英雄が倒れた夜
ドアが彼らの後ろで閉まった。
ヴァルドはまだ微笑んでいた。
彼は「ノー」という言葉を本当の意味で聞いたことがない男特有の、下品な自信に満ち溢れた様子で服を脱ぎ始めた。まずシャツが落ち、それからベルトをさらに緩めた。視線は目の前の女から決して離れなかった。
部屋は柔らかく温かい光に包まれていた。重厚なカーテン、巨大なベッド、テーブルの上のワイン、そして漂う香水。すべてが、彼が自ら作り出した幻想の一部のように見えた。
そして彼はそれを信じていた。
彼は再び近づいた。酒に酔っているだけでなく、欲しいものはすべて手に入れるという自分の習慣にも酔いしれていた。
彼の指は女の腕のラインをなぞり、腰へと滑り降り、大胆にも彼女の体の曲線に触れた。
「来てくれて本当に嬉しいよ」と彼は微笑みながら呟いた。「君のような女性は待たせるべきじゃない」
彼女は身を引かなかった。
彼女は相変わらず、不気味なほど落ち着いた表情で彼を見つめていた。
ヴァルドは、自分が状況を掌握していると思い込み、軽くテーブルの方へ向き直った。
「一杯注いでくれ」と彼は言った。「今夜は最高のスタートを切るべきだ」
しかし、彼はボトルに手を伸ばしもしなかった。
彼女が先に動いたのだ。
何の予兆もなかった。
緊張感も感じられなかった。
ただ、一撃。
乾いた、残忍な、完璧な計算された一撃。
彼女の脚が、ヴァルドの膝に横から容赦なく叩きつけられた。骨が耐えきれない角度で。
その音は恐ろしいものだった。
湿った、鋭い音。短く、決定的な音。
ヴァルドは甲高い叫び声を上げ、激しく横に倒れ、床に叩きつけられ、椅子を引きずり込んだ。ボトルは粉々に砕け散った。ワインは黒い血のようにカーペットに飛び散った。
「ああああ…!!」
彼は息を呑んだ。
彼女は本能的に自分の足を探った。
膝が変形していた。
骨は皮膚を突き破ってはいなかったが、関節は粉々に砕けていた。
ヴァルドは我を忘れて顔を上げ、信じられない思いと怒りで顔を歪めた。
「一体どういうことだ…?!」
女はもう微笑んでいなかった。
優しさは跡形もなく消え失せていた。
誘惑も、温かさも、遊び心も、何も残っていなかった。
ただ、容赦のない静寂だけがそこにあった。
彼女はベッドの傍らにしゃがみ込み、彼がそれまで気づかなかったものを拾い上げた。彼の剣だ。
紅の勇者の剣。
彼女はそれをしばらく手に取り、無関心な目で眺めた。そして、彼に向かって投げつけた。
剣は彼女の手の近くで金属音を立てて床に落ちた。
ヴァルドは混乱して瞬きをした。
彼女はついに口を開いた。
「起きなさい。」
声は低く、
冷たく、
虚ろだった。
ヴァルドは歯を食いしばった。額はすでに汗でびっしょりだった。脚には焼けるような激痛が走ったが、彼の目には別の何かが燃え上がっていた。
怒り。
「このクソ女め…」彼は吐き捨てるように言い放ち、剣に向かって這い寄った。「頭からつま先まで切り裂いてやる…」
彼女は侮辱にも反応しなかった。
彼女は服の襞に手を伸ばし、短く細い、黒い刃のナイフを二本取り出した。
彼女は芝居がかったポーズをとらなかった。
ナイフをくるくる回したりもしなかった。
見せびらかしたりもしなかった。
ただ、まるでその使い道を熟知しているかのように、ナイフを握っていた。
「戦いなさい」と彼女は言った。
ヴァルドは剣を握りしめ、地面に手をついて、無理やり立ち上がった。
折れた脚が震えた。
激痛で再び倒れそうになった。
その時、彼は能力を発動した。
赤みがかった光が、皮膚の下の燃えさしのように血管を駆け巡った。筋肉が緊張し、呼吸は荒く、獣のように激しくなった。
彼の得意技の一つ。
鎮痛。
傷を癒すわけではない。
骨を治すわけでもない。
肉を再生させるわけでもない。
ただ、苦痛の扉を一時的に閉ざすだけだ。
そして、彼のような怪物にはそれで十分だった。
ヴァルドは憎悪に満ちた笑みを浮かべた。
「それで十分だと思ったのか…」
女は無表情で彼を見つめていた。
もちろん、彼女は知っていた。
重傷が治るのにどれくらい時間がかかるか、彼女は知っていた。
彼が数分間なら痛みに耐えられることも知っていた。
そして、その効果が切れた時、蓄積されたダメージがすべて倍増して戻ってくることも知っていた。
だから彼はこうして始めたのだ。
「来なさい」と彼女は言った。
ヴァルドは咆哮を上げ、攻撃を仕掛けた。
彼の剣は凄まじい勢いで振り下ろされ、一撃で彼女を真っ二つにしようとした。
彼女はもうそこにいなかった。
彼は短く、滑らかな動きで横に身をかわした。その動きはあまりにも正確で、ほとんど動いていないように見えた。彼の鍔の下からナイフが現れ、彼が振り向きききる前に彼女の脇腹を切り裂いた。
ヴァルドはうめき声を上げた。
彼は痛みを感じなかった。
まだ。
彼は再び身を翻し、一撃、また一撃と斬りつけた。彼の剣は重く、強力で、普通の人間なら一撃で粉砕できるほどだった。
しかし、彼女の戦い方は違っていた。
無駄がなく。
怒りもなく。
プライドもなく。
一歩一歩が最小限の調整だった。
角度はすべて計算されていた。
受け流しはすべて次の斬撃への準備だった。
まるで技巧と実行力が融合したかのようだった。
自分が優れていることを証明しようと戦ったのではなく、
ただ仕事をやり遂げるために戦ったのだ。
ヴァルドは力ずくで彼女を押し潰そうとした。彼女は射程圏内に入り、剣の柄にナイフを突き刺し、体をひねりながら同時に肘で肩関節を叩いた。
カチッという音とともに
骨は乾いていた。
剣が彼女の手から落ちた。
ヴァルドはよろめきながら後ずさった。
彼女は彼に隙を与えなかった。
低い蹴り。
彼の無事な足首に直撃。
そして太ももにナイフ。
さらに肋骨への短い一撃。
またもや骨折。
ヴァルドは息を呑んだ。
痛みはまだ感じなかったが、彼の体は、その技量では隠しきれない何かを理解し始めていた。
彼はバラバラにされつつあるのだ。
彼は美しい女性と戦っていたのではない。
ただの暗殺者と戦っていたのでもない。
彼は、人間の体の弱点を知り尽くした相手と戦っていたのだ。
「ちくしょう…!」彼は咆哮し、ほとんど惰性で彼女に突進した。
彼女は彼の手首を掴み、腕をひねり、ベッド脇の柱に叩きつけた。彼が反応する間もなく、彼女の刃の一つが鎖骨の上の肉を切り裂いた。シーツに血が飛び散った。
ヴァルドは膝をついた。
呼吸が荒くなった。
効果はまだ残っていた。
しかし、時間は過ぎていく。
そして、彼はそれを知っていた。
痛みの抑制が切れたら、足が砕け散り、肩が折れ、肋骨が損傷し、筋肉が断裂し、傷口が開くのを感じるだろう。
再生能力ですべてをすぐに修復できるわけではないことも知っていた。
このままでは、死ぬ前に血まみれの塊になってしまうだろうことも知っていた。
その夜初めて、彼は怒りよりも強い感情を感じた。
恐怖。
彼はドアを見た。
距離を計算した。
もし廊下に出られたら、叫んだら、警備員に遭遇したら、職員に遭遇したら、何かあったら……
勝つ必要はなかった。
ただ逃げる必要があった。
ヴァルドは残されたわずかな力を振り絞り、勢いよく前へ進み、足を引きずりながらドアへと向かった。
彼女はすぐには追ってこなかった。
それが彼を困惑させた。
おそらく遅すぎたが、追う必要はなかったことに彼は気づいた。
ヴァルドはドアを勢いよく開けた。
そして、それは起こった。
短い刃が彼の腹部に突き刺さった。
それはすんなりと、
冷たく、
正確に、入り込んだ。
ヴァルドは凍りついた。
彼の目は大きく見開き、飛び出しそうになった。
彼は下を見た。
血が見えた。
柄が見えた。
そして、彼はゆっくりと頭を上げた。
目の前に立っていたのはセラフィーヌだった。
青ざめていた。
震えていた。
鼻には乾いた血がついていた。
彼女の視線には、恐怖、罪悪感、そして遅すぎた決意が入り混じっていた。
しかし、それは確かに彼女だった。
ヴァルドは信じられなかった。
彼はぎこちなく一歩後ずさり、傷の痛みよりも衝撃に打ちのめされていた。
「お前…」彼は声をつまらせながら呟いた。「一体…何をしているんだ…?」
彼の顔には、まるで子供のように信じられないという表情が浮かんでいた。
まるで世界が、ありえない法則を破ったかのように。
まるで自分が使っていたものが、決して自分に向けられるべきではないかのように。
セラフィーヌは何も答えなかった。
彼女の手はまだ武器を握りしめていた。
震えていた。
しかし、彼女は武器を離さなかった。
ヴァルドの背後から、主人公がゆっくりと近づいてきた。
片手に、彼女は首輪を持っていた。
奴隷の首輪だ。
彼女はそれをヴァルドの目に突きつけた。はっきりと見えるように。
彼に理解させるために。
恐怖を完全に植え付けるために。
そして、彼女はセラフィーヌを見た。
そして彼女は、決して変わることのない、あの耐え難いほどの静けさで言った。
「もう彼女は私のものよ。」
ヴァルドは胸に氷が走るのを感じた。
ネックレスのせいだけではない。
裏切りのせいだけではない。
初めて、自分が完全に理性を失ってしまったことを悟ったからだ。
沈黙を守っていたセラフィーヌ。
彼を耐え忍んできたセラフィーヌ。
いつも弱々しく、行動を起こせないように見えたセラフィーヌ…
今、彼を刺したのだ。
そしてもう一人の、真の脅威は、まだそこにいた。静かに、汗一つかかず、焦る様子もなく、指先に自らの運命を握っていた。
ヴァルドはぎこちなく後ずさりしたが、やがて足が崩れ落ちた。
彼は地面に倒れた。
衝撃で息が詰まった。
彼の技量が崩れ始めた。
そして、ついに痛みが戻ってきた。
折れた足。
肩。
肋骨。切り傷。
すべて。
すべてが一瞬にして。
息が詰まる。
すでに彼の目には恐怖が宿っていた。
それは、不確かな戦いに挑む戦士の恐怖ではなかった。
それは、自分を狩るために準備万端の者が来たことを、手遅れになってから悟った怪物の恐怖だった。
主人公は上から彼を見下ろしていた。
真剣な表情で。
静かに、しかし致命的な威圧感を漂わせて。
そして、紅の英雄ヴァルド・クロムは、ただの宴会として始まったはずの夜が…
自らの死刑宣告となることを悟った。
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