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レジェンド  作者: KOUHEI
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(Legend) 時を司る者

 若い声を掻き消すようにいくつもの声が飛び交う。


「わずかに残る、我等の心を汲み取れる者が居ると? そやつはうつけものじゃ。言葉を操り生き物を・・お前たちを操ろうとしておる。お前らの心は移ろう。ふわふわと、ふわふわと、捉え処が無い。それゆえにうつけものにつけ入られる。ヒャッヒャッ」


「茶番!茶番。道化者の戯れじゃ。ふぁ、ふぁ、はっはっはっはっ」

レツの眉間に深い皺が寄る。口はぐっと奥歯をかみ締めて、騒がしい声が静かになるのを待った。

 

どうもこの真実を司る者、定めを守り操る者・・等は、見下した物言いしか出来ないようである。


「我らは永く、そなた等と意志を交わしたいと思っていたが、到底無理だと判ったのは、遥か遥か昔のこと。ここにお前のような客が来ることは無い」


ため息をつくように若い声は答える。


「だが、私はここに居る。あなた方に、時を司る者に、会いに来たが、答えは得られない」


 無かった話をしに来たのではないとレツは思う。


「答えよう」


しぶしぶ若い声はレツの問いかけに耳を傾ける気になっ。

だがそれはくだらない質問だろうと、何の興味も無いようだとレツは感じた。


「我等の世界で知られる預言者や、占い師はそなたらの代弁者だと言われている。少なからず彼らはこれから先に起こる出来事を、そなた等から入れ知恵で言い当てる。馬鹿な統治者共は、占いに振り回され館を移し他人の領地にまで踏み込み、争いの火種を作る。民は豊かな土地を捨て荒れた土地を開墾し力尽き果てて死んでいる。預言者はなお酷い。あるものは賢き息子を、後々親殺しをするからといって赤子のうちに殺させ、良き伴侶を得るためといって家臣の妻を横取りする。かと思えば苦難を背負うのが統治者の務めと茨の服を着せてしまう愚か者も居る。つらつら言いあげていたらば限が無い。愚かな行いは全て予言や占いのせいだと言い切れない。私は若い、世の中を知らぬ。だがこれだけは解る。占いや予言で幸せになった者はおらぬ! 汝らの残した道標は、我を死地に赴くように故意に作られている。汝らの操る糸の手を緩めよ」


黒い石の重なり合った頭上に向かってレツは語りかける。

レツの声だけが伸び上がった石の間で掻き消えた。


若い声は今度は何も無い広がった空からレツの問いかけに応じる。


「われ等の道標を辿った者よ。そして辿り着いた者よ。遠い日にわれ等の道標を頼りに、か弱き乙女が辿り着いた。乙女は我々の徴を恐怖だと言った。お前も同じ事を言うか? 良いか! 我らは隣に居て隣には居ないもの。見えているに、見えないものだ。予言や占いは。われ等の意志とはまったく違う別物。感じることは出来てもそれは言葉には出来ない・・としたら。そなたらはそれをただ怖がり恐怖の面差しでしか見ようとしないのだ。我らを見よ! 目を見開いて。誰もが望めば其処に見える。運命の糸は生から死の一本だけ。後は勝手にのたうち蠢いて朽ち果てよ。生命の糸は太い。それを細く短くしているのはそなた等自身だ。時は恐ろしく永い、そして短い。道標を辿ってきた者よ。またそれを頼りに帰るが良い。予言や占いの中に、真実はほんの少し。それを見極めよ」


最後の言葉はレツの耳元で聞こえた。


横を見ても黒い石肌が荒く伸び上がっているのみ。


右側から聞こえていた声が、今度は天から雨のごとく降ってくる。


「われ等の意志は強固だ。だがそれを知る者は無い。我らが汝らに与えたものは恐怖ではない。生だ。そして死。死ぬのは恐怖か? いいや死んだ者の顔を見よ。誰も同じ表情で土に還る。恐怖は自らが作り膨れ上がらせる。我等はそのような手伝いはせぬ。寒さに耐えうる知識と豊穣の喜びと生きていることの幸せと垣間見る美しい花々。それ以外に汝らに何が必要か? 気を引き締めて見るが良い、占い師も預言を語る者も、我等の代弁者にはなれぬ。なぜなら、我らは充分に汝らに語って聞かせているからだ。今も汝の隣に居る」


空に昇る石柱の先を見上げたままトキナ姫は口を結んだ。

素早く動く物の怪はレツの目には見えないらしい。


声の降りてくる場所には、何の気配も無く黒い石だけが空に伸びている。


「トキナ・・・答えは得たか?」若い張りのある声が尋ねる。


「得た」


レツは黒い八角形の岩の隙間から覗いた、妙な赤い空を見上げる。

辺りは来たときと同じで、草一本無く小さな虫の羽音すらない。

騒がしい、ざわざわとした話し声の主達は消えている。


 見えぬ者は隣に居るのか、それとも最初からこの場所には何も無かったのか、

レツには判断つきかねたがレツが帰り支度をするのに邪魔をするものは居ない。


 背中の荷物を整理して背負い、腰のベルトに食料を挟み込み一個を口に入れる。

 しゅっしゅっと言う毛皮と石の擦れる音だけが唯一この世界で聞こえる音。

 

緩やかな石の林を登り詰めて平たい岩の一角に出ると、

何処からとも無く冷い風がレツの髪の毛を揺らして吹き去った。

 

背負った荷物から皮衣を出して身につけ、白い平原を目指して歩き始める。

空には夏の終わりを告げる雲が切れ切れに風に吹き飛ばされている。


踏み入れた白い平原に雪嵐が吹き荒れる前に

あの黄色の台地に戻らなければならない。夏が終わる。



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