Ex.内憂
「聖皇国では聖王と名乗る女王が魔王打倒と勇者を討伐したその功績を以て国を統括しているのは最初の報告通りですが、吟遊詩人の護衛に入れた隠者の話ですと聖皇国で最近きな臭い動きが……っう」
蝋燭が魔力の余波を受けて燃え上がる、その炎の煌めきで数瞬だけ照らされた部屋の中、両手両膝をつきその体にのし掛かる魔力に耐える執事姿の青年と椅子に足を組んで優雅に座るメイドの姿が浮かび上がった。
「学習しないわねこの愚図ー、私に報告する時には簡潔にするようにいったじゃない。毎回毎回私の手を煩わせるなんて……替えなんていくらでもいるんですからねー?」
冷たい声とより膨大な魔力が這いつくばる彼を押し潰そうとするかのように圧をかけ続ける。
続きをと、荒い息をする彼が落ち着くまでも待たずに先を促す彼女の言うよう必死に得た情報を説明した。
曰く、世界情勢については聖皇国の力は未だ健在であること。
曰く、北の蛮族と呼ばれる海豹族を中心に起きている旧魔王派の波乱も続いていること。
曰く、エルフの呪術士が浚われているということ。
曰く、魔術に力を入れている東の国の国立博物館が何者かに襲撃されたこと。
それからも延々と続く報告、辛うじて火の灯る蝋燭に照らされた闇は暗くその夜の帳は絡み付くように重い、そして二人の声も闇に溶けて消えていく。
「国、外の情報にっ、ついては。」
「そ。なら行っていいわよ。ほら、しっし」
まるで犬を追い払うように手で追い出す真似をする、その目はしっとりと濡れて嗜虐に溢れていた。
目の前の少年は不意に軽くなる重圧に片膝をつき直し汗をだらだらと流しながら、それで、あのと口を開く。
女は足を組み替えるとつまらなそうな目で青年をみやる、嗜虐の色は消えあるのは冷たく感情の読めない暗い暗い瞳孔。
これ以上口を開けば危険であることも、この身がどうなるかわからないわけでもなかった。
しかし青年にとってここは退くことができない一線であり、これを逃せばどちらにせよ後はない。
危険を犯して得た情報によって危険を負うというのはなんとも滑稽だが、それだけのリスクを犯してでも得なければいけない、得たい報酬がここにあった。
それをすべて見通した上で青年は震えながら、頭をあげて、言った。
報酬を、と。
にっこりと笑う彼女は幼さを残しつつも実に綺麗で......。
愚図は愚図なりのいいお仕事でしたよー?と、やおら立ち上がった彼女は僅かな希望に無意識に笑顔になった彼の端正な顔を
手心無しの必殺の一撃で、
踏み潰した。
「……えーと、なにやってるのか聞いても?」
不穏な魔力を感じたユートがフラりと訪れた書庫の奥の奥。
普段訪れるものがいないそこでユートが見たのは数々の罵倒を吐くセスとその足にグリグリ踏みにじられと端正な顔立ちを恍惚に歪ませる青年執事だった。
「裏から国の主権を握るため画策する悪のメイドごっこですよー。主様も交わりますー?」
「セス様っ、セス様っあぁぁぁっ!」
ヒールがコメカミに刺さっているというのに歓声をあげる青年
彼は夏であろうとその山頂から冷たい氷の溶岩を吐くという霊峰のスライム族であるので、確かに物理攻撃は無効なのだろうが……
その危ない世界に若干ひいたユートは危なそうだから、やめとくねと言うと逃げるようにその場を立ち去った。
ユートが去った後も一頻りご褒美をもらった彼はあふんあふんと言いながらぴくぴく痙攣している。
きーもーいーでーすーと横っ腹を蹴り飛ばすセスにまた恍惚の表情を浮かばせると満足したのかゆっくりと身をただしながら立ち上がる。
切り替えの良さと能力だけは申し分ない彼……この悪癖さえなおればさぞ引く手数多であろうに。
彼は、未だ足底についたごみを見るように見つめられる甘い刺激に背筋を震わせ、そこで思い付いたかのように
あ、と。
「魔王が復活したとのことです。」
「先に言いなさいですよこの愚図愚図愚図ー!」
黄色い悲鳴が書庫から響いた。
「ユート?そんな深刻な顔をしてどうしたの?」
「いや……すごいの見ちゃったなって」
「?」




