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レジェンド  作者: KOUHEI
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(Legend) 決意するノヴィン


心の葛藤がノヴィンの表情を複雑にする。


恐らく古今東西、黄珀の谷から戻ってきた人間は初めてである。

辛苦をなめて戻ってきた勇者を目の前にしているのである。

膝の上に置いた指が震える。気を緩めたらわけのわからないことを口走りそうでノヴィンは怖い。

できるなら勇者の一番弟子に、もしくは勇者から信頼される最初の人間になりたいのである。

仲間と同じようにけったいな声も変な喜びの表現など勇者の前ではしたくない。

でも三十数年分の想いを口にしたい。


「もう一度尋ねたい。国はどこかね」


突然の驚きと喜びを内側に追いやり尋ねる。奥歯を噛み締めないと派から全身のタガが外れていく。


「我の国か。トルサリノ・ヴァネラ・ベラス」

面白い奴よとレツは目の前の大男を見る。

 最初出会ったときの殺気は消え、役人にでもしたいような実直さに全身が終われている。

ノヴィンは首を振った。

「知らないな」

頭の中の系譜にレツが言った国は見当たらない。


もっとノヴィンの知識を刺激してくれる、勇者に縁のある名前を言ってほしいと願っている。


「お前様に頼みがある」

背筋を伸ばして何の衒いも無くノヴィンは言った。

もうこんな場所で待つことをしなくともすむと気持ちは清清しい。


「私に出来ることか」

レツの答えにうなずくノヴィンの顔は穏やかである。

無理難題は吹っかけないとレツは聞く気になった。


「言うて見よ」と、レツの返事に、


夢の中で巻物の勇者に百回は懇願した言葉をノヴィンは口にした。


「あっしをお前様の従者にしてくれ。俺はこの歳になるまで主を持ちたいとは思わなかった。出来れば大国の王族やその一族路頭を(この世から)一掃したいと思ったこともある、嘘じゃない。ここは大国の王たちの最後の宿だきゃ。やつらは自分こそこの世の災いの種をきれいにする術を竜に聞くと言って出て行った。が、誰も帰ってこれなんだ。俺はここで勇敢な戦士も送り出し。幾度も見送った。こいつなら絶対間違いねぇと送り込んだ男も戻っては来なかった。で、最後の賭けに最も古い王国の正しき系統者を送り込もうと画策していたところだ。だがもう止めだ! やらねぇ! 俺はお前様について行く。ここにあるものは何も惜しくねぇ。全部ここに残してやる。頼む。俺をお前様の国に一緒に連れて帰ってくれ。俺は役に立つ。書物は読める。力は若造になんぞまだ負けないくらいある。羊の毛をむしって機織機にかけるくらいわけねぇ。その機織機だって作れる。俺を家来にしてくれ。頼む」


とつとつと語り最後は両手を突いて柱まで後ずさりし、レツの返事をノヴィンは待っている。


柱に尻がくっつき後ずさりが出来なくなっているというのに、

なおも、もじもじと尻が動いているノヴィンに、

「もう後には引けぬぞ」

と注意をする。


ノヴィンはレツの言葉を勘違いし、満面の笑みでレツを見る。

開けた口からよだれが垂れる。

感激して声が出ない。


「ちょっと待った!」

と二人の会話を垂れ布の影で聞いていたエイムが親方の横に同じように座り込む、


「冗談じゃないよ! 親方だけいい目見ようってたってそうはさせないよ! あたしだって目茶苦茶役に立つんだから。この場所を最初に見つけたのだってあたしだからね。連れて行って損は無いよ。お前様」

と勢い込んでエイムが名乗りを上げると


後ろからぞろぞろ親方とレツの話に聞き耳を立てていた連中が顔を輝かしてその横に並び両手をついてレツを見ている。

 

そのような意味で言ったのではない・・・との言葉をレツは飲み込む。

並んだ男衆も女達も皆真剣な目である。


ここで言葉の勘違いを指摘しても話は収まらないとレツは諦めた。

「我の国の王に仕えるというのか」


珍しい物好きの父王が喜ぶ顔が浮かぶ。ここに居るのは一癖も二癖もある面構えばかりだ。


「あんた様が仕えているのなら、それでもええ。ただし、あんたの下でわしは働きたい」

大男のノヴィンがすさまじい眼力で決意を表わす。


「無理難題を言うがそれでもいいのか?」

人を使うにこの目つきはなかなか良いとノヴィンを品定めする。


「え?どんなことでございますか」

エイムが用心深い目で尋ねる。


素直な問いかけにレツは嬉しくなる。

「そうだな、聞いておいたほうが良かろう。我の国は石工が足りぬ。技師もおらぬ。それらを調達できるか」

途中立ち寄った国々で目星はつけてある。彼らを雇うとなるとそれ相当の対価が必要になる。


レツの答えを一言も聞き漏らすまいと緊張していた皆の顔が一瞬呆けた。

強い目の光を半分に落としてノヴィンの顔がまじまじとレツの目の玉の奥を覗きこむ用に威厳をもって言う。


「あっしは、橋の設計技師でございます。元は石工をしていやした。あんた様が天に架ける橋を欲しいというのなら作ってやれまさぁ。このあっしに出来ないことはございやせん」

胸を大きくして息を吸い、間違いなくこれは俺の出番なのだとノヴィンは確信した。


頼もしく胸を張るノヴィンにレツは旅の道のりを思うとやんわりと釘を刺すことにした。

「私の国は遠い、途中で力尽きる者もいるやも知れぬ。それでも良いのか?」


ノヴィンをはじめ広間に居る顔ぶれは皆優雅な服装でとても長旅を乗り越えられそうに無い。


「怪物が居ても平気だぞ」の、声を上げたのはヤルブにぞっこんのハルである。

手の空いている者は皆広間の近くで聞き耳を立てている。


「そうか、見て驚くなよ。我の国の馬は怪物と、周りの国々から恐れられておる」

ハルの白い眼を眩しげに見る。おっとりして素直な良い子である。


「よおし! そうと決まったらここを引き上げる用意だ! 近々にはファガーや、ガソットが下界から来る。大事なものは持って行け。途中で調達できるものはおいておけ。身体は出来るだけ身軽にしろ」


腹を引き絞りノヴィンの声が四方に飛ぶと一斉に広間の皆の目が親方に集まった。実にとおりの良い声である。

 

厩を抜け出して前庭にこっそり来ていたヤルブにもその声は聞こえている。


「ちょっと待ってくれ・・」

座ったままレツは周囲が慌しく動き始めるのを止めにかかったが

堰が切れた水のように親方をはじめとする館の年寄りから子供にいたるまでせっせと旅仕度に取りかかり始めた。


 名前もろくに知らない国に長旅をしようと

動き回る館人達を止める手段は無いか残された広間で一人レツは考えたが、

国に住人が増えることは喜ばしいことで、館人等に邪まな考えがあれば途中の道で別れを切りだせばよいと楽観的な考えに落ち着いた。


どこかの大国の息のかかる訓練された軍勢ではないし。

結束のゆるい泥棒集団か邪教団ならば長旅で掻き消えるということもある。

 

ここは長い目で見て大勢の旅を楽しむことにしようとレツは心を決めた。

 考えをまとめるとヤルブが心配になった。

いつでも逃げ出せる準備を整えて待っているはずである。

 

広間から席を立とうと肩膝を立てたところへ一抱えの巻物を持ってノヴィンが現れた。

レツが座りなおすと嬉しそうに包んだ布を広げてクノシュ伝の写本を開く。


「道を読むもの、道を歩むもの、その道は険しい。凍りつくもの干からびる者、這い蹲る者に光は降る。辿り着く者、汝の名前は世界にひとつのもの。道は水にある。道は土にある、道は空にある。徴はそこにある」

「これは俺がずっと昔に手に入れて大事にしていた。お前様・・はレツ様と呼んでいいかね? レツ殿はこれと同じものを手になさったのかね」


レツは広げられた巻物をくるくると手際よく開いては読み

小山のようにあった巻物をレツが目を通して前から横にさっさと移動させる。

古い言葉を何度も読み返しては今風に書き直してある。

ノヴィンは見た目と違いなかなか繊細な作業のできる知識人である。


「そなた美しい字を書くな。読みやすい」と、レツは感想を述べる。


誰も踏みしめたことのない土地で大量の巻物に出会って驚いている。 

目をぱちくりさせたノヴィンの顔が照れて弛む。


「へぇー、なぜあっしが書いたと? いや、もう一巻、続きがあるんでやんすが。あまりにも傷みが激しくてずっと気になっていたのでやんす。全部読まれていたのでしたらこの続きを教えてくださいまし」

大きな身体を二つに折りノヴィンは目の前の主を羨望のまなざしで見ている。


「我の国に着いたときの楽しみしてはどうか? これほどの書家であれば調べたいことも山のようにおありだろう」


レツの言った意味がわからずぽかんとしていたノヴィンの顔が

破顔したかと思われるくらいに歪んだ。

「ありがとう存じ上げます!」


最後の巻物の読める部分だけ抜粋した走り書きをノヴィンは肌身離さず持っている。


真実の王がこの世に現れる・・と書き写した一文である。


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