歓喜の凱旋、それは悪夢の始まり
勝利したアレスたちはグランナレフ城に戻ってきた。先に勝利の知らせを受けていた城下町は送り出した以上の熱狂に包まれており、町を挙げてのパレードが行われた。
重圧から解放されたかのように人々は喜び祝いを上げる。
凱旋する勇者たちの名を人々は叫び、そしてそのたびに喝采に包まれた。
「本当に俺たちは勝ったんだな」
アレスが呟くように言う。
その声には安堵も実感も混じっていたが、それ以上に、どこか信じられないような思いが漂っていた。
「ああ、勝ったんだ。これで魔物の脅威から解放される」
ヒースが静かに答える。声は普段通りの調子に抑えられていたが、どことなく感傷的な響きがあった。
「ところで……王からはどんな褒美をいただけるんでしょうかね。少なくとも一生分の金貨は期待していいと思うのですが」
タリクが冗談とも本気ともとれるようにそう言うと、隣のアリシアが笑いながら窘めた。
「もう、タリクさん!気持ちはわかりますけど、王の前では少し抑えてくださいね」
そんなやり取りの間にも、群衆の歓声は途切れることなく、花弁や紙吹雪が空を舞っていた。
ふと、アレスが目を横に向ける。
視線の先は――出発の時、グレイブが見送りに立っていた場所。
だが、そこに彼の姿はなかった。
「どうかしましたか?」
アリシアが首を傾げ、不思議そうな顔で問いかける。
アレスは一瞬言葉を探すように沈黙した後、小さく首を振った。
「いや……」
あまりに当然のようにいつもそこにいた人が、今日に限っていない。
それだけのことなのに、胸の奥でなにかが引っかかる。
「なんでもない」
そう微笑みながら返して、アレスは視線を元に戻した。
グランナレフ城の壮麗なる城門を、魔王を討ち果たした勇者たちが通る。
城兵たちが規律正しく列になって並び胸に手を当て、敬礼を送る。兵士たちの間を、アレスを先頭に通り抜け、やがて玉座の間に到着した。
扉が静かに開かれ、荘厳な赤絨毯の先に、グランナレフ城の王――ガランド王が控えていた。
だがその姿を見た瞬間、勇者たちの足が止まる。
そこにいたのは、彼らを送り出した誇り高い王の面影など微塵もない。
土気色に染まった顔。落ちくぼんだ瞳は焦点すら合わず、真っ白に抜けきった髪は、生の輝きをすっかり失っていた。
数週間前には確かにあった威厳と覇気は、今や風前の灯。壮年の姿は消え去り、そこに座るのは老いと病の化身のようだった。
魔王を討伐し、世界を救ったというのに、王の姿は救われた者のそれではない。まるで別人だった。
言葉に詰まりながらも、勇者たちは玉座の前に膝をつく。
城下町の祝祭とは打って変わり、冷たい沈黙だけが支配していた。
「……勇者アレス、そしてその仲間たちよ」
王の口から絞り出された声は、掠れていて、とても戦勝を迎えた者のものとは思えなかった。それが異様な雰囲気に包まれる玉座の間にさらなる違和感を刻みつける。
「こたびの魔王討伐、まことに、まことに……」
言葉の続きを飲み込むように、王は顔を両手で覆い、「ああっ……!」と呻く。
「なぜ、なぜだ……!私がなぜこんな目に……!いや、いやだ……!私は、私は……!」
表情が恐怖にねじれ、爪が皮膚を裂くほどに顔と喉をかきむしる。
その狂乱の最中、王はふいに手を伸ばし、硬直する勇者たちへとか細く言葉をこぼした。
「……助けて……」
その瞬間だった。
がくりと力を失って王の体が玉座に崩れ落ちる。
騒然とする中、「王よ!」と大臣や兵士たちが慌てて駆け寄る。アレスたちも異常事態に王の下へと駆け寄った。
すると王の体が不気味な痙攣をいきなり起こした。不自然に一部の肉が膨張し、血管が黒く染まる。皮膚が爛れ腐れ落ち、右目がぶらりと垂れ落ち、地面に湿った音を立てて転がる。
もはやそれは、王ではなかった。
尊厳を失った肉の器が、空に向かって唸り声を上げる。
ガランド王は――アンデッドと化していた。
女官が悲鳴を上げ、大臣が震える声で警戒を呼びかける。
兵士たちは混乱の中で武器を構えるが、誰に向ければよいのかさえわからない。
アレスたちは即座に意識を張り直し、いるはずの敵の存在を探る。
そして――その混乱の最中。
「ああ、どうもアレスさん」
まるで日常の挨拶のように、ぬるりと一つの声が現れる。
姿を隠す場所などないはずの空間に、ひとりの男がいつの間にか佇んでいた。
玉座の隣に、あまりにも自然に。影のような黒装束の男がひっそりと現れる。
悠然とした足取りで歩み寄るその男は、腐り落ちた王の座す玉座に手をかける。
「グレイブ……?」
アレスの声が空気を震わせる。
この異常な場にあってなお、力を抜ききったその振る舞いは異質すぎた。
その場にいる誰もが言葉を失い、思考を停止する中、グレイブだけが自由に動く。
アレスが唇を震わせながら問いかけた。
「まさか、君が・・・?」
「ええ」
世間話のような調子でグレイブは答える。
その声には重みも焦りもない。
「ガランド王には申し訳ないですが、アンデッドになってもらいました。少々この後用事が残っていましたのでね。手っ取り早い方法を取らせてもらいました」
「……なぜ?」
「なぜか……そうですね。なぜか、ですか……」
アレスの問いに、グレイブは考える素振りを見せながら顎に手を添える。
そしてすぐに、諦めたように笑った。
「あまり今のあなたにそれを答える意義を見出せませんね。残念ながら」
冗談めかした口調。笑っているのに、目は死んだように冷たい。アレスが知るはずのグレイブは、そこにはいなかった。
「ですが、まあそうですね。長い付き合いもあることですし、せめてあなたに納得しやすい理由を言いましょうか」
その瞬間、慇懃に貼り付けていた仮面が剥がれ落ちる。
「私が――いや、俺が――」
ゆっくりと髪を掻きあげ、その男は口元を歪めて言った。
「転生者だからだよ」
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