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異世界転生レクイエム  作者: 山下贋作
第4章 全てを懸けた最後の戦い
49/50

星へ還る転生者

 音が消え、景色が暗転する。

 世界そのものが遠ざかっていくような感覚の中で、アレスはゆっくりと眼を開いた。

見上げた先には、何もない――ただ、果てのない白だけが広がっていた。

「……」

 声すら出ない。

 ただ茫然と立ち尽くし、ようやく思い出す。ついさっきまで、グレイブと死闘を繰り広げていたことを。

 だがその記憶は、どこか鈍く、他人の物語のように遠かった。

「……アレス」

 聞きなれた声がふいに背後から届く。振り向くと、ヒースがいた。

「……よお」

 そう言って、ヒースはアレスの隣に並んだ。

 すると、どこからともなくタリクやアリシアも現れる。

 驚きよりも戸惑いが先に立つ。互いの胸に、言葉にできない奇妙な感覚が満ちていく。

 アリシアは問う。

「ここは……どこでしょう……?」

「わからない。気が付いたら……ここにいた……」

「真っ白ですね。驚くほどに」

 タリクが空を仰ぎながら呟く。

 ヒースが再び問う。

「どうなったんだろうな、俺たちは。知っているか、タリク?」

「私もその後すぐにやられてしまいました。アレスさんを癒したところで記憶は途切れています」

「いや、それだけやれりゃあ十分だろ、タリク。――じゃあ、アレス。教えてくれよ、結局勝ったのか?それとも負けたのか?」

 アレスは自分の手を見つめた。

 最後の瞬間、確かに手に残った重い衝撃――だが、その結果は思い出せない。

「……」

「勝ったんだよ、お前たちは」

 不意に傍らから声がした。

 アレスたちが視線を向けるといつの間にかそこにグレイブが立っていた。

 すっと伸びた背筋。皮肉とも微笑ともつかぬ表情を浮かべながら、穏やかな目でこちらを見ている。

 ついさっきまで死闘を繰り広げたはずだ。叫び、怒り、そして互いの全力をかけた戦いをした相手。だが、それは遠い事実のようで、それ以上の感覚を今はもたなかった。

 すべてを出し尽くしたがためか、怒りすらどこか遠くに感じた。

 それはアレスの仲間たちも同じだったようで、

「へえ」

 とヒースは軽い調子で言った。

「なんだよ、勝ったのか。俺たちは」

 たははと笑いながらそう言って「実感がわかないな」と呟く。

「私も、ちょっと変な気持ちです。……なんですかね、この感覚」

「さて……どうでしょうか。ただ、本人にそう言われるのも変な話ですよね」

 グレイブはその様子を見てふっと笑った。

「あれを見てくれ」

 その差す方向に視線を送る。

 指差す先で、低い崩落音が響いた。

 巨大な球状の魔法陣が、白の空間にゆっくりと姿を現す。それは半ば崩壊し、光の粒子をこぼしながら、まるで星が死ぬ瞬間のように静かに崩れていた。

「“異世界転生”が壊れていく。もうこの地で転生が行われることはないだろう。つまり――」

 どこか誇らしげな響きで言った。

「俺の望みは果たされた、ということだ」

「……それは……どういうことですか?」

 アリシアが息を呑む。

「そうだな。種明かしといこうか」

 そう言ったグレイブは淡々と説明を始めた。

「俺の放った滅亡のイグニス・インテリトゥス。あれには目的があった。お前たちの対処と――地脈の破壊だ」

 グレイブは続けて言う。

「“異世界転生”の摂理はこの地に流れる地脈と転生者に繋がれている。俺の魔法で極限まで高めた力によって大地は割れ、地脈そのものを打ち砕いた」

 グレイブは続けて言う。

「片一方の地脈が先に破壊されれば、残るは俺の身体だけ。その俺の身体はお前の転生者殺しの力を持った神剣バアルによって断ち切られた」

 そう言って、グレイブは壊れゆく“異世界転生”に視線を送って言った。

「その結果、今、術理の依り代を失った“異世界転生”は自壊しているということだ」

 その“異世界転生”は、白の空間に崩れた魔法陣の光を散らして消えていく。

 グレイブはわざとらしい大きなため息をついて見せた。

「といっても当初の予定とはだいぶ変わったんだがな。滅亡の焔の範囲を絞って、威力を高め切った上で俺もろともすべてを破壊する予定だったんだが――お前たちがあまりにも早く来るもんだから焦ったよ」

 皮肉めいた笑みを浮かべながらも、どこか満足げだった。

「だが、結果、よかった。お前たちに敗れるなら本望というものだ」

 アレスが問う。

「最初から――お前自身が死ぬつもりだったのか?」

「死なねば終わらない。それは前提だ」

 あっさりと言い、そして笑いかける。

「そう、泣きそうな顔をするな。崇高な自己犠牲ならともかく、俺のは全く違う。ただの我儘だ」

 グレイブは己の手を見つめる。

「その我儘で多くの人間を殺した。――時に憎悪のままに、時に冷酷に殺した。俺は許されざる大罪人だ」

 再びグレイブは笑いかける

「その大罪人を止めたお前たちは英雄だ。最悪の魔王の暴走を止め、アンデッドの脅威から人々を守った最高の勇者たちだ。だから――胸を張れ。お前たちは世界を救ったのだと」

 その言葉にアレスたちは悲しみをこらえるようにうつむいた。

 そんな中ヒースが呟く。

「ずるい……奴だ」

 グレイブが興味深そうに目を向ける。

「そうやって、誰にも言わず、勝手にうまいことをしたと言わんばかりに自己完結していく。今もそうだ。すべてが終わったあと、やり切った顔でそんなことを言われては何も言えんだろうが……!」

 拳を握りしめ、うつむいたまま続ける。

「だから、お前のことは……嫌いなんだ……!」

 グレイブは笑った。

「そのことについては何も言えないが――」

 そして穏やかに言う。

「俺はお前のことはいつもすごい男だと思っていた。誰よりも前で戦うお前のことを、ずっと見ていた――お前の背丈は確かに小さいが、仲間を守るお前の背中は誰よりも大きい。常に前を向いて、どんな敵でもその二刀で戦ってきた――俺にとってお前は世界一の剣士だ」

「……そういうところだ。くそったれが……」

 ヒースは顔を背け、小さく呟いた。

「アリシア」

 涙を浮かべる少女に、グレイブは優しく声をかける。

「さっきも言ったが、俺はお前を弱いと思ったことはない。誰よりも誠実で研鑽を積んできたお前は、今や最高峰の魔法使いだ。――魔法戦で俺に打ち勝った。それが何よりもの証拠だ」

「……そんなこと……!もっと他に……!」

 アリシアは悲痛な声を絞り出す。

「私は……!」

 そう言って、涙を拭い、震える声で言った。

「ありがとうございます……!」

 グレイブは驚いた顔をした。

「あなたの言葉に……何度も救われました……!――そのことだけは言わなきゃってずっと思っていました……!」

「……嬉しいことを言ってくれる」

 グレイブはしみじみと呟く。そして、小さく笑って言う。

「これからはお前の番だ」

 続けてグレイブは言った。

「もし、お前のような自分に自信のない奴がいれば、弟子にでもして、教えてやれ。――そう悪くはないはずだ。自分のいる位置も、よくわかるだろうしな」

 アリシアが再び泣きそうになりながらも気丈に「はい……!」と答える。

「この流れ。私に何かありますか?」

 微笑みながら問うタリクにグレイブは頬を歪めて答える。

「お前には取り立てて言うことはない」

 即答にタリクが笑いかける。しかし、グレイブは「が」と続けて言った。

「強いて言うなら博打はほどほどにな。お前のは博打とは言わん。刺激に飢えた者のつまらぬ気散じだ。勝つ気のない賭け事をするくらいなら、誰かとうまい飯でも食っていろ」

 タリクは愉快そうに肩を揺らした。

「これは辛辣。肝に命じましょう――と言いたいところですが、難しいですね。今更抜け出せる気はしませんから」

 その答えにグレイブは鼻で笑う。

「まあ、好きにしろ。人それぞれだからな」

 そうして、最後にアレスに目を向ける。

「アレス」

「……グレイブ」

 正面から向かいあう。互いの間にしばらくの沈黙が流れた後、アレスはゆっくりと口を開く。

「……何から話せばいいかな」

 アレスが空を見上げる。

「本当に……いろんなことがあった。短い時間の中、あまりにも多くのことが。何もかもが突然で、とてもショックで、そして後から多くのことを知った……」

 アレスは小さく笑う。

「正直、参ったよ。でも、一番の衝撃は……今までの君が、素の君とまったく違っていたことかもね」

 グレイブが鼻で笑って「悪かったな」と返す。

 アレスも笑い返し、

「一つだけ聞きたい」

 と、改めてアレスが問う。

「君はどうして俺たちを――ここまで気にかけてくれたんだ?」

 アレスは再び言葉を変えて問う。

「俺たちが駆け出しの冒険者だった時から、どうして君は――俺たちを助けてくれたんだ?」

 グレイブは遠くを見るように目を細める。

「――出会えたのは偶然だった。フォルトナの町でのなんてことはない魔物討伐。そこでお前たちと初めて会った」

 その口調は優しく、なつかしさに満ちていた。

「苦戦しながら勝利するお前たちを遠目に見た。――特段何も思いはしなかった。勝つこともあれば、負けることもある。当事者にとっては輝かしい冒険譚でも、俺からすればありふれた戦いの一つでしかなかった。ただ、どこか胸に引っかかるものがあった」

 グレイブは口元を緩め、空に息を吐く。

「それがわかるまで時間がかかった――だが、ある日気づいたんだ」

 そしてアレスを見て言う。

「希望だ」

 続ける声は静かで、温かかった。

「お前たちが助けた人々の笑顔――そこには他にはない希望があった。この絶望的な世界には救いがあるのだと信じる力が。まだ、これからもこの世界を精一杯生きていこうという活力が、湧き上がっているかのようだった。それはただ救われたから生まれるものじゃない。お前たちが誰かのために全力だったからこそ、それを見た人々の心を強く打ったんだ」

 グレイブは眩しそうに目を細めて言う。

「それに気づいたとき、俺の疑問は確信に変わった。本当にこの世界を救い、新しい時代を作るのは――お前たちのような人間なのだろうと」

 グレイブの優しくまっすぐな目がアレスを見つめる。

 気が付けば、アレスの頬を、自然と涙が伝う。ただ悲しさに満たされて、声を震わせて問う。

「君も――その時代を作ろうとは思わないのか……?」

「――ないな」

 グレイブは静かに笑う。

「俺はお前たちと違う。“異世界転生”のために人々を殺したのはもちろん、それまでも己の保身のため積み重なっていく犠牲を俺はずっと見殺しにしてきた。そんな人間だ」

 グレイブは笑みとともに答えた。

「それに、俺は手に入れたんだ。転生のシステムは排除され、お前たちが残った。世界の異物である俺は死ぬ。なら十分だろう。最悪の魔王の死としてはできすぎた死だ」

「……」

 沈黙するアレス。そのアレスにグレイブは問いを投げた。

「俺からも一つ聞かせてくれ。これからの世界、お前は何を望む?」

 アレスは顔を上げ、短く答えた。

「平和な世界を望む」

 そして、強く言い切る。

「君のような、彼女のような悲劇を二度と生まないように」

「――そうか」

 アレスの言葉を嚙みしめるように呟き、その後、

「それはいいな!」

 と、すべてを吹き飛ばすほどの晴れやかな声でグレイブは言った。

 やがて、グレイブの身体が色を失い始める。

 アレスたちは息を呑む。

 グレイブは自分の手を見つめ、「そろそろだな」と呟いた。

「さて」

 と言った後、グレイブはアレスたちに言った。

「これが終わったら、ネクロヤオルに行ってくれないか」

 戸惑うアレスたちにグレイブは続けて言った。

「グランナレフの人々はそこで眠っている。だが、じきに目を覚ますだろう。全員ではないが、少なくともこのあたりの人々は皆そこに移ってもらった。悪いが後を任せたい」

 アレスは驚き、そして顔を歪める。どこまでもその行動はグレイブらしくて、だからこそ胸が締め付けられる思いになって。

「グレイブ……!」

 アレスたちが言葉を発する前に、グレイブは高らかに言う。

「アレス、ヒース、アリシア、タリク」

 晴れやかな笑顔とともに、彼は心の底からの祝意を告げた。

「あなたたちの世界に幸があらんことを!」

 その言葉を最後に、白い世界が淡く消えていく。

 緩やかに現実に戻っていく。いつの間にか夕日は沈み、月が昇って満天の星空が世界を照らす。

アレスは静かに涙を流す。

 握る神剣がグレイブの肩を切り裂き、胸を深く貫いている。

 グレイブはその剣を受け入れるように目を瞑り、口元から血が静かに流れていた。

 その表情は満足げでどこかやり切った余韻が残されていた。

 そよ風が大地をかけていく。

 腕で顔を隠したヒース。しかしその頬には一筋の線が残っていた。タリクはうつむき、金環のネックレスを握り、目を瞑る。アリシアは顔を覆い、声を上げて泣き崩れた。

 さんざめく星空の下グレイブの身体はやがて灰のように色を失い、そして形が崩れていく。崩れた身体は塵のようになって、真っ暗な夜の中にきらめくような輝きを残して、星空に溶け込むように消えていった。

 ――こうして最後の戦いは幕を閉じた。

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