなく多いだけの只の人族であり、その破壊衝動は許容量を越えて尚荒ぶる魔力から来るものであると。」
「纏まっていませんよアレイスタさんー。姫様。魔王って魔力馬鹿ってことですよねー?」
「やや、粗雑だけれど馬鹿って言い回しがいいわね。100点。」
一行はルナの話す顛末を聞き終えるとまるでそんな程度かといわんばかりにそれを話のネタにお茶を始めた。
ユートが魔王の介抱をしているために動けず、ジャスミンが淹れているのがなんともいつもの様相と違って新鮮だが、これが普通であるとは誰も口にしないあたりきっちりユートに染まっているのがいなめない。
「そういえば姫様。何でこの魔王拉致ってきたんですか?やっちまえばよかったのに」
「私だって本意ではなかったけれど。勇者と魔王は半存在だからお互いの存在ってそれとなくわかるらしいのよ。もし殺しちゃったりすると「仲良くしなきゃだめだよ?」……ごめんなさい、ユート……」
仮定の話しであるのに途中からユートが発するジト目に耐えきれずに話すことをやめ、あまつさえ気まずげに謝ってしまう混沌姫。
あ、やべやぶ蛇。とお茶を濁そうとするジャッキーもきっちり目線による灸を据えられやらかしたと反省中。
そこに普段と変わった様子もなく皆平穏と過ごしている。
まあ第一、
鬼の王が執事の格好でお茶をしていたり、
神の代行とも呼ばれる蛇巫女が給仕をしていたり、
正体不明の魔法少女が自由にしてたり、
霊峰の元守護者だったものが半身ふっとばされたり、
この世の根元を司る姫が拗ねるような目で勇者をみている、
こんな所で
今さら魔王が加わったところで、なんたるものぞ、魔王といだけでは彼らにとって突飛であるどころか没個性。
そしてそれが故に、彼らの魔王を見る目に今まで彼女がさらされてきたような恐怖の色も媚びへつらう色もない。
あるのは精々また彼らの主がつれてきちゃったなーという飽きれと、デジャビュ。そこにいるもの全てが通った道。
他の者に恐れられ、他の者を退け、何それが当然であるかのように孤独を受け入れていた彼らに差し出されたその手。
その手をとった者だからこそ優しくなれる。
ユートの無償の慈悲を受け救われた、
そんな彼らの集まるこの部屋だから、
魔王が、いや。
「ほら、起きないとお茶なくなっちゃうよ?」
元魔王、エリザベートが目覚め、可笑しな面々に暖かく迎い入れられるまで
「んぅ……?」
あと、少し。
「んっ……ん!?え、私の……私の魔力……あぁっ……」
「また気絶しましたー、貧弱ですよこの子ふふふー」
「魔力が無いことに改めて驚いたようですなあ」
「もういいです、放って起きましょう。」
「これだから冷血動物筆頭は、血も涙もないのぐはっあああ」
「部屋の壁スライムだらけにするのやめてくれないかなあ……」
「ユート、お茶ー」
「はーい」




