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異世界転生レクイエム  作者: 山下贋作
第1章 最後の戦いにして序章
8/50

転生者、黒淵深志――見知らぬ仮面②

「君が!本当の魔王だったのか!」

 黒淵は口元をわずかに歪める。笑みとは違う、感情の空洞がちらついた。

「いや。俺はただの転生者だ」

 指先が動いた瞬間、地面が不気味に震える。

 腐臭とともに無数のアンデッドが地を割って現れ、四方から勇者たちを包囲する。

 その体躯はただの骸とは異なり、魔力に強化された異形の兵隊。

 黒淵は雑談でも始めるかのような口調で、まるで退屈を紛らわせるかのように言った。「魔王は死んだ。お前たちが殺したんだ。人類の勝利だよ。それは間違いない」

 黒淵は淡々と告げながら、周囲に蠢くアンデッドへと瘴気を送り込んだ。

 その腐った兵たちの身体がさらに膨れ上がり、眼窩に不気味な紅が灯る。異常に強化されたアンデッドの兵士たちが一斉に襲い掛かった。

 だがアレスは一歩も退かない。

 雷神の力が剣に宿り、稲光のように奔る。次の瞬間――

「《バアル》!」

 雷鳴が裂け、雷光が奔り、アレスを中心に爆発的な衝撃波が広がった。

 無数のアンデッドが焼き払われ、炭のように崩れ落ちる。

 生まれた空間へ、アレスが疾風のごとく踏み込み、黒淵へと肉薄する。

 一閃――雷光を纏った剣が唸り、黒淵の胸元を狙って振り下ろされる。

 しかし、黒淵はそれをいなし、冷静に刃を受けた。

 金属音が弾け、黒淵は闇の靄のような魔力が逆巻かせる。

 そして黒淵はふいに一歩後退し――

 そのまま自身の身体を闇に溶かすように、姿を消した。

「逃がすか!」

 アレスがすぐさま追撃し、闇の渦へと踏み込む。

 しかしその瞬間、地面が歪み、周囲の影が膨張する。

 無数のアンデッドが闇の中から這い上がる。怨嗟の声を上げて、本能のままにアレスへと群がっていく。

「くそっ!」

 だが強化されているとはいっても所詮は骸の群れ。

 ヒースが二剣で切り裂き、アリシアが氷の魔法で足止めし、タリクの祈りによりアンデッドたちは次々に消滅していく。

 しかし――

 黒淵の姿がどこにも見当たらない。

 空間の奥を探る一行が、ふと気配に気づく。

 背後から――詠唱の声。

「――堕落のだらくのおり

 濃密な瘴気が瞬く間に広がり、空気の質が変わった。

 吐息が重くなり、膝に力が入らなくなる。

 アレスが膝を折り、そのまま崩れ落ちる。

 立ち上がろうとするも、手足が鉛のように重く――力が、入らない。

 仲間たちも次々に倒れこみ、呻く。

 そこへ畳みかけるように、黒淵の声が降りる。

「地に縛れ――影縫い《かげぬい》」

 勇者たちの影が、地面に釘付けされるように引き裂かれ、動きを封じ込められた。

 その空間に響くのは、微かな苦悶の吐息と、影を縫いつける闇の囁きだけだった。

「ぐっ……!」

 アレスが呻く。

 黒淵がゆっくりと彼らの方へ歩み寄る。

 言葉の調子は軽いが、その裏に滲む絶対者の冷ややかさが空間をさらに圧迫する。

「ようやく捕まえたよ。まったく――手こずらせてくれる」

 一拍置いて、皮肉を滲ませる。

「さすがは勇者。人類の最高戦力。……正直、二度と戦いたくないもんだ」

 その台詞とは裏腹に、この一連の戦いは終始黒淵のペース。それどころか余裕すら残っていた。

「グレイブさん……!」

 アリシアが声を絞り出す。拘束されたまま、潤んだ瞳で黒淵を見つめる。

「私は……あなたが悪いことをする人だとは思えません! どうしてこんなことを……!」

 黒淵が一度だけ目を閉じ、ふっと笑う。だがその笑みには熱がない。

「泣きそうな顔するなよ、アリシア。俺の方が泣きたくなる――結構、ショックだったよ。あの炎、危うく殺されるかと思った」

 冗談めかした声色に笑いが混じり、言葉でアリシアの心を抉る。

 笑いながらも凍った目で、黒淵は感情の起伏すら手放したように、平坦な声で続ける。

「勝手にやって、勝手に終わらせるさ。お前たちはいくらでも俺を恨んでいい。その権利くらいはある」

「……これからどうするつもりだ」

 アレスの問いに、黒淵はしばし宙を見つめ、答える。

「それを説明する意味もないんだが、そうだな。まあ、今となっては少し教えてもいいか」

 その口調はあくまでも軽く、まるで世間話の延長だった。

「周囲一帯の人々を皆殺しにして、この国そのものを滅ぼす。跡形もない荒野に変えた後、少しばかり感傷に浸って終わりだ。簡単だろう?」

「……‼」

 冷え切った空気がさらに凍る。

 だが黒淵は続ける。冷静に、静かに――それが決定した事実であるかのように。

「それ以上するつもりもないし、それ以下でもない。際限なく破壊と殺戮を行った歴代の一部転生者の所業に比べれば、多少はましだと思うんだがな」

 そして、自嘲を含んだ笑みが、口の端にわずかに滲んだ。

「――ってだからなんだって話か。それはそうだ。無駄なことを言った。我ながら半端者だよ、まったく」

 黒淵の言葉が空間に沈み込んだ瞬間、タリクの声が震えた。

「あなたは……なにも思わないのですか……?まるで他人事のように……おかしいでしょう……!国を滅ぼすことに、この国の人々の多くを死に追いやることに何の罪悪感も、痛みも感じないというのですか……?」

 その声には、怒りよりも哀しみが滲んでいた。痛切な糾弾に、しかし黒淵はあっさりと頷いた。

「思うな。だけど、仕方ない。この国が嫌いなんだ。どうしてもな。可能な限り、犠牲がでないように手を尽くすが――しかしまあ死んでもらう他ないだろうな。神のような全知全能でない俺の限界だ」

「……なぜ、そんな……!あなたは……!狂っている……!」

 タリクは、声を絞り出すように言った。

 だが黒淵は、肩をすくめて軽く笑った。その笑みには、開き直りでも、勝利の誇りでもない。ただ、壊れかけた人間が最後に残した、乾いた感情の残滓があった。

「ははは。確かに。一応言っておくと、まともな人間は転生者にならない。俺の経験則だ」

 感情が欠落した声色で、黒淵は言葉を続ける。

「大丈夫だ。お前たちはすぐに殺したりはしない。なんなら命乞い次第では助けてやってもいい。まあ、今は時間がないからただ少しだけ眠ってもらう必要はあるが――」

 その言葉が終わるか否かの瞬間――

 カッ、と空間がまばゆい光に満たされた。

 まるで夜を裂く稲妻のように、純白の奔流が黒淵を包み、黒淵は咄嗟に腕で視界を覆う。

 光が収まり、闇が戻った頃には――そこにいたはずの勇者たちの姿は、どこにもなかった。

 あたりは静まり返り、焼け焦げた空気が空間に残されている。

 黒淵は目を細め、肩をすくめるように息を吐いた。

「……精霊王イリス、か」

 遠くを眺めながら、苦笑めいたため息が漏れる。

「相変わらず隠れることと逃げることは得意なようだ――やれやれ。そう簡単にいかないか」

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