彼女のくせに、嫌なのか?
「・・・って何手ぇ繋いでんだよ!」
繋がれた左手を振りほどこうとするが、予想以上の力にその手はほどけない。逆に指を絡めてくる始末だ。
「だってぇ、もっちゃんたちには彼氏連れてくるって言っちゃいましたしぃ?私たちがラブラブしてたら二人にも伝染するかなって」
鼻にかかった甘ったるい口調は僕をイライラさせるだけだったが、何故か少し可愛いと思ってしまった。
最近、後輩に対する評価が変わってきたか?
「それにしたってカップルぶるのは駅の近くからでも構わんだろ。何も玄関出てすぐから手を繋がなくても・・・」
初めは意気込んで切りだした僕だったが、目に見えてしゅんとなる後輩に、すっかりしりすぼんでしまう。
「すまん、何でもない」
その一言で一気に萎んでいた表情は明るくなる。嵌められたか。そう思うも、時既に遅し。反論の余地なく、駅までカップル繋ぎのまま行くことを余儀なくされる。別に手を繋ぐことが嫌なわけではないが、この辺りは僕らが通っている大学からも近く、誰かに見られた時の口封じ及び弁解はいちいち面倒くさい。後輩は僕の学年からも人気があり、最も近しい存在として相談を受けたことは記憶に新しい。どう言い訳すべきか悩ましいところではあるが、それより今はすべきことがあるので、まずはそちらを優先する。
「そのもったんとごまぞう君、だったか? は、ちゃんと付き合うんだろうな」
今回の肝である二人の行く末を聞いてみる。
「それが不安だから先輩に助けを求めるんじゃないですか」
何とも脆そうな舟である。まぁ、一度乗った舟だ。何とかやってみるか。
待ち合わせ時間きっかりに駅へと着くと、各自好きなことが出来るように手を解く。少し遅れて二人は同じタイミングに現れた。もったんの方は普通の、――――訂正。 普通と一言でまとめるには少し美人過ぎる。ごまぞう君はというと・・・太っているわけではないが、つぶらな瞳と愛嬌のある顔はまんまポ○モンのゴマゾウである。後輩のあだ名の意味がようやく理解できる。
「ごめん、遅れた」
そう詫びを入れたのはごまぞう君で、その声は見た目とは裏腹に低く、渋い。
「この人が彼氏?かっこいいじゃん」
もったんは僕をまじまじと覗く。余程後輩の彼氏、という立場が珍しいようだ。
「はじめまして」
ニコリと微笑みかけると、もったんはキャアッと色めく。その反応にごまぞう君はムスッとふてくされたような顔になる。僕は込み上げる笑いを抑えつつ、二人共本当に奥手なのかと疑問に思う。この短い挨拶ではそんな素振りは窺えない。もったんに至っては男慣れしているような印象を受ける。
「二人共後輩とはいつからの付き合いなの?」
他愛もない会話を心がけ、双方に訊ねる。
「私は高校の頃からです。ご、ごまぞう君は・・・」
初めは流暢な喋り口だったが、ごまぞう君の名前を言うときだけは何故か表情がこわばる。そして後輩のあだ名がしっかりと浸透していることに少し驚く。
「お、俺は大学に入ってからです。共通の知人を通して」
もったんから名前を呼ばれたせいか、ごまぞう君も照れるように熱り、口ごもる。何て分かりやすい二人だろう。どんなに他人と話すことに慣れていようと、好きな人が交わると別なようだ。現代稀に見る純粋っ子二人である。ちょっとおちょくってみるか。
「そっか。じゃあ二人はどうやって出会ったの?」
その質問に二人共真っ赤になり、しどろもどろする。
「あんまり二人をからかわないで下さい」
後輩から肘打ちされ、
「じゃあ行こうか」
赤面している二人が正気に戻るのを待って、そろそろ映画が始まるから、と出発を催促する。
「じゃあ行きましょうか」
僕がいることで気を使ったのか、もったんが敬語で答える。
「あ、二人はタメ口で良いよ」
後輩の友達なんだし、とそう言うともったんは何て優しいんだろう、と目を輝かせごまぞう君は益々渋い顔になる。後輩はというと、苦笑いである。
「っていうか私はタメ口じゃダメなんですか?」
後輩は今の言葉の中に自分が入っていないことに気付き、嘆く。
あぁダメだ、と僕が言えば、
「彼女なのに・・・」
と設定に従った突っ込みが却って来たが、僕はそれをスルーし、後輩の手を握る。
「あっ・・・」
後輩は手をビクッと少し硬直させる。
「嫌なのか?彼女のくせに」
と僕が耳打ちすると、頭を横にバサバサと振る。その顔は真っ赤だ。こっちはこっちで面白いや。そんなのんきなことを考えつつ、グダグダとダブルデート?は幕を開いた。