聖職者タリク
「……」
グレイブは倒れたアリシアを無言で目に収め、そして静かにアレスの下へ向かう。
その進路に、タリクとヒースが立ちはだかった。
「どいつもこいつも……」
グレイブは笑みを漏らす。
タリクとヒース――二人とも、もはや立っているのが奇跡と言えるほどの満身創痍だった。
それでも、ヒースは血に濡れた口元を吊り上げる。
「俺としたことが、あいつに……守られるなんて、な……。ふふ、格好悪いもんだ……」
「ですが……おかげで何とか、間に合いました……。今は、感謝しましょう。彼女の奮戦に」
タリクも同じく限界の身体で、それでも穏やかな笑みを返す。
ヒースはふらつく足で一歩前に出て、愛剣『風切』を突きつけた。
「最後の戦いだ……!お前も限界だろう。すぐ楽にしてやるよ……!」
「……これ以上は行かせません。神よ、どうか私たちに力をお貸しください」
ヒースは獰猛な笑みで挑発し、タリクは短い祈りを捧げる。
二人の覚悟を前に、グレイブは静かに黒剣を抜いた。
「はああああああああああああっ……!」
ヒースが二刀を構え、最後の力を振り絞って突撃する。
――だが。
その一撃を、グレイブはただの一閃で切り捨てた。
ヒースの身体は走り出した勢いのまま地面へ投げ出され、転がっていく。
勝負にすらならない。ヒースの身体には、もはや戦う力など残っていなかった。
「どうする?やるか?」
グレイブは黒剣を下げたまま、残されたタリクへ視線を向ける。
タリクは肩をすくめ、苦笑した。
「前衛のいない今の私に……抗する術はありません。実際のところ力も……残っていませんしね」
ふっと笑い、タリクは天を仰ぐ。
「私は……あなたとは友人だと思っていました。いえ、正直言えば……今も、そうです」
「……」
グレイブは無言で続きを待つ。
「数々の冒険の中で……あなたはいつも私たちに手を差し伸べ、導いてくれた。時に笑い、酒を飲みかわし、喜びを分かち合った。私は――楽しかった。あなたと言葉を交わすことが。ただ、一方で……気がかりもありました。あなたはどこか……私たちに一線を引いているような気がして。時折見せるあなたの遠い目は……いったいどこを見ているのだろう、と……」
沈みゆく夕日に目を向けていたタリクは、グレイブに視線を戻す。
「今なら、分かります。ずっとあなたは……苦しんでいたんですね。一人で」
「……」
「真実を知れてよかったです。この是非はともかく――友人だと思った私は間違っていなかった。そう思えた気がして」
タリクは一息つき、問いを投げた。
「グレイブさん。一つだけ聞かせてください。これが……あなたの望んだ結末ですか?」
「……ああ」
グレイブはほのかに笑いながら短く答えた。
「……そうですか」
タリクも微笑で返す。
「あなたの本心は――」
「タリク」
グレイブは続く言葉を遮った。
「もういいだろう。今更そんなこと。どうでもいいはずだ」
どこまでも淡々と続けて言った。
「俺はお前たちを殺す。殺して終わらせる。それだけだ。最後に俺を止めうるだろう、神剣バアルの担い手であるアレスを殺して、俺の勝利が確定する。――そこに寝ているアレスをな」
そして、タリクを見据えて告げる。
「だから――そこを通せ、タリク」
「通せません。私は立っている以上、最後まで仲間を守らなければなりません」
「……そうか」
「ええ、そうです」
タリクは杖を構え、グレイブも剣を構える。
そして――短い交差。
タリクの肩から血が吹き出し、そのまま乾いた音を立てて倒れた。
力なく地に伏しながらも、タリクはどこか満足そうに微笑んでいた。
グレイブは振り向き、静かに告げる。
「俺も嫌いではなかった。お前のことは」
その直後だった。
グレイブの背後で、立ち上がる音がした。
目を見開くグレイブ。
足元でタリクが、最後の力で笑った。
「よかったです、あなたもそう思ってくれて。それと――」
これ以上なく、勝ち誇ったような、しかしどこか優しい笑みで。
「私の本職は神官。仲間の傷を癒すことにあります」
そう言い残し、タリクは意識を手放した。
「……グレイブ」
その声に、グレイブは振り向く。
金色に輝く神剣を握りしめたアレスが、そこに立っていた。




