(Legend) 屏風岩からの知らせ
いつもならぱっぱと決まる衣装も何度も出して引っ込める
を繰り返してひとつの行李が出来上がる。
一階の土間に持って行っては何気に良い知らせがこないだろうかと中庭を見ている。
中庭の奥には子供等の住居がある。
遊びがてらに黄珀の谷に行かせているが子供等は元気に午後の作業に取り掛かっている時間である。
のろのろと部屋に戻り次の行李の中に衣装を畳んで入れては屏風岩の方向に顔を向ける。
大きな国の王族との接触は、
慎重を要するから質素な身支度にも、クノシュ伝に由来する小物も厳選して用意する。
ぼろが出るのは小物からと今までの経験上、ノヴィンは身に染みてわかっている。
帯紐を数本出して巾着を並べる。巾着の柄の由来を考える内に
壁の敷物の絵の馬に目がとまり、またもや心はあの若者のことを考えている。
階下がばたばたと騒がしくなった。
梯子を上るきしむ音と一緒にエイムが顔を出した。
「親方! タワルから連絡が入ったよ」エイムの顔は無表情である。
タワルには何を命じていたか、そうだった黄珀の壁の変化だとノヴィンは思った。
雲が流れを変えたか、小僧等はあの若造の遺体を見つけたか。
エイムの表情からは良い知らせではないとノヴィンは察した。
誰も帰ってこない・・・戻ってなど来ない。
疲労感がノヴィンの肩に積もったが腹に力を入れて答えた。
リーダーは取り乱したりはしないもの。
「おうよ。で、なんてだい?」
ここで落ち込んでいたら後々皆に示しがつかない。
「何か、竜の道から飛んできたって!」扉の向こうでエイムが叫ぶ。
親方への知らせを早く終わらせて次の仕事の準備をと・・エイムは梯子の足を一歩一歩と下ろしていく。
「飛んできただと? 何がだ? 竜か? まさかな。岩か? わかった誰かの亡骸だろう? 風が変なものを運んできたんだろう」
想像できるのは風に煽られて吹き飛ばされている木片や干からびた死骸。
エイムが入ってこないのを不審に思いながらもノヴィンの心は黄珀の谷の事を考えている。
「そうだろうねぇ。また戻って行っちまったけどよ、一時間もすれば次の連絡が来るよ。暇が出来たら下りて来なよ」
そう言い捨ててエイムはノヴィンとの会話を打ち切った。
山のように出した引き出しと行李を片付けて風呂敷に小物を入れて結び、隅に投げやる。
目は壁の敷物の聖なる馬を見ている。
階下に下りて旅立ちの準備を見て回る。
急場こしらえのテントの中で行なう儀式は想像を絶する神秘的な装いにしなければならない。
威を凝らしたテントの中で発せられる言葉には魂が乗り移り信者をひれ伏させるのだ。
小一時間もしないのにパタパタと皮草履の音が中庭に響いた。
「ウッ」
足音は誰かが転ぶ音で途絶えた。
遊んでいた子供が逃げそこなって中庭でうなっている。
敷物の汚れを取るため手桶を持ったエイムが水替えに部屋を出て、中庭に差し掛かると
小僧が一人のどをかきむしりばたばたと転げまわっている。
エイムはふざけているのだと思い手桶の汚い水を小僧にぶっ掛けてやった。
「あらごめんよ。いいあんばいに捨てた水の先にあんたが居たんだねぇ」
この糞忙しいのにと意地悪でわざとかけている。
「あんがと・・これでしゃべれるよ。親方に言ってくれ。戻ってきたって・・戻ってきたって・・」
小僧はパクパク魚のように口をあけて顔に流れる水滴を舐めている。
「あら?タワルんところの長男じゃないか。次男の伝言は確かに受け取ったよ。なんか竜の道から飛んできたそうじゃないか。ちゃんと親方には伝えたよ。そうかい、そうかいタワルも戻ってくるんだね。早いとこあんたたちも仕度をしなよね」
からからと笑い転げてエイムは水汲みに出て行った。
「親方。親方は・・」真っ青な顔色でタワルの長男は親方を呼んだ。
出かける準備に忙しい男衆が八尺の巻物を担ぎ上げて正面の部屋から出てきた。
「おう! 親方かい。そこに居るぜ」
最後尾の男が長男に教えてやると長男はがくがくした膝を手で押さえ、教えられた部屋によろめきながら入っていった。
荷物をひとつひとつチェックしている親方の足元に転がって、見上げながら長男は言った。
「この間、旅立った汚い兄ちゃんが戻ってきた。戻ってきた」
親方の、ひいては皆の待っている関心ごとだと、
長男は思っているからこそ必死で走って降りてきている。
「何!まっこと真実かー 今はどの辺りだ!」
親方の驚いた声に満足して、長男は目を軽く閉じる。
力抜けした長男を軽々片手で持ち上げてもう一度問いただすが、長男は襟首を絞められて
返事はおろか呼吸もままならない。
無言の長男を床において裸足でノヴィンは外に飛び出た。