Ex.彼は神
勇者について。
それを知るものは多く、またそれを正しく知るものはあまりにも少ない。
一般に勇者とは、大衆に支持された絶対的英雄をいう。
その行動は常に清廉、そのあり方は常にいじらしく、それがもたらす功績は常に莫大。
勝ち、負けても打ち勝ち、決して悪しきに屈しない。
戦士の中の戦士、英雄の中の英雄、正の体現者。
それが勇者、勇ましく清く正しい聖なる者。
これは実は大衆に知られていない、裏であり真の意味でも的を射ている。
この世界では勇者とはつまり、魔の影響を受けないもの。
この世界の生きとし生けるもの全てが当たり前のように持って生まれ、当たり前のように摂取し、当たり前のように排出する、魔力。
その一切の存在を受け付けない、受け入れない、認めない者を勇者と呼ぶ。
これを始めに定義した者、つまり始めに勇者召喚を実現させた者は助手にこう言って語った。
彼ら……勇者は疑似神なのだ。
我々の上位世界より堕ちた彼らはその世界の理で生きている。
彼らは一種の世界なのだ、周囲の世界ごとこの世界に堕とされた者。
確かに彼らは元の世界では単なる人だったのだろう。
しかし我らの上位世界の人が我らの世界に堕ちればそれは神に等しい地位に君臨することとなる。
その神に近しい者が固有の世界を身に纏う、言いたいことがわかるか?
魔の無い世界、魔法の存在しえない世界、魔術も無い世界、そんな世界から来た彼らはそんな世界を身に纏っている。
魔力は彼の周囲には存在せず、魔法は彼の世界の理に干渉できずに消え去る。
魔の一切を消し去る、魔法がない世界の体現者。
魔法や魔術を駆使することはできないが、魔法や魔術に影響されることもない。
絶対的な対魔存在、それが勇者だ。
聖地、人がそう呼ぶものとはまた違う。
人が聖地と呼ぶものは総じて神の祝福を受けた魔力……聖力と呼ぶのだが……それに満たされた空間のことをいう。
そこでは魔力と聖力がお互いを侵食しようとするために魔力を使うものは外界からの補給ができない。
神の祝福を受け聖力を使うものは無尽蔵にその力を奮えるが、魔力が外界から補給できないため魔法を使う者にとってそこは禁断の地。
それゆえ聖地とよばれるがそんな食らい合うような様子さえ感じない。
完全なる無。
魔力という魔力全てが根絶した空間。
そこは、彼の世界。
彼の常識に反する物《魔力》を認めない彼の聖域。
突然の魔力の消失、空間どころか体内からもきれいさっぱり消えてしまったそれに戸惑いを禁じ得ない部屋内の一行の中で一番先に立ち直ったのはルナ。
この中では最も魔力に慣れ親しみ消失した体内魔力量が多かった彼女だが、この部屋の中で一番魔力消失を回数うけている事が大きかった。
魔力を失って呆然と固まる部屋の面子の中、唯一意思ある瞳でユートを見つめぷくっと頬を膨らませる。
まるで、子猫が獲物仕留める直前で根っこを捕まれ宙ぶらりんになっていじけている様だ。
……実際はもっと物騒なことになっていたのだけれど、可愛さの例えにはそれで問題ない。
ルナは守るために奮おうとした力を、その守護の対象に取り上げられ責めるように彼を見つめるが、そのいつもと変わらぬ優しい黒い瞳と顔を見てしまうと……本格的に拗ねたようだ、起こした半身をまた横たえて知らないとばかりに眼を伏せてしまった、しっかりと彼の服を掴みながら。
人はこれをふて寝と呼ぶ。
それを見て、やっと我に帰る他の面子。
魔力消失はユートの側近を自称する彼らにとってこれが初めての経験ではない、いくら何でもこの一切の魔力が消え失せた空間ではかの魔王はおろか混沌姫ですら無力であることはルナから伝え聞いたことで判明しているし前者については現に前魔王が倒されたことからみて明らかである。
つまり危険は無い、と判じた途端に皆毒気が抜かれた様に各々ソファーに着いて中断された茶の続きを始める。
なんともあっけらかんとした様子である。
まるで今さら此ごときで一々あーだこーだ言ってるようではこの部屋の面子としてやっていられないと言外に示しているよう。
そう、彼らにとって魔王がなんたるものぞ。
彼らには"そんなもの"主様と姫君の住まうここではほんの端役に過ぎないのだから。
しかしそんな周囲の流れに適応できずに未だ混乱の中にいる者もいる。
魔王である。
本来その意思によって混乱をもたらす者が混乱しているという、一見笑い者になりそうな事態だが彼女にとって今の状況は白昼夢も同義。
魔力の喪失、それは長年彼女が追い求め諦め失望し世界を呪ってまで叶えたかった夢。
そんな夢をあっけなく、まるでついでの様にしてのけられ彼女は、
「んぅっ……」
あっさりとその場で意識を失った。
「あ、気を失っちゃいました。」
「あれ?なんかやばかったかな。魔力ごっそりとったから……体に影響とか……?」
「あらあらー、主様が気にかけることないですよー。……どっかに棄てておきましょう」
「セス……?」
「ふふふー」
「命に別状はないようだな、こいつ生きてますよ主様」
「それでは放置でいいぞ、ジャッキー。……その前に手足の二三本折っておこうかの。」
「アレイスタ……?」
「ふぉっふぉっふぉ」
「こら、皆してユートをからかわないの。......やっぱりくびっておこうかしら」
「ルーナーー?」




