後輩にしてはなかなか・・・
「四人で真ん中からちょっと後ろ目って空いてますか?」
映画『ジョーズ・ネーター』のチケットを買うべく、映画館のフロントに並ぶ。スタッフはパソコンの画面と座席表を吟味している。
「えーと、四名様でしたら並んで座れるのは最前列しかないんですけど・・・」
女性のスタッフは申し訳なさそうに説明する。
「あ、じゃあ2:2で分ければ大丈夫ですか?」
そう提案したのは今回僕たちがカップルにすべく頭を悩ませている二人の片割れであるごまぞう君であり、そのあだ名の由来は愛らしい見た目から来ている。
2:2になれば奥手な二人はどうせ隣には座らないだろう。僕とごまぞう君、後輩と片割れのもう片方であるもったんという風に分かれる絵が浮かぶ。それではせっかく映画に誘った、しかもわざわざジョーズ・ネーターというパニックシーン満載の映画を見る意味がなくなる。後輩相手にキャーと怖がっても、効果はまるでない。
「じゃあ最前列で!」
僕はほぼ食いつくかたちで決断する。
「え、でも首痛くなるし・・・」
ごまぞう君も頑なである。少しくらい察してくれてもいいのではないか。僕は君たちのために言ってあげているというのに・・・
「いいじゃない2:2!もったんもそれでいいでしょ!ね?」
すごい剣幕でまくしたてたのは後輩であり、その目は有無を言わせぬ形相だ。
「私はなんでも」
後輩に押されるかたちでもったんはごまぞう君側につく。
「えーっと、それでいいのか?」
後輩が何を考えているかは分からないが、3対1では分が悪すぎる。それに、そこまでギャアギャア言ってると却って不自然だ。ここが潮時だろう。
「良し、決まりですね」
ニヤリと笑う後輩に、何故か負けたように感じる。
「映画にはやっぱりコーラとポップコーンだよね。私買ってくる。先輩、ついて来て下さい」
何か含むような笑い方の後輩に何で俺が・・・と反発するがその笑いの意味に気付き、ホイホイとついて行く。
「じゃあ二人は先に入ってていいから」
俺はチケットを二枚渡す。二人おいて行かれることを悟ったごまぞう君が固まるが、それも已む無し。僕はその姿がおかしくて吹き出しそうになるが、後輩から行きますよ、と頬っぺたをつままれ何とか抑える。
「なるほど、後輩にしてはなかなかやるな」
二人の影が完全に見えなくなってから後輩に感心の旨を伝える。
「当然。先輩とは頭に入っているものの質が違いますから。それより先輩、抜かりはないでしょうね?」
後輩は、寄せずとも谷間が出来る程豊満な胸を張り、自分の頭をコツンと指で弾く。
「えっと、僕のはGの6で、後輩がGの5。端の方にはなるが、まぁいいだろう」
えぇ、と後輩も納得し、ちょうど順番が来た売店でポップコーンとジュースを買い、二人が待っているスクリーンへと足を向けた。
「あ、ちょっと」
もう少しでスクリーンに着くというところで、後輩が僕の袖を掴み、足を止める。
「何だ?」
「トイレ行きたいんで、これ持ってて下さい」
後輩は持っていたポップコーンを預け、トイレの方へ小走りする。それと入れ替わりのようにもったんがトイレから出てくる。
「あ、おう」
僕はそれとなしに手をあげ、もったんがいるところまで駆け寄る。
「映画、どんな感じ?」
売店でかなり時間を食い、もう既に映画は始まっている時間になっていた。
「あ、うん。それがね、ごまぞう君が席から立ちやすいようにって通路に近いG列に行けばいいって・・・ 優しい、よね」
僕としては映画の状況を問うたものだったが、もったんの惚気方は尋常ではなく、聞き直すのを躊躇う。これは・・・成功なのか、失敗なのか? そこに後輩が戻ってき、どうしたの?と状況を訊ねる。
「何か、ごまぞう君がもったんが便利だからってG列に座るように・・・」
そこまで言うと、後輩の顔が明らかに苦くなる。
「えっと、二人でG列に座りたいなら私戻るけど?」
その顔は不安げであり、つい守りたくなるように、儚い。
「いやっ、全然大丈夫! じゃあ僕はK席貰っちゃお。良い席貰えたなー」
わざとらしい程に喜ぶフリをし、もったんを何とか安心させる。
「ちょっと、何言ってるんですか」
後輩はもったんに聞こえない程度に耳打ちをする。今のを断れるわけないないだろ。
「んじゃあ僕、先に行ってるね」
僕は後輩の耳打ちを無視し、中へと入っていく。映画ではアーノルド・シュワルツェネッガー扮するT-800が目覚め、オープニング最大の盛り上がりを迎えていた。
「あっ彼氏さん、遅かったですね」
既に映画を観ていたごまぞう君がジュースを受け取り、再び見入る。
「どーも。でも何でもったんにG列譲ったの?」
僕たちの努力が無駄になり、つい突き放すような言い方になるが相手に悪気があるわけではないので、落ち着くよう自分に言い聞かせる。
「えーっと、そっちの方がいいかなぁって。もしかしてあっちの方が良かったですか?」
何故僕が半ギレなのか不思議そうに、探るような質問をされる。
「もったんと二人でK列の席に行くって選択肢はなかったの?」
なるべく優しく問い質すことを心がける。
「あぁ・・・なかったですねぇ。まぁ、もったんも隣が僕じゃあ、退屈だろうし・・・」
ごまぞう君の女々しい言動に、だんだんイライラが抑えきれなくなってくる。このまま会話を続ければ間違いなく僕が突っかかってしまうだろう。
「そっか・・・」
意図的に会話をとぎらせ、シリアスシーンに入った映画に一旦集中することにする―――