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ドラゴンとの死闘のあと、腰かけるのによさそうな岩を見つけた僕とカグヤさんは、そこで休憩を取ることにした。
戦う前までは強がっていたカグヤさんだけど、あれだけの激しいバトルで疲れきっていたのだろう、今度はあっさりと休憩を受け入れてくれた。
「カナメくん、ありがとね、ドラゴンの注意を引きつけてくれて。そのおかげで、勝つことができたわ」
あまりにも唐突な、素直な発言。
カグヤさんっぽくない、といった本音は飲み込んで、僕は答える。
「言われたとおりにしただけですし。結局、カグヤさんに守られているだけで、僕自身はダメダメです」
「そんなことないわ。できる範囲で頑張ったと思う」
大声を上げてドラゴンの注意をカグヤさんから逸らす。
僕にできる範囲がそれだけというのは、ちょっと悲しい気もするけど。
「いえ、そんな……。でも、ありがとうございます」
カグヤさんが素直になっているからか、僕のほうからも素直な言葉が飛び出していた。
「それにしても、やっぱり怪しいわね。あんなドラゴンに守られているなんて」
「そうですね。ボスクラスの敵がいきなり出てくるとは思いませんでした」
「これから出ますよ~とか、親切にも教えてくれるわけないと思うけど」
「いえ、ゲームだったらボス戦が近いとか、そういった雰囲気って、背景や音楽なんかから伝わってくるものなんですよ」
そう言いながら、現実世界で遊んだことのあるシリーズものの大作RPGを思い浮かべる。
この世界から戻れないとなると、あのシリーズの最新作も遊べないことになるのか……。
「あ~、なるほどね。ダンジョンの奥で大きな扉を開けたらラスボスが待ってるとか、そういうのかしら」
「そうそう、そんな感じです。カグヤさんも結構、ゲームで遊んだりしてたんですか?」
「ん~、まぁ、そうね。ハマると結構やっちゃうほうかも。ゲーム機やゲームソフトはたくさん持ってるわよ。お父さんが買い与えてくれたから。というか、お父さん自身の趣味みたいなものだけど」
「へ~、そうなんですか」
「これまでの歴代ゲーム機は、全部うちにあると思う。マイナーな機種も含めて、だいたい揃えてあるって、お父さんは言ってたわ。ゲームソフトはさすがにすべてとまでは行かないけど、それでもかなりの数があるわね。現行機のゲームだけのソフト部屋なんてのもあるし」
「えええっ!? それはすごいですね……」
もしかしてカグヤさんの家って、ものすごいお金持ちなんじゃないだろうか。
僕に対する仕打ちを考えると、お嬢様っぽいおしとやかな雰囲気なんて、微塵も感じられない気がするけど。
「現行機だけじゃなくて、歴代ゲーム機ってのにも、ちょっと興味があります。僕が生まれる前のゲームなんかもたくさんありそうですよね」
「そうね、あると思うわ。もし生きて現実世界に戻ることができたら、招待してもいいわよ?」
「えっ、ほんとですか!?」
「あ、そんなに嬉しいんだ。私は構わないわよ。もし本当に戻ることができたらね。ただ、戻ってから会う方法があるのかどうか、わからないけど」
「それもそうですね。この世界に来ている人たちって、全国各地から集まってきたはずですし」
サイトに接続したとき、住所の入力を促された。あれは一番近くの施設への地図を印刷させるためだと考えられる。
全国にどれくらいの研究施設が存在しているのかは知らないけど、簡単に会うことはできないだろう。
「ま、そういうことは戻れるようになってから改めて考えればいいわ。今は山頂を目指すのが先決よ!」
「はい」
しばらく腰を落ち着けて休んでいたことと、カグヤさんと会話していたことで、随分と疲れも和らいだような気がする。
それほど長く休んでいたわけでもないのに……。
独りきりじゃなく、誰かと一緒にいるというのは、それだけで精神的な安らぎにつながるものなのだろう。
僕はあまり経験したことのない感覚だけど、確かに中学時代までは、みんなでバカ騒ぎしているだけで時間なんてあっという間に過ぎ去っていたっけ。
「さて……と。それじゃあ、そろそろ出発するわよ」
「カグヤさん、もう平気なんですか?」
「あら? カナメくんがまだダメそうなら、もう少し……」
「そうじゃなくて、カグヤさん、足を怪我してましたよね? 休憩したくらいじゃ、よくならないんじゃないかと……」
「あ……カナメくん、私を心配してくれてるのね、ありがとう。でも大丈夫よ。この世界では怪我だって時間が経てば治るようになってるんだから。現実世界でもそうだけど、ここならもっと早い時間で治るわ」
「そうなんですか」
こんなやり取りを経て、僕たちは山頂への行軍を再開した。
やがて、周囲には木々が密集して生えてくるようになり、おどろおどろしい雰囲気が増してくる。
ふもとから見上げたときには、山頂は厚い雲に覆われていたはずだ。
とはいえ、ここからではそれすらよくわからなかった。見上げても木々の枝葉しか視界に入ってこない。
鬱蒼とした森となっている斜面を歩いて登り続ける僕とカグヤさん。
周囲が薄暗くなるに従って、自然と会話も途切れ、山道を踏みしめる足音だけしか響かない時間が流れていった。
空気の重いそんな時間も、すぐに終わりを告げる。
僕たちの行く先に、なにやら明るい光が見えてきたからだ。
「山頂が近づいてきたようね。きっとなにかあるはずだから、気合いを入れ直しておいて」
カグヤさんの声が耳に届く。
ここまで来て、僕の心は弱気に支配されていた。
「気合いを入れたところで、僕にはどうしようもないですけど……」
「もう、しっかりしてよ! 気の持ちようで、状況が大きく変わったりすることだってあるんだから!」
カグヤさんがバシバシと僕の背中を叩く。
元気づけようとしてくれているのはわかった。
それでも、僕の気持ちが切り替わることはなかった。
山頂に到着した。
途端に、周囲を取り囲んでいた木々は消え失せ、七色に輝く空が頭上を覆い尽くす不思議な空間が広がった。
そしてそこには、僕たちを待ち構えていたかのように……いや、実際に待ち構えていたのだろう、背後にまばゆいばかりの光を背負った人影が悠然と立っていた。
人影……と言いきってしまっていいのかは、少々疑問が残る。なぜならそいつは、僕たちよりも遥かに大きかったからだ。
身長は五メートルほど。ドラゴンと比較すれば小さいことにはなる。
そうであっても、その全身から溢れ出す強烈な威圧感は、これがゲームだったらラスボスだと言わんばかりだった。
というか、状況的に考えても、ラスボスと表現してしまって構わないだろう。
なにをもってラストとなるのか、現状ではまったくわかってなどいないのだけど。
検索機能の説明から考えるに、こいつがこの蓬莱山に住まう仙人ということか。
「違うな。私は、神だ!」
こちらが呆然と立ち尽くしている前で、奴は――神と名乗った巨大な人影は、僕の思考を完全に読んだと思われる言葉を響かせる。
「守護ドラゴンを打ち倒し、よくぞここまでたどり着いた。それは褒めてやろう。だが、この私を倒さない限り、お前たちに未来は訪れない」
ラスボスらしく、戦闘前のごたくを並べ始める神。
そんなことより、僕には知りたいことがある。
「おい、お前! スバルはどうした!?」
「スバル……? ああ、このあいだ来た男のことか」
無視されるかと思ったけど、神は僕の質問に答えてくれた。
しかし続けられた言葉は、僕を絶望の淵へといざなう死刑宣告にも似た効果しかもたらさなかった。
「無事、『卒業』したぞ」
「卒業……スバルは死んだというのか!?」
「あの男はもう、ここにはいない。跡形もなく消え去った」
死んだという直接的な表現は使わなかったものの、神の答えはそれと同義であることを示していた。
がっくりとその場に倒れ込み、僕は地面に両手をつく。
「カナメくん! 気をしっかり持って!」
カグヤさんの声は耳には届いていたけど、心の中にまでは届かない。
そんな僕たちの前で、神は戦闘開始を宣言した。
「さあ、お喋りの時間はここまでだ。ふたりとも、剣を構えてかかってこい!」




