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リリアル・ガーデン  作者: 沙φ亜竜
第5章 蓬莱山
20/26

-3-

 目的地である蓬莱山へと到着した僕たち。

 山頂には雲がかかり、なにやら神々しく光っている。

 あそこが目指す場所なのは明らかだ。


 検索機能では、仙人の住まう山、と解説されていた。

 それが正しいのだとすれば、頂上では仙人が待ち構えているのだろう。

 もしかしたら、スバルもまだいるかもしれない。

 僕のテンションはいやが上にも高まっていた。


「それじゃあ、カグヤさん! 一気に頂上へ向けて飛びましょう!」

「また抱えるのね。仕方がないけど、なんかちょっと引っかかるわ。とくにカナメくんのニヤニヤしたいやらしい顔が」


 背中に受ける感触が気持ちいいから、という下心が顔に出てしまっていたようだ。


「なに言ってるんですか! ここは急ぐべき場面です!」


 せっかくなので引き下がらない。

 状況的に、カグヤさんだって頷いてくれるはずだ。


「うん、そうね。わかったわ」

「よっしゃあ!」

「なんでそんなに気合い入ってるんだか」

「もちろん、スバルがいるかもしれないっていう思いからですよ!」

「はぁ……。ま、いいわ。スバルくんを心配する気持ち自体は本物だろうし」


 若干呆れ気味の声を漏らしながらも、カグヤさんは僕を背後から抱きかかえ、純白の翼を羽ばたかせる。

 ああ、背中にしっかりと感じられるこの弾力と温もり……やっぱりすごくいい気持ちです、カグヤさん!

 でもカグヤさんは、すぐに羽ばたきを止めると僕から離れてしまった。


 うぐっ、本音がバレたか?

 もともとバレバレだったような気もするけど。


「あの、カグヤさん、そんなに怒らないで……」

「なに言ってるの? それよりこの山、飛行能力が封じられちゃうみたい」

「えっ? そうなんですか?」


 カグヤさんは飛べないことを悟って、離れただけだったのか。

 飛べないのに僕を抱きかかえたままじゃ、単なる抱擁でしかない。


「どうして私が怒ってると思ったかについては、言及しないことにしておくわ」

「あははは……」


 笑ってごまかす。ごまかす意味があるのかは、疑問ではあるけど。


「どうしてカナメくんって、こんなにエッチなのかしらね」


 カグヤさんはそんなつぶやきを漏らしているし。


「いえいえ、これくらい普通ですよ」

「現実世界だったらそうかもしれないけど……。この世界では、性欲が抑制されているのよ? 普通ならそんな考え自体、浮かばないはずなのに……」

「バグのせいなのでしょうか?」

「そうかもしれないわね。あるいは、性欲の抑制すら効かないほど、カナメくんが凄まじくエッチな人種なのか」

「そ……そんなことないですから!」


 必死に否定すると、くすっ、と小さく微笑みが返された。からかわれていただけなのだろう。

 カグヤさんは続けて、なにやら念じるような仕草をする。すぐに彼女の両手には、剣と盾が出現していた。


「ふむ、能力自体は使える。どうやら飛べなくなっただけみたいね」

「僕とは違うってことですね」

「そうね。とにかく、ここから先は徒歩で登っていくしかないわ。カナメくんの分の剣と盾も用意するから、いざとなったら自分で戦ってもらうわよ?」

「はい、わかりました」


 どうでもいいけど、僕のバグは結局直らないままなのだろうか?

 それ以前に、本当にバグなのかな?

 なんらかの意図で、僕だけ能力を失わせたということも、ありえなくはないのかもしれない。

 そんな意見を述べてみると、カグヤさんはそれを一閃のもとにぶった斬る。


「ありえるとしたら、カナメくんが特別な人間だった場合だけかしらね。現実世界で超有名人だったとか、凄まじい能力を発揮した経験なんかがあるなら、考えられなくもないけど。カナメくん、そんな生活だったの?」

「いえ、すみません、僕はただの学生です。しかも友達もいなくて引きこもり気味の、普通以下の存在でした」

「やっぱり、現実世界でもそんな感じだったのね」

「う……」


 思わず言わなくてもいいことまで喋ってしまった。

 カグヤさんは僕に失望しただろうか?

 表情から考えていることを読み取ったようで、カグヤさんはきっぱりと言ってのける。


「今さら気にしなくていいわよ。もとよりカナメくんに期待なんてしてないんだから」

「それはそれで悲しいですよ!」

「ふふっ、冗談よ」


 僕とカグヤさんは、喋りながらも山を登っていく。

 山道を自分の足で登る際、僕にはなくなっているものの、通常はシステム的なサポートがあると思われる。

 それでもカグヤさんは、かなりつらそうだった。


 当たり前だ。ついさっきまで、ずっと僕を抱えて空を飛び続け、口から魔法の火の玉を吐いて敵と戦っていたのだから。

 僕が急かしたというのもあったけど、空を飛べなくなっていたことで、すぐに山頂へと向かおうという意識が強くなったに違いない。

 飛べなくなったのは、カグヤさんのせいではないのに……。


 あの場面で僕は、少し休んでから行きましょう、と言うべきだったのだ。

 いや、今からでも遅くはない。休憩を提案しよう。


「カグヤさん、大丈夫ですか? 疲れているようなら、少し休憩を……」

「私は、平気だから。これくらい、大したこと、ないんだからね」


 言い返しながらも、声に勢いがまったくない。強がっているのは明白だった。

 だからといって、無理に休憩させようとしても、反発するだけだろう。


「きゃっ!」


 不意に、山道に足を取られたのか、カグヤさんがバランスを崩して倒れかけた。

 すかさず僕がしっかりと支える。これくらいしかできない自分がもどかしい。

 視線を落としてみると、カグヤさんの右足のくるぶし辺りが赤くなっていた。

 枝かなにかにでも引っかかって、切り傷を負ってしまったようだ。


「大丈夫ですか?」

「こんなの、なんともないわ。ほら、先に進むわよ」


 そう言って歩き続けようとするカグヤさんの足取りは少々覚束ない。

 見た目以上にひどい状態なのは間違いなさそうだ。


「僕が肩を貸しますから」

「……ふん、全然平気だけど、仕方がないから借りてあげるわ」


 どうしてそこまで強がる必要があるのやら、と思わなくもないけど、それがカグヤさんという人なんだな。

 無意識に笑みがこぼれていた。


「なに笑ってるのよ! ムカつく!」

「うわっ! ちょっと、やめてください、カグヤさん! 殴らないで!」


 味方のはずのカグヤさんが敵になりかけた、まさにそのとき。

 唐突に木々が途切れ、開けた場所が現れる。

 そして轟音を伴い、本当の敵が僕たちの目の前に降り立った。

 それは――。


「ドラゴン!?」


 そう、それは体長十メートル以上あろうかという巨大なモンスター、背中に大きな翼をたたえたドラゴンに他ならなかった。


「ボスクラスのモンスターよ! 気をつけて!」


 そう言われても、なにをどう気をつければいいのか。

 しかも、カグヤさんは足に怪我をしている状態なのだ。圧倒的不利は否めない。


「私は大丈夫だってば! ただ、カナメくんを守ってる余裕なんてないから、せいぜい死なないように逃げ回ってなさい!」


 冷たく言い放つと、カグヤさんは僕を突き飛ばし、そのままドラゴンへと突進する。

 あんな言い方をしてはいたけど、自らドラゴンの注意を引きつけ、僕が退避する時間を稼ごうとしてくれたのだ。


 ただ、カグヤさんの動きは鈍い。

 空を飛べないことだけでなく、足の怪我の影響が少なからず出てしまっているのだろう。

 だからといって、僕がドラゴンと対等に戦えるとはとうてい思えなかった。

 カグヤさんから剣と盾を渡してもらってはいても、能力を失っている僕にまともに戦えるだけの動きができるはずもない。


 ここはカグヤさんに頑張ってもらうしかないけど……怪我の状態が心配だ。

 女性に任せて、自分は逃げ回るだけなんて、情けないことこの上ない。

 でも仕方がない。実際、僕にはなにもできないのだから。


「ははは……。なんか、僕って結局、この世界に来る前となにも変わってないのかもしれないな」


 自虐的なつぶやきが漏れる。

 カグヤさんは必死に動き回り、ドラゴンに打撃を与えている。

 ドラゴンのブレスを紙一重でかわし、懸命に戦っている。


 僕は……ここで震えて見ているだけで、本当にいいのか……?


「いいわけない!」


 気合いを叫び声に込め、僕は飛び出そうとした。

 その瞬間、


「バカ! 無茶しなくていいから!」


 即座にカグヤさんが怒鳴りつけてきた。


「でも……」

「大丈夫だから! 私だけで勝てるから!」


 僕が役立たずなのは事実だけど、なぜそんなに強がるんだ!

 といった思いを、僕は口にすることができなかった。


 言葉にこそできなかったものの、表情から読み取ってくれたのだろう。

 いや、それだけカグヤさんも余裕がなかったのかもしれない。


「だけど、そうね……私がトドメの攻撃をする直前に、ドラゴンの注意を逸らしてくれると助かるかも……」


 僕に向けて、初めて弱音を含んだ言葉が吐き出される。


「わかりました!」


 ひと言だけ返す。

 カグヤさん、微力ながら僕があなたをサポートします!


 僕は静かに状況を見守った。

 カグヤさんは足を庇いながらではあるけど、着実にダメージを与え続けている。


 対するドラゴンだってバカじゃない。

 動きの鈍さを見越し、攻撃範囲の広い炎のブレスを主体として繰り出してくる。


 それを、カグヤさんは完全に見切って、ギリギリでかわす。ギリギリなのは、大きく避ける余裕まではないからだ。

 炎のブレスが肌をかすめれば、直撃しなかったとしても熱気によって苦痛を受ける。

 熱による苦痛は仕方がないと諦め、ドラゴンを仕留めることだけに集中しているのだ。


 そして、時は来た。


「さあ、ドラゴン! 最後の勝負よ!」


 獣のごとき咆哮を上げるだけのドラゴンが、はたして人間の言葉を理解しているかはわからないけど。

 そんなことは問題としていなかった。

 今のは僕に状況を伝えるための言葉だから。


 僕に課せられた、たったひとつの重要な役割。

 そのタイミングが今なのだ!


「ドラゴン! こっちにもいるぞ!」


 突然現れた新たなる敵に、ドラゴンは視線を泳がす。

 正確に言えば、ドラゴンは一度、僕の姿を確認している。

 だけど攻撃するような素振りもなく、やがては身を隠したことで危険な存在ではないと判断し、目の前でちまちま動き回る小うるさい人間――カグヤさんだけに意識を向けていたのだろう。


 ドラゴンが集中を乱したのは、ほんの一瞬でしかなかった。

 しかし、その一瞬で充分だった。


 カグヤさんは華麗に飛んだ。

 飛行能力が封じられている現在、それは飛翔ではなかった。

 それでも、カグヤさんの体はドラゴンの胴体の高さにまで到達。


 凄まじいジャンプ力!

 いや、それだけじゃない。

 炎のブレスによって温められた空気が上昇気流となる、その状況を読んでいたのだ!


 背中の羽を上手く使って、カグヤさんは大気の流れを捉えた。

 怪我をしていない左足を軸にしてのジャンプに風の力を重ね、ドラゴンの胴体のフシ状になっている隙間に狙いを定める。


「行け~~~~~~~~~っ!」


 そこから繰り出された一撃は、内臓にまで届いていたに違いない。

 耳をつんざくほどの断末魔の咆哮で周囲の木々を激しく揺らし、ドラゴンは巨体を斜面にどおっと横たえる。

 引き起こされた激しい地響きは、僕たちの勝利を告げるドラの音のようにも思えた。


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