僕にかかればこんなもんさ
―――完全に傷の癒えたターミネーターは、ジョーズとの最終決戦に向けて、ある廃屋で秘密の特訓を重ねていた―――
普通に観ていればかなり重要なシーンであり、手に汗握るような展開だが、
・・・んなターミネーターとジョーズの決戦なんて今はどうでもいいんだよ。僕はこの映画を後輩と一緒に観れることを楽しみに―――もったんとごまぞう君の二人で観て欲しかったのに・・・ 第一あいつが2:2で観ようなんて言わなければこんなことにはならなかったのに。と、後輩に全ての責任を擦り付ける。
「ちょっとごめん。立つね」
何やら前の方で物音がする。気になって目を澄ましてみると、もったんが席を立つのが見えた。仕掛けるならここ・・・か?
僕が迷っていると、後輩が目だけで『行け』と言っている。よっしゃ、いっちょ一肌脱ぐか。僕はもったんの後を追うようにスクリーンから飛び出る。もったんはスクリーンを出てすぐのところにしゃがんでいて、その顔色はあまり良くなさそうだ。
ふぅ・・・ 一度呼吸を整え、自然体を装いもったんに話しかける。
「あ、あれー。もったんじゃん。どうしたの?」
出だしでいきなり噛んでしまったが、相手が気にしている様子はなく、ホッとする。
「あっいえ・・・ ちょっと」
これはかなり深刻そうである。もったんの辛そうな感じが言葉の節々から伝わってくる。
「何かあったんなら相談乗るよ?」
ナチュラルを心がけ、柔らかな切り口で問いかける。って、俺の好感度上げてどうすんだ。この際そんなことは気にしない。
「私、あぁいうのダメなの・・・」
あっマジか。後輩からもったんはシュワルツェネッガーが好きだと聞きこの映画を選んだんだのだが、裏目に出たか。畜生。
「そう、なんだ・・・」
想定外の難癖に言葉が重くなる。
「シュワ様のことは好きなんだけど、シュワ様の肉体が傷つけられているのを見てると・・・」
相当辛いんだろう。事実、もったんは涙目になっており、今にも泣きだしそうだ。こういう時は・・・取り敢えず話しを合わせて相手の機嫌を取ることが最善か。それにしてもシュワ様って・・・ 込み上げてくるものを抑え、同調する。
「あ、分かるな。僕もシュワルツェネッガー好きだし」
もったんの機嫌を取るべく、なるべく持ち上げるように話しかける。
「かっこいいよね、筋肉ヤバいし! 半メカのシュワ様がジョーズの右頬を殴っちゃうところなんて、もうキャーって!!」
もったんの興奮っぷりが半端ない。余程シュワルツェネッガーに憧れているんだろう。さぁどうするべきか。ごまぞう君は実は隠れマッチョだとフォローするか? いや、本当にそうかは知らんけど! いざとなればごまぞう君に本物のマッチョになってもらうまでの話だ。
「どうしたの? すっごく変な顔してるけど。コンタクトでも落とした?」
いや、別に。と言いかけた手前、口を慌てて結ぶ。良い案が浮かんだ。
「い、いや、実はコンタクトがずれちゃって。はめ直しに来たんだけど、落としちゃったかな」
心の検閲を通った言葉を口から出し、嘯く。
「え、大変! 探さなくちゃ」
まんまと信じてくれはもったんは床に這いつくばり、落ちてもいないコンタクトを探す。
「あ、いいよ。それより、さ、もし良ければでいいんだけど・・・席、変わってくれないかな」
両手を合わせて拝む僕に、少し困ったような顔をする。
「え、じゃあ・・・それじゃあ私がごまぞう君の隣に・・・?」
言うもったんの顔徐々に紅くなる。
「お願い!あの席だと見えないけど、もったんの席ならいけると思うんだ!!」
必死に頼む僕をよそ目に、もったんは益々紅くなる。
「う、うん分かった・・・じゃあ私、行くね。・・・ごまぞう君の隣かぁ」
ほぼ独り言に近かった呟きを残して、もったんはスクリーンへとふらふら戻って行った。よっしゃ、と思わずガッツポーズが飛び出る。僕も行くか、と残り時間僅かとなった映画に戻る。
「上手くやったみたいですね」
元々座る筈だった席に着くと、後輩が快く迎えてくれた。
「まぁな。ふはは、あ、もったんのストローだ、わーい」
飲みかけのジュースに興奮していると、後輩は呆れたようにうなだれる。
「調子に乗らないで下さい。気持ち悪いですよ。でも・・・どうやったんですか?」
真剣な形相で後輩は信じられないであろう事実と睨めっこする。
「さぁな。僕にかかればざっとこんなもんさ。ココが違うんだよ」
こめかみ辺りをコツンと叩くと、ジュースを一気に吸い込む。
「むぅ・・・ 悔しいですけど今回は認めてあげます。それにしても先輩、飲み過ぎです」
口先を尖らせ、毒づく。
「どんだけ緊張したと思ってるんだ。残ってたジュースが少なすぎて寧ろ足りんわ。これ、貰っていいか?」
ポップコーンの頬張りつつ、後輩のコーラを指差す。
「勝手にどうぞ。いやーん、間接キスぅとか言ってほしいですか?」
「いや、遠慮する」
後輩の申し出を丁寧かつ迅速に断り、コーラを一気に飲み干す。途中ゲップが出そうになるが、僕も男だ。何とか堪えた。
映画が終わり、エンドロールがあっている最中にスクリーンを出た僕と後輩は、ごまぞう君たちが出てくるのを待つ。しばらく経ち、エンドロールも終わったのかぞろぞろと人が出てくる中、ごまぞう君たちは一番最後に出てきた。その空気はどんよりとしており、近くにいるだけで疲れてきそうな・・・
「どういうことですか。僕にかかればチョロいもんじゃなかったんですか?」
二人に聞こえないよう後輩が耳打ちしてくるが、その心配は要らないだろう。二人共心此処に在らずといった感じで、僕たちの会話を気にしている様子はない。
「僕に聞かれても分からんよ。何でお通夜なのか、こっちが聞きたい」
ピシャリと言い切ると、さすがに放心状態の二人が心配になり、声をかける。
「いやー、映画面白かったな。ラストとか盛り上がり方半端じゃなかったな!なぁ」
二人に言い聞かせるような形になった僕の問いかけはいったい誰の胸に届くのか・・・
「・・・ラストなんて」
「覚えてないわよ・・・」
なんとまぁ、息ぴったりだこと。二人で一つのセリフを完成させるという息の合うところを見せたが、それどころではない。
「あー・・・ すまん」
何で僕が謝るんだと腑に落ちないが、この状況で謝らないという方が無理な話だ。
「ねぇ聞いてよ!この人もったんのストローに興奮してたのよ!? どんだけだよね」
後輩も場を盛り上げようとするが、その努力空しく、場は凍りついたままだ。
「うわぁーん・・・」
いきなりどうしたかと思えば、もったんが急に泣き出し、遠くの方に走り去って行った。
「もったん!!」
ごまぞう君も後を追うように去っていく。
「えっ何、私のせい!?・・・ですか?」
後輩は気に触れたかのような形相で僕の肩を掴み、その目に溜まっている涙は今にも溢れだしそうだ。
「いや、違う・・・と思う」
フォローにもなっていないが、今のところはそんなことしか言えない。
そして今になって見つめ合っている態がこっ恥ずかしくなる。後輩も肩にかけていた手をそっとおろし、視線をそらす。何故かこの二人の間にも微妙な空気が漂っているのであった―――