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平日には毎日学校に行く。それは学生としての義務。
僕みたいに誰からも必要とされていないと考えているような人間でも、変わることなく課せられる日常という名の足かせ。
仕方なく、という気持ちを抱えながらも、僕は教室の自分の席に着くしかない。
味気ないと思いつつ、ほとんど聞き流すだけの授業を受ける。
そして休み時間、近くの席からこんな会話が聞こえてきた。
「そういやさ、あの噂知ってるか?」
「あの噂?」
「なんでも自由になるっていう、夢のような世界に入れるゲームの話だよ!」
「あ~、なんか俺の弟もそんな話をしてた気がするな」
「え~っと、なんて言ったかな、ん~、リ……リ……」
「リリカル?」
「ちょっと違ったような……。リリアル? だったかな」
「あっ、リリアル・ガーデンじゃないか?」
「それだ!」
僕自身はいつもどおり、席に座ってひとり寂しく、本を読んでいるだけだったのだけど。
すぐ近くだったからか、僕の耳はその会話をハッキリと捉えていた。
――リリアル・ガーデン?
聞いたこともない名前だった。
パソコンやゲーム機のゲームは、オンラインのものも含めて多くのタイトルを調べてあった。
オンラインゲームとなると他人との関わり合いも必要になるため、僕みたいな人間にはハードルが高く、試してみたことはない。
でも、どんなゲームがあるのか、実際に遊んでみたらどんな感じなのか、思い描いて想像するのは大好きだった。
そんなことをやっているなら、とりあえず基本無料のゲームでも試してみればいいようなものだけど、どうしても踏み出す勇気までは持てなかった。
オンラインにつながないゲームなら問題はないはずだけど、学生でバイトもしていない身では、なかなかパッケージ販売されているゲームは買えない。
同じ理由で、ゲーム機のゲームだって買えない。
パソコン本体に関しては、今どきインターネットくらい使えないとダメだからと、優心も僕も、ノートパソコンを買ってもらってある。
僕もたまに、無料のゲームなんかをダウンロードして遊んだりはしているけど……。
なんでも自由になる夢のような世界。
さっきのクラスメイトの会話で、一番心惹かれたのはその部分だった。
おそらくは、リアルなグラフィックなんかが売りとなっている、今どきの3D系ゲームなのではないかと考えられる。
興味はあった。
だけど、僕の使っているパソコンは、ネットやメールさえできればいい、という感覚で購入したもの。
かなりの低スペックだから、そんなゲームなんて、とうてい遊べるわけがないだろう。
そう考えながらも、僕はついつい耳をそばだてていた。
「ただ、よくわからないんだよな~」
「そうみたいだな。サイトはあるらしいけど、なんかいろいろと質問が繰り返されるだけだって話だし」
「なんだそりゃ? 怪しいサイトなんじゃないか? エサに釣られて訪問してきたら片っ端からウィルスに感染させるとか、不特定多数からの情報収集を目的としているとか……」
「確かに怖い気はするよな。それでも、なんでも自由になるってのは、ちょっと興味あるだろ?」
「だからこそ、怪しいんだって! あっ、でも弟の話だと、本当に望んでいる人にしか行けない世界だとか……」
「サイトで質問して、それで選別してるのか?」
「だけど質問なんて、いくらでも嘘を答えられるよな」
「指先から本心かどうかを感知してるとか?」
「そこまでの技術力なんてないだろ? それに、スマホじゃなくてパソコンからのアクセスだったら、マウス操作になるだろうし」
「知らないうちに、指先から思考を取得する秘密の技術が仕込まれてたりして?」
「もしそんなのがあったら、完全に犯罪だって!」
「あははは、それもそうだな!」
といったところで、休み時間の終了を告げるチャイムの音が鳴り響き、その会話も終わることになった。
途中からは微妙な内容に変わっていったものの、僕としては有用な情報を得ることができた。
リリアル・ガーデンという名前と、そのサイトがあるという情報だ。
どんなものかはよくわからなかったけど、ゲームと言っていたのだからきっと公式サイトがあるのだろう。
普通なら詳細な情報や画面写真なんかも載っているはずだ。
ただ、さっきの話を聞く限りでは、サイトには詳しい説明がなさそうにも思える。
どちらにしても、販売もしくは配信されているゲームなら、多くの人に知ってもらうための広告くらいはあるはずだ。
いや、逆に内容を秘密にして、それを売りとして知名度を上げる、といった方法を取っている可能性もないわけじゃないか……。
仮にそうだったとしても、ゲームであれば実際に遊んだ人のレビューや評価なんかは、個人のサイトなりブログなりに書かれているに違いない。
よし。家に帰ったら、ネットで調べてみよう。
そんな決意を固め、なんでも自由になるというリリアル・ガーデンの世界に思いを馳せながら、僕はつまらない授業時間を過ごすのだった。
☆☆☆☆☆
帰宅後、部屋にこもってネットで調べてみると、リリアル・ガーデンのサイト自体はすぐに見つかった。
なんの飾り気もない、ほとんど文字だけで構成された、今どきありえないくらいのシンプルなサイトだった。
その時点で充分に怪しいと言える。
さらには、他の情報を得ようとするも、公式と思われるシンプルなサイト以外はほとんどヒットしなかった。
これはいったい、どういうことなのだろうか?
噂になるくらいの知名度がありながら、まったくネット上に書かれていない。
やはり、なにか怪しげな目的を持って作られた、裏の世界が絡んだようなサイトなのだろうか?
恐怖心はあったものの、せっかくだからと思い、公式と思われるサイトへと戻り、『入り口』と書かれた部分をクリックしてみることにした。
画面が切り替わると、学校でクラスメイトが話していたように質問が表示された。
――あなたは今、幸せですか?
「なんだこりゃ?」
怪訝に感じながらも、
「幸せなわけないだろ」
と、『いいえ』をクリックする。
その後も、基本は『はい』か『いいえ』を選ぶような質問がいくつも繰り返された。
しかも、なにを問いたいのかわからない質問形式が多い。
占いかなにかのサイトってだけなのかもしれないけど、『宇宙人はいると思いますか?』だとか、そんなことを聞いてどうするんだと思うような質問の数々。
入力欄に文字で書き込むタイプも含めた質問を、すでに三十以上は答えただろうか。
さすがの僕でも、バカらしくなってきてはいた。
それでもどうにか答え続けていると、ようやくすべての質問が終わり、画面にこんな文字が表示された。
『ページ読み込み中』
しばらく待つ。
なんだか、やけに時間がかかっている。
サーバーとの通信で遅延でも起きているのだろうか?
「さてさて、どんな画面が出てくるのか」
期待と不安が入りまじった気持ちで待っていると、モニターに表示されたのは……。
『エラーが発生しました』
「おいっ!?」
思わず、ツッコミの声も出てしまうというものだ。
やっぱり、単なるイタズラ系のサイトとか、そういった類のものなのかな。
と、画面に他の文字が追加で表示されているのに気づく。
『翌日、同時刻に再度、当サイトに接続してください』
なぜ翌日なのか。それに、なぜ同時刻なのか。
サーバーに負荷がかかってエラーになったのなら、時間を置いてもう一度試してみてください、といった表記になるのが普通ではないだろうか?
不審に思いながらも、現在の時刻はしっかりと確認しておく。
「ま、どうせなにも起こらないだろうけど」
明日もまたエラー表示だったら、このサイトのことは忘れよう。
そう考えながら、僕はノートパソコンの電源を落とした。
☆☆☆☆☆
翌日、指示されていたとおりに再びサイトへアクセスしてみると、今度はすぐに先まで進むことができた。
昨日質問に答えたことはしっかりと記録されているようで、トップページの『入り口』をクリックすると、まず『昨日は失礼致しました』と表示された。
それから、本サイトの運営・管理以外の用途では使用しません、との旨が表示された上で、住所・氏名・年齢・性別の記入欄が現れた。
危険かもしれない、という思いはあったものの、僕は素直に入力して、決定ボタンを押す。
すると今度は、『リリアル・ガーデンの世界へと進みますか?』の文字と、『はい』、『いいえ』のボタンが出てきた。
僕は少々ためらいながらも、『はい』のボタンをクリックする。
次の瞬間、画面には一枚の地図が表示されていた。
「これって、この近辺の地図だよね?」
いったいなにを意味する地図なのか、まったく説明はない。
全体的に眺めてみると、モノクロの地図の中に一ヶ所だけ、赤い×印がついているのを発見する。
「この場所へ行け……ってことなのかな?」
当然ながら、答えはない。
とりあえず地図をプリントアウトしてみたところで、表示されていたページは自動的に閉じられた。
「勝手に閉じるなんて、不親切なサイトだな。説明もまったくなかったし……」
公式ページに再度アクセスし、なにか書かれていないか確認してみるも、完全に無駄足だった。
プリントアウトした地図を見つめながら、僕は首をかしげる。
この地図の場所に、なにがあるんだろう?
リリアル・ガーデンの世界が、ここにある?
とすると、コンピューターゲームってわけじゃなくて、なんらかのアトラクションとかなのかな?
だけど……。
地図を見る限りでは、赤い×印があるのは、住宅地の真っただ中。
入り組んだ路地の行き止まり部分のようだった。
アトラクションにしたって、こんな場所に存在してるってのはおかしいよね……。
いくら地図とにらめっこしたところで、答えが出るはずもない。
「うん……。今日はもう遅いし、明日にでも行ってみるか」
僕はそう決意を固めると、プリントアウトした地図を折りたたみ、通学カバンの中へと詰め込んだ。




