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IdeaLand  作者: 中川のたり
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導入

初作品です。

読み難い箇所等あると思いますが平にご容赦願います。

彼は前を向いていた。

野次と罵倒を投げ掛けられ、雨あられのように降ってくる石をその身に浴び、

至るところから流血しながらも口許には不敵な笑みを浮かべ、

猛然と、泰然と面を上げ一歩一歩進んでいた。


売国奴! 地獄に落ちろ! 王を、俺たちの王をよくも!


背信者! アベルを返せ! 悪魔!


息子を返せっ! 死ねぇ!


死をもって償え! 糞野郎がっ!


石と共に彼に浴びせられる言葉は容赦なく彼を傷つけ、打ちのめし、侵していく。

ある男が投げた赤子の拳ほどある石が彼の太ももを強くうち据える、

ゴギリと鈍い音が響くがそれすらもひどい喧騒に飲まれて消えた。

骨が折れた。

不意に体の支えを失った彼は受け身もとれずに地面に倒れ伏す、

後ろで腕を戒める極太の鎖がじゃらりとけたたましい音を立てて落ちる。

大きく骨が飛び出すほどに酷い骨折は黒い光に包まれた後、きれいに回復していた。


ひぃっ お前が死ねば良かったんだ!


悪魔め…… 魔王の加護か


人でもないな バケモノめ……!


痛みもすでに感じないのか、

本当なら四半刻とかからない道程を数倍もかけてゆっくりと民衆の悪意に曝され続けられれば、

常人であれば自我がとっくに崩壊しているだろう。

前を歩く役人に鎖を強く引かれ引きずられるようにして道を進む、

その間も彼を襲う石と言葉の応酬は止むことなく彼が処刑台の上に立たされるまで延々と投げつけられた。

処刑台はすりばち上の会場の一番下にある、

これはたとえその処刑の時であっても罪人が民衆より高い場所にいることは許されないという徹底した感情によるものだ。

ここにきて彼の頭部には白い布袋が被せられる、

王族や貴族など身分の高い者にその卑しい顔を見せられないということらしい。


民衆の喧騒が少し遠くに聞こえる、それが彼にとって少しばかりの救いでもあった。


石打ちにされ、怒号を浴びせられ、彼を見る目が憎しみに染まったとしても、彼が守った人々に違いはない。

覆面のなか、民衆を刺激し続けた狂気を讃えた笑みはすでになく、彼は悲しげな笑みを浮かべていた。

彼を傷つける民衆の中には見知った顔も幾つかあった。


(旅立つ前に世話になった武器屋のおっさん、

武骨で無愛想なおっさんは客商売が苦手だけど腕は確かで…

戦いなんて欠片もわからなかった俺に会う武器を選んでくれた。

奥さんは2階の宿屋の女将で、右も左もわからない俺に一般常識を教えてくれた。

俺が作る日本料理を美味しいといって食べてくれた。

八百屋のディジーは気前よく野菜をおまけしてくれたし、

防具やのお姉さんは最後まで防具を見繕ってくれてずっとお世話になった。

他にもたくさん、お世話になった人がいる。

門番の衛士とはよく話をしたしギルドの連中は大酒のみだけど下戸な俺に無理に飲ませることはせず、

でもいざのみだすとみんな止まらないでギルドマスターに雷を落とされた。

教会のシスターはよく加護をかけてもらったお礼にたまにモンスターの肉を持ち帰り孤寺院のみんなとバーベキューをしたりした、シスターとちょっと良い仲になりかけたのは秘密。

冒険者とも共闘したこともあるし背中を預けたこともある、

誇り高い騎士とは最後まで馬が合わなかったがそれでも心の中ではライバルとして刺激しあう仲だったはずだ。

皆大切な仲間だ。

異世界の人間である俺を受け入れて、

最後まで知らなかった人もいるけれど、

コミュニティーの外から来た俺を迎え入れてくれた大切な人たちだった。)


ある日突然この世界に召喚されて、魔王と戦えと言われた彼。

魔王を倒す力や意思など全くなかった、倒す気すらなかった。

それでも彼の王を倒す所まで到達したのは一概に守るべき仲間がいたからだった。


腐人同然で呼び出された彼の心の空洞を、3年かけて少しずつ埋め、育んでくれたのは紛れもないこの町の人々と旅の仲間たちだった。

そんな彼らの心残りになりたくない一心で最後に偽った仮面の表情。

光の差さない牢獄の扉を開ける前、しっかりと作り込んだ狂気の笑みは次の瞬間


本物の狂気に変わった。


扉が開け放たれ瞬間、彼の顔面を強打したのがそんな仲間の怒りの礫だったからだ。


彼が演技なんかする必要などなかった、魔王討伐により即位した王女の初の声明が彼らの心の根底に染み付いたのだろう。



荘厳なラッパの音と共に会場が一気に静まる、恐らくは彼女がこの場に現れたのだろう。

痛いほどの静寂の中、カツンカツンと階段をおりてくる音が会場に響く。

何者か、など視界を奪われてもわかる。

その圧倒的な存在感と忘れもしない魔力波動、そして旅の間ずっと共にいた彼女の温もりを。

わすれるはずもない。


一言も発さず彼の目前にたつ彼女、女王シェラフィード。


王女から女王となった彼女の最初の仕事が彼の断罪であるとは、国民はその察するにあまり気持ちに落涙する。

勇者召喚のその時から魔王を倒し世界を救ったとされるその時まで、彼女は彼を献身的に支え、そして、


ーーは裏切られた。


彼女の手が彼の頬に伸ばされる、処刑台に立たされ手どころか全身を拘束された彼はわずかも動くことが叶わない。

国民は思う、彼女は、我等が女王は情け深い人物であると。

心優しき女王はその裏切りにあっても、その最後の最期のときですらも、彼に対する慈悲を忘れてはいないと。

伸ばされたその手は彼の頬に触れる寸前で躊躇うように止まり、そして



「 」



一瞬だが、彼の体がこわばる。

しかしそれに気づいたものは誰一人としておらず民衆は皆己らの女王の慈悲深さに泣いていた。

防音の魔法がかかっている処刑台の上での会話などどこにも漏れず、溢れるような彼の嗚咽を聞くものは誰もいない。

そして


「ここに、勇者・・いえ、大罪人ユートの処刑を命じます」


死刑を命じる合図が降って下ろされた。



皇国歴2776年、当時の国王ヒルデルト8世陛下崩御。

国王殺し、謀反、背信的行為、邪教への干渉の罪により大罪人ユートの処刑が執行された。

処刑方法は皇国律に従い、手足腹部心臓喉に聖釘を打ち込み磔にした後、斬首、遺骸は細かく分けられ魔物の生息する深淵の洞の各地に遺棄するという最も過酷な物だった。

その後賢王シェラフィードは気丈にも確りとした統治を続け、国はかつてない繁栄を誇りその消滅の時まで永劫の安寧を得たと言う。


どこまでも無垢で優しく強かった彼の屍の上で。

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