-2-
蓬莱山へと向けて、空を飛んでいる僕とカグヤさん。
だけど、ただまっすぐ蓬莱山へと飛翔していけばいい、というわけではなかった。
蓬莱山への道中となるのはプレイヤーが創造したフィールドエリアだ。
町から近い辺りでは野生動物や弱いモンスターが地上をうろちょろしているだけだったけど、ある程度進むと空を飛ぶモンスターなんかも出てくるようになる。
僕は例外だとしても、この世界の人間は基本的に、誰もが自由に空を飛べる。
モンスターが空にも出てくるのは、ごくごく自然なことだと言えるだろう。
ともあれ、これは困った。
カグヤさんの両手は、僕の体を抱えるために塞がっている状態だからだ。
そんな中、モンスターは容赦なく僕たちのほうへと近づいてくる。
「まぁ、私が剣を振れない以上、どうするかは決まってるわよね」
そう言うと、カグヤさんは右手に細身の剣を出現させる。
そして――、
「はい。これを持って、戦って」
その剣を僕に手渡してきた。
「え……ええええええ~~~~~っ!?」
焦る僕。
だって、僕には戦える能力なんて、なにもなくなっているのだから。
剣や盾、鎧なんかを出現させることができないだけでなく、戦いに必要な動作も軽快にはこなせない。
普通の人の場合、システム側でサポートしてくれているってことなのだと思う。
ただ、僕にはそのサポートすらない。
スバルと一緒にいるとき、町で買った剣や盾を持って戦ったことはあったけど、スバルがいてくれなかったら、町の近くにいるザコモンスターにさえ簡単にやられてしまいそうなほどだった。
「なにを驚いてるのよ。私が戦えないんだから、当然でしょ? それともなに? ここでカナメくんを放り出して、戦いに専念しちゃってもいいって言うの?」
「そ……それは絶対に却下でお願いします」
「だったら、あなたが戦うしかないわ。ほら、しっかり剣を持って。軽めの剣だけど、切れ味はバツグンよ」
「はい、わかりました」
意を決し、剣を受け取る。
軽めと言っていたけど、それでも重く感じるのは、この世界の普通の住人は武器を持つ際にもシステムサポートを受けている、ということだろうか。
どちらにしても、重くて無理です、なんて弱音は吐けない。
「私が勢いをつけて敵に突っ込むから、カナメくんは剣を構えて、なるべくモンスターの弱点を狙って」
「弱点なんて、よくわからないですけど……でも、頑張ってみます」
「よろしい。行くわよ!」
「はいっ!」
僕とカグヤさんの文字どおり一体となった攻撃は、飛行モンスターに確実にダメージを与えていく。
まごまごしているうちに、敵の数も増えていた。どんどんと集まってきているようだ。
それだけにとどまらず、遠くの空に目を向けてみれば、大波のごとく押し寄せてくる飛行モンスターの軍団すら見える。
最初は僕の動きもぎこちなく、戦いは厳しかった。
しかもこの世界に限って言えば、戦闘はあくまでもエンターテインメントのはずなのに、今相手にしている飛行モンスターは強すぎて、楽しめるような余裕もない。
「ここまで強い敵が次々と出てくるなんて……。どうなってるんでしょうか?」
「私たちのことを本気で始末したいと考えてる、ってところかしら」
「本来配置されているモンスターじゃなくて、研究者たちが放った刺客、という感じなんですね」
「もっとも、確証はないけどね」
カグヤさんと話しながらも、僕は剣を構えてモンスターの弱点と思しき場所を狙う。
弱点なんて全然知らないけど、この辺りを斬ったり突き刺したりすれば大きなダメージを与えられそうだというのは、なんとなくイメージできた。
意外と戦える!
それが正直な僕の感想だった。
さらにはカグヤさん自身も、戦うすべを編み出したようだ。
僕の頭上を火の玉がかすめゆく。
「って、カグヤさん! 髪の毛が焦げちゃいますよ! もう少し、方向を考えてください!」
「うるさいわね! 仕方がないでしょ!? これでも必死に燃え移らないように気を遣ってるんだから!」
カグヤさんは両手が塞がっている。
それでも、魔法で火の玉を飛ばす方法を見つけ出し、実践していたのだ。
その方法というのが、火の玉を口から吐き出すという荒業で……。
背後から僕をがっしりと抱えて空を飛んでいるカグヤさんの顔は、僕の後頭部のすぐ上に位置している。
首を伸ばしたりかしげたりして、僕の髪の毛に被害が出ないようにしてくれてはいるみたいだけど、火の玉が吐き出されるたび、後頭部に凄まじい熱量が伝わってきていた。
「カナメくんのほうこそ、無駄に頭を動かさないで!」
無理難題が飛んでくる。
「こっちだって、狙いを定めて剣を振ってるんですよ!? 無茶言わないでください!」
「無茶でもなんでもいいから、私の邪魔をしないで! そうじゃないと、ほんとにハゲになっちゃうわよ!?」
「あっ、カグヤさん! わざと燃やしてハゲさせようなんて、考えてませんよね!?」
「えっ!? あ……当たり前でしょ!? ハゲにしてみたら結構可愛いかもなんて、そんなこと全然考えてなかったわよ!?」
「絶対嘘だ!」
なんだかんだと言い争いつつも、僕とカグヤさんは飛行モンスターを次から次へと撃退していった。
怒鳴り合いが激しくなればなるほど、僕たちは強くなっているような気がする。
これはこれで、いいコンビと言えるのかもしれない。
ふと気づけば、大波のように押し寄せてきたモンスター群は一掃され、周囲には綺麗な青空だけが広がっていた。
「ふぅ~~~~、どうにかなったわね!」
「そうですね。結構苦労しましたけど、楽しかったです」
「私もよ」
戦いを終えた爽快感からか、僕たちからは素直な思いが自然とこぼれ落ちていた。
チュリリリリ。
鳥のさえずりも、僕たちの勝利を祝ってくれているかのように聞こえた。
……って、チュリリリリ?
「どうやら、着いたみたいね」
カグヤさんの声が響く。
その途端、目の前の空間――青空が覆い尽くしていた空間に、見上げるほどの高い山が出現した。
ついさっきまで大空を飛んでいたはずなのに、僕とカグヤさんは今、地面に足を踏みしめている。
ワープした、ということか。
青々とした樹木が目にまぶしく、清々しい雰囲気を漂わせている。
空は七色に輝き、ここが特別な力に溢れた山なのだということを雄弁に物語っている。
それに加えて、チュリリリリという鳴き声の鳥がいるこの場所――。
「ここが蓬莱山なんですね」
「ええ、おそらく」
僕の言葉に、カグヤさんは力強く答えてくれた。




