Ex.SnowWhite
各国を巡る吟遊の旅に一端の区切りを付け、森の国に帰ってきたリリーは一族が国に残る者の元へ戻るのを見届け城に向かった。
しばらくぶりに見た国の様子は旅立ちの前に見られなかった、穏やかで活気とそこに住む者の笑顔に溢れていた。
いや、違う。私の見る目が変わったのだろうと彼女は思う。
長く厳しい旅のなかで多くの者に触れ多くの事を見た。それは世界の闇であり光であり、そのどちらでもないもの。
危ない目にもあったしどうして己等がそんな目に会わなければならないのだろうと何度も考えたが旅を続けるうちにそれが世界なのだと受け入れるようにもなった。
それは世界を拒絶していたかつてとは違う、その身を襲う世界の無情さをはね除けるのではなくそうゆうものもあると受け入れた上でその奥底を見る。
きっと主様はこれを見越して私達を旅に出したのだと彼女達は合点する。
今まで彼女達を襲う世界をもう一度見ろと、それは本当に汚いものだけだったかと。
自らが泥を被り恥辱にまみれ、世界の闇を見ることで初めて気付く物もある。
世界にくじけず世界を見続けたものが初めて見初めることができる美しきもの、そんな世界を知ってほしいと主様は旅に出したのだと。
会ったら先ずお礼を言いましょう、そう考えて城を訪れた彼女の出鼻をくじいたのはどたばたという物音と共に主様の執務室から聞こえる悲鳴と物音だった。
部屋で折り重なるように倒れていたセスとジャスミンはすでにそんな事実なかったかのように起き上がり久々にあったリリーを暖かく迎えてくれた。
でもダメよ…?私達は母子なのですから……。と口許を押さえて頬を朱に染めるセスに一々反応してかっかするジャスミンが懐かしい。
混沌姫と共にソファーに座り彼女らの劇を見ていたユートに時間をもらい、今までに伝え聞いた話を纏めたものを渡した後、気になっていたことを彼女は聞いた。
「劇、ですか?」
どうやらセスが母、ジャスミンが娘の役で劇の練習をしていたようだが慣れないロングドレスと演技に足元を狂わせたジャスミンがセスを押し倒してしまったようだった。
旅先で聞いた話のなかに、そういうものもあったのでまさかと思ったリリー。変な汚れ方をしてしまったと自分を恥じる。
が、ユートから台本を受け取り読み始めると、リリーはそんなこと吹っ飛ぶくらいにその物語に引き寄せられた。
雪白姫という名前のその姫の話は実に切なく、美しく、幸せな話だったのだ。
「教科書に乗せる話の一つなんだけど女の子の人気が高くてね。兎の人達の新しい仕事の一つにどうかなーって」
教科書はできていたが台本ができていない。
そこでこの白雪姫の大のファンであるジャスミンが暇そうにしていたセスを引っ張りユート監修の元に実際に演じながら台本を作っていた、という訳なのである。
「一応そっちで名を売ってるものとして、その配役はどうかと思いますよ……メイド長が目に見えて意地悪な継母って無理があると思います。メイド長ならもっとこう、うまく追い詰めるように……」
「あらあら、ずいぶん見ない間に、まあまあ」
もはや障気という域まで達するセスの放つどす黒い魔力にひぃっと悲鳴をあげる子兎。
例えしばらく会っていなかったと言えどそのヒエラルキーは絶対なのである。
その意見には確かに一理あると、ジャスミンは小さく頷いた。
「その人が正しく役に入り込めば自然と台詞や目指す舞台の印象も浮かんでくる、と思うんです。ですからやっぱり台本を作るなら演者は適役でないと……」
皆の視線が一点に集中する
部屋にいる皆から拝み倒されたルナは一度しかしないわよ?と立ち上がり厭きれ気にため息をつくと、体の前でたおやかに手を組み仮想舞台の中央に歩み出る。
一呼吸おいた彼女は少し顎を引き下を向く、
伏し目がちになったその眼に長い睫毛がかかりその感情をうかがう事ができなくなった、と。
「鏡よ鏡よ、鏡さん」
舞台は始まる。
「私に教えてくださいな」
先程のまでのけだるさなど全く感じさせない、それどころか感情すら垣間見ることができない、まるで彫像のように無機質な美しさの王女。
「鏡よ鏡。鏡さん」
彼女は雪のような真白な頬に上品にその手を添え、
「この世界で一番美しいのは……」
その切れ長で伏せがちの目を彼に流すと顔を少し傾け
誰かしら?
妖しくも無垢に微笑った。
ジャスミンもリリーも、セスで冴えも呼吸することを忘れる程に
魅入られていた。
ついと彼から背けられる視線と顔。
まさにかの女王、高貴さと儚さと芯の強さ、そしてその気紛れさ。
すべてを思うが儘に操ってしまうその美貌を受けて彼女らはすっかり魅入られてしまった。
だからこそ、ユートがソファーから立ち上がり背けた彼女の顔を優しく彼の方へ向けた時も何も行動できなかったのだが
「それは勿論、ルーナ《混沌姫》だよ。」
「ひぁっ」
今度こそ、正しく、世界が停止した。
にっこりといつものように目を細めて笑うユートと小さな悲鳴をあげて、放心してしまうルナ。
今にもとろけそうな目をした彼女は第三者が室内にいることを思い出すといそいそと彼から距離をとり、せわしげにドレスをはたいたり裾を気にしたりして心拍を落ち着けると、精々胸を張って偉そうに一言。
「だ、伊達に姫と呼ばれてないし、これくらいはねっ…………なによぉ」
「「はぁぁぁぁぁんっ」」
その日、ギャップ萌えというこの世界で存在しないはずの異世界の概念の存在が証明された。
その後周辺の国では新進気鋭の兎耳族の吟遊詩人の一団の新作、白雪姫という劇が一般に流行り、
また擬人化されたすけこましの鏡に心奪われた美しき姫の話が急激に奥さま層に広まったというがそれはまた別のはなし。
「というか、白雪姫読んでくれたんだね。ハッピーエンドは好きじゃないっていってたのに。」
「うぅうううぅぅぅっ」




