(Legend) トキナ姫の旅立ち
リス(兵士)が見張り台の上にのぼりラッパを吹き鳴らすと
甲高い音が変な拍子で峡谷の隅々まで響き渡る。
朝食を終えた町の代表者や年寄りは朝の仕事を家族に任せて城への道を歩き始める。
リスのラッパが届かない尾根の裏側には
家長に命令された子供が犬の背にまたがり知らせに走る。
昼過ぎまでには話し合いに参加しなければならない。
峡谷のあちらこちらの町から三々五々と人々が塵除けのマントをひるがえし
城に渡る跳ね橋を目指している。
トキナ姫は御山の地図と国の地図とを大広間のテーブルに広げる。
「はてさて、一日で話し合いは終わるかのう」
駆り出された使用人が広間の入り口で
椅子とテーブルとが大広間にセッテイングされていのに驚いている。
「私等の仕事は・・」
大広間の真ん中にはトキナ姫が一人。
「うむ、上の部屋を寝所に使うかも知れぬ、用意を頼む。飯の支度もだ。あ、それからしお肉は出すなよ。話し合いのときは塩抜きに限る」
旨い塩肉は食が進み眠くなるし塩分で水分を大量に取り厠へ立つ人間が多く出る。
「へぇ、承知しました。そのように料理人には伝えておきます」
昼までには重いテーブルや椅子を運ぶつもりでやってきた使用人は手持ち無沙汰のまま帰っていった。
「これから二、三日は皆、頭に血がのぼるな」
広げた図面を指でなぞる。
壊れた土手のせいで川幅が広がっている。石橋は流れてきた雑木とごろ石。
供出させる資材の調達と作業をする人員の配置の変更はかなりもめるに間違いない。
御山の堤作りも関わってくると二日や三日では話し合いは終わらない。
しばらくトキナ姫は地図を見つめていたがつと顔を上げて窓から入った陽射しに目を向ける。
窓の外では昨日の大雨でラウール川が白い波頭見せ荒れ狂っている。
「では、私も用意をするか」
朝日が山の上に顔を出して谷全体を照らし始めると見慣れた木々、美しい果樹園が浮かび上がる。
気の早い人間はリスのラッパの音で家を飛び出したらしい。
小僧を一人従えてつづら折れの峠道を転がるように歩いている。
婚約者の絵姿を空き部屋に放り込み
片手でもてるだけの荷物を懐に縛り付けて足早に塔の階段を登る。
トキナ姫は今朝降りた方角の窓の垂れ布は開けず下流に向かう流れの中に飛び込んだ。
大した水しぶきも上げずに城の見張りにも気が付かれずに
ぐんぐんと速い流れに身を任せていると
地獄への入り口のように真っ黒な大穴がラウール川の全ての水量を飲み込んでいる。
ぷかぷか浮いてきたトキナ姫は近くの岩に手をかけてよじ登り
大穴の壁伝いに暗い穴の奥底へと下りていった。