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リリアル・ガーデン  作者: 沙φ亜竜
第2章 万能世界の落ちこぼれ
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-1-

 心地よい暖かさと明るさに包まれた場所に、僕はただひとり、ぽつんと立っていた。

 丈の短い草が一面に敷き詰められた庭と、木造で小ぢんまりとした小屋、そして何本かの木々。

 それ以外には、三百六十度すべてを覆い尽くす爽やかな大空くらいしか見当たらない。


 庭はさほど広くない。

 それどころか、自由に走り回れるほどの距離すら取れない。

 小綺麗な雰囲気ではあるものの、小屋だって充分なゆとりがあるとは言えないだろう。

 広大な地下空間が用意されているような感じでもないし。


「これが、なんでもできる自由な世界、リリアル・ガーデンなのか……?」


 青空をゆっくりと流れていく真っ白な雲が、とても穏やかな気持ちにさせてくれるのは確かだけど。

 僕に与えられたスペースがこれだけだとしたら、実に狭っ苦しく窮屈な場所に閉じ込められたとしか思えない。


 ふぁさり……。


「あっ」


 そこで気づく。自分の背中から、純白の羽が生えているということに。

 それはまさしく、天使の羽。大空を飛ぶための、自由の翼。

 肩甲骨辺りに意識を集中してみると、その羽を動かすことができた。


「うわっ!?」


 翼全体を軽く羽ばたかせてみただけなのに、瞬時に風を捉え、僕の体は空中へと浮き上がる。


「おお~~~っ!」


 思わず歓喜の声が漏れる。

 初めて空を飛んだ鳥のヒナも、こんな気持ちなのだろうか。


 ともかく、僕は広大な青空のもと、自由気ままに宙を舞う。

 なんとも不思議でなんとも爽快な感覚に、身も心もすべてを委ね、青と白のコントラストが眩しい空間を縦横無尽に泳ぎ回り続けた。

 庭の草木や小屋が、眼下に小さく映り込む。

 その他には、やっぱり空と雲しかない。本当に、これが世界のすべてなのだ。


 庭の端っこは唐突に切れているように見える。

 普通に歩いて庭の端まで行ったら、そこから奈落の底まで落っこちてしまいそうだ。

 一瞬、恐怖に襲われる。


 だけど考えてみたら、今の僕には羽がある。

 どんなに深くて暗い闇が地面の下に待ち構えていたとしても、落下して命を落としてしまうような危険性なんてない。


 僕は自由に飛べるんだ!


 心が軽くなった気がした。

 羽があるおかげで、実際に体も軽くなっているように感じられた。

 ……いや、体重自体が変わるはずはないか。


 どちらにしても、僕はもう、このリリアル・ガーデンの住人になったんだ。

 ここで自由に暮らしていけばいいんだ。


 空を飛ぶことにも飽きた僕は、庭に降り立ち、小屋の中へと足を踏み入れてみた。

 椅子とテーブル、ベッドくらいしか置かれてない、簡素な造りの小屋だった。


「贅沢に暮らせるとは言えないけど、自由に生活していく分には問題ないな」


 つぶやきながら、ベッドに身を横たえてみる。

 ふかふかと柔らかい。

 暖かい気候だから布団がなくても大丈夫だとは思うけど、清潔そうな真っ白い薄手の掛け布団も用意されているようだ。


「あれ? 睡眠は取らなくてもいいって、仮面の人が言っていたような……?」


 疑問が頭に浮かんだけど、生活空間に寝床があるのはごく自然なこと。

 そういったイメージとして、一応存在しているだけなのだろう。


 だいいち、寝なくても疲れたりはしないと言われていても、ゆったりと寝っ転がるのは普通に気持ちのいいものだ。

 自由に生活できる環境であったら、睡眠時間をたっぷり取りたいと考える人だっているに違いない。

 そのための設備、といったところか。


「これまで生きてきた世界とは感覚が全然違うみたいだけど、こんなにゆっくりできて、なにをするのも自由で。最高だな、ここは」


 そう考えながら、僕はベッドの上でしばらくぼーっとしていた。



 ☆☆☆☆☆



 僕はいつの間にか、眠ってしまっていたらしい。

 眠る必要はなくても、やっぱり眠ることはできるようだ。

 もっとも、ここには時計なんてないから、本当に眠っていたのか、実は一瞬だけ意識が遠のいていただけなのか、わかりはしないのだけど。


 窓から外を見上げると、空は相変わらず青かった。

 考えてみれば、太陽すら見当たらない。

 眠る必要のない世界。ということは、夜にもならないのかもしれない。


「自由……」


 ぽそっと、つぶやく。


 自由というのは、こういうことなのだろうか?


 なんだか……味気ない。

 すなわち、つまらないのだ。


「ここにはテレビもゲームも本もないみたいだし……」


 自由に好きなように生きていい世界なのに、与えられた空間はごくごく小さな場所だった。

 大空を飛び回れるとはいっても、なにか違うように思えてくる。


「人と関わらなくてもいいと言われてはいたけど、誰もいないっていうのは、それはそれで寂しいものだな」


 もとの世界には戻れない。

 承知の上で、僕はこの世界までやってきた。

 でも、こんな状態じゃ、全然楽しくなんてない。


 と、そこで思い出す。

 世界全体も、僕たちの意思で自由に構築できる、という話を。


 仮面の男から話を聞いている段階では、まだ混乱していて頭の中が整理できなかったため、完全にスルーしてしまっていたけど。

 世界全体を自由に構築できる、というのは、いったいどういうことだろう?


 眠ってしまった影響か若干ぼやけていた頭を、フル回転させて考えてみる。


 そうか! この庭!


 僕は小屋から飛び出した。


「こんなに狭くて簡素な庭でしかないけど、これってつまり、僕が自由に広くしていけるってことなんじゃないか?」


 そんな独り言をつぶやいた途端、僕の考えを肯定するかのように、庭に花が咲き始めた。


「おおっ!」


 さらに、木々も次々と生えていく。

 庭自体も、ついさっきまではすぐ近くに端っこがあって、その先はなにもない空間になっていたのに、今ではもう、東京ドーム何十個分……いや、もっとだろうか、信じられないくらいの広々とした敷地へと大変身を遂げていた。


「わわわっ!」


 想像以上の変貌ぶりに、度肝を抜かれる勢いではあったけど、とにかくこれはすごい!

 世界は僕の意のままになるのだ!


 楽しくなってきた僕は、広い庭の中に池を作ったり、木の枝からぶら下がるブランコを作ってみたりと、様々なことを試してみた。

 小屋にも手を加えた。

 豪華なシャンデリアや装飾品がまばゆくきらめき、部屋の数は数えきれないほど。

 現実世界では絶対に住めないような豪邸を、僕は手に入れたのだ。


 ただ、どうやらなんでも作り出せる、というわけではなさそうだった。

 例えば、先ほどもなくてつまらないと思った、テレビとかゲームとかを作ろうと考えたのだけど、出現してはくれなかった。

 本を出してみると、薄汚れた手書きの本は現れたものの、日本語でも英語でもなく、見たこともない文字で書かれていて、とうてい読めるものではなかった。


 この世界の中で存在できるものには、ある程度の制限が加えられているのだろう。

 あまり文明に毒されたような品物は手に入らない、といったところか。

 そのわりに、豪邸にはシャンデリアがあり、電気も普通に使えているみたいだから、どこまで制限されているかの線引きが不可解ではある。


 ま、そんなことを気にしていても仕方がない。

 長々と飛び回って、庭やら豪邸やらを作ったせいか、なんだか疲れてきた。

 眠らなくても疲れない、といった話を聞いていた気はするけど、どんなことでも体力を使わずに無制限にできるわけではないらしい。


 とりあえず、横になっておこうかな。

 僕は新たに出現させてあった豪華な天蓋つきベッドに身を滑り込ませると、柔らかい布団にすっぽりとくるまり、すぐに安らかな眠りの世界へと落ちていった。


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