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リリアル・ガーデン  作者: 沙φ亜竜
第2章 万能世界の落ちこぼれ
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-3-

 気づけば僕は庭にたたずんでいた。

 自ら広い豪邸に変えた家の、すぐ目の前だ。


「はぁ、はぁ、はぁ……。そうか、戻ってこようと思えば、いつでもワープして帰ることができるんだ……」


 乱れた呼吸を吐き出しながら、同時に分析の声も吐き出す。

 それ自体は、とても便利でありがたい機能だと言える。

 ただ、今の僕にはそれよりも気にしなければならない事柄があった。


 空を飛べなくなっていたことだ。


 さらに、モンスターを前にしても、戦いに挑めるような装備を出現させることができなくなっていた。

 これはいったい、どういうことなのだろう?

 剣や盾なんかについては、この庭にモンスターが出てくるとは思えないから、今は確認できないとしても……。


 僕は背中に生えた白い羽に視線を送る。

 肩甲骨辺りに意識を集中すれば、翼を羽ばたかせることはできる。

 だけど……風を捉えることができない。

 どんなに力強く羽を動かしても、大空へと飛び上がる気配がない。


 自由に空を飛べて、なんでも自由になる世界で、飛ぶことが出来なくなるなんて。


 そこまで考えて、恐ろしいことに気づく。

 空を飛べなくなっているのなら、なんでも自由になるという部分も同じなんじゃ……。


 僕は慌てて、庭に立っている木に、果物の実を生らせようとしてみる。

 庭を好き勝手に広げ、花を咲かせ、多くの木々を茂らせた、あのときはまったく苦もなく、思ったとおりに風景が変わっていった。

 にもかかわらず、今はどんなに気合いを入れて念じてみても、まったく景色が変わることはない。

 そよ風が冷や汗の伝う頬をかすめ、空しく過ぎ去っていくだけだった。


 いや、なにかの間違いかもしれない。

 僕は一縷の望みを込めてターゲットを変更、家の増改築や模様替えなんかも試してみた。


 結果は言うまでもなく、不発に終わる。

 三階建ての豪華な建物は、ただ静かにたたずむのみ。

 僕の心にのしかかってくるかのように、むしろまっすぐ倒れてきて僕を押し潰してしまうかのように、圧倒的な重圧感を与えてくる。


 町やフィールドに出かける前までは、三階にある寝室であんなにもリラックスした時間を過ごせていたのに。

 今の僕にとっては、ここはすでに安らげる場所ではなく、不安を膨らます場所でしかない。


「なにも……できなくなった……?」


 なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ!?


 新たな世界で新たな人生を送るために、このリリアル・ガーデンへと来た。

 自分のやりたいように、自由に暮らすことができる、そう聞いていたからこそ、ここまで来た。

 現実世界には二度と戻れなくなるというデメリットを天秤にかけた上で、僕はこの世界を選んだ。


 それなのに、なにもできなくなるなんて……。


 初めからなにもできなかったのなら、完全なる詐欺と断言できる。

 でも僕は、ほんの少し前までは確かに、自分の思いどおりに庭を構築し、家を増築し、モンスターと戦っていた。


 そうするとこれは、なんらかのトラブルがあった、と考えるべきだ。

 ロールプレイングゲームっぽい雰囲気が見受けられることからすると、いわゆるバグという状態になるだろうか。


 通常のオンラインゲームであれば、運営している会社があって、そこへバグ報告をすることで対処してもらえる。

 この世界の場合は、どうなるのだろう?


 ここに来る前、仮面の男は言っていた。僕は被験者で、行動を研究材料としてデータ収集すると。

 ということは、あの人か、もしくは関係者が状況を監視しているに違いない。

 だったら……。


「すみません、聞こえてますか!?

 僕、空を飛べなくなりました! 庭や家なんかを自由に変えたりする能力もなくなりました!

 これってバグですよね!? 対処してもらいたいのですが!」


 力いっぱいの大声で、空に向かって叫んでみた。

 返事は……ない。


 向こうから声をかけるような機能がないだけで、僕の声は届いているという可能性もないわけではない。

 とはいえ、それは楽観的すぎる考えだろう。


 被験者になっているといっても、二度と現実世界には戻れないのであれば、実験期間は僕の人生と同等。

 何年、何十年にも及ぶ、かなりの長丁場ということになる。

 とすれば、常時監視されているとは考えにくい。


 こちらからわざわざ声に出して言わなくても、異変があるなら気づいてもらえそうなものだけど。

 それでも、主張はしておいたほうがいい。

 僕は定期的に叫び声を響かせ、空の上にいるはずの誰かへと向かって訴え続けた。



 ☆☆☆☆☆



 日が落ちることのないこの世界。

 空腹を感じることもないから、腹時計も役に立たない。


 どれくらいの時間が経ったのかは、まったくわからないけど。

 僕がここに来てから、おそらく二~三日は経っているのではないだろうか。

 状況はなにも変わることなく、時間だけが流れた。


 叫んで状況を伝えるだけにとどまらず、僕は一心不乱に頑張っていた。

 再び飛べるように。

 再び庭や家を自由に創造できるように。


 学校の勉強でも、ここまで必死になったことなんて、なかったような気がする。

 そこまでやっても、能力が戻る気配はなかった。


 バグ報告に対する反応も一向にない。

 この感じからすると、声が届いていないと思ったほうがよさそうだ。

 もしくは、最初からそういうつもりで、僕をこの世界へと導いたのか……。


 どちらにしても、空が飛べなくなり、なにも自由に創造できなくなってしまった事実に変わりはない。

 もしかしたら、僕自身がダメダメだから、誰もが自由になるはずのこの世界でも、負の力が働いてこんなふうになってしまったのかもしれない。

 僕は結局、このリリアル・ガーデンでさえ、なんの取り得もないグズでゴミ同然の人間、無駄目人間でしかないのだ。


 マイナス思考全開で、気力も保てない。

 僕は塞ぎ込み、寝室へと閉じこもった。

 天蓋つきベッドに寝っ転がり、厳しい現実から身を守るように丸くなる。


 能力が失われたのなら、僕自身が願って広い豪邸として形作ったこの家も、すぐに崩れて消え去ってしまうのではないだろうか?

 そんな考えが頭をよぎり、眠り込もうとしてもまったく寝つけない。

 不安と自分の両膝を抱えた僕は、大きなベッドの中でただただ小さくなっていた。


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