滅亡の焔
「バアル‼」
雷光を呼び起こし、アレスは斬りかかった。
しかし――魔法陣の境界に足を踏み入れた瞬間、透明な結界がアレスを弾き返した。
続いてヒースも二刀を閃かせるが、同じように弾かれる。
「アリシア!何が起こっている⁈」
焦りを滲ませたヒースの問いに、アリシアは首を振るしかなかった。
「わかりません……!ただ、大規模な何かが起きようとしています……!」
「……地脈だ」
グレイブが静かに答える。
地面が揺れ、空間が軋む中――ただ一箇所、グレイブの立つ場所だけが不気味なほど静かだった。
魔法陣の輝きとともに、グレイブの身体が時間を巻き戻すように再生していく。
そして同時に、赤黒い文様が皮膚の下から浮かび上がり、蛇のように腕からゆっくり這い上がっていく。
再生を終えたグレイブはゆっくりと立ち上がる。
「“異世界転生”の儀式場であるこの地は、地脈の力が集中している。なら、これを利用しない手はない。膨大なこの力を俺に集めるため時間をかけ、準備してきたのだが……ようやく今繋がった」
アリシアが息を呑む。
「地脈を……繋げる⁈生身の身体に直接ですか⁈人間であるあなたが、そんなことをすれば――」
「だろうな。転生者であり、アンデッドである俺でなければできないことだ。――まあ、それでも無理をしたのは間違いないがな」
グレイブは自嘲気味に笑う。
「無策では挑めなかった。お前たちはいつも俺の予想を超える。そしてそれは間違いではなかった。事実、俺はあと一歩のところで死ぬところだった」
赤黒い紋様は顔全体に広がり、禍々しい輝きを放つ。魔法陣は力の解放を待つように、さらに光を増した。
「今度はお前たちの番だ」
ぞくり、とアレスたちの背筋が震える。
異質な力が動き始めたのを、肌がはっきりと告げていた。空間は軋み、震え、大地は割れ、崩れ落ちる。
だが、それはまだ前兆にすぎない。
これまでに感じたことのない力の奔流が、生命の危機を全身に叩きつけてくる。
ヒースが武器を振るうが、不可視の壁に阻まれる。
アレスとアリシアの雷撃も炎も、壁に触れた瞬間に霧散した。
防壁の向こう側で、グレイブはただ静かにそれを見ている。
タリクが結界を張り巡らせ、声を張り上げた。
「皆さん!私の後ろへ!急いで‼」
アレスたちが結界の内側へ滑り込むと同時に、グレイブが低く呟く。
「耐えてみろ」
次の瞬間――床一面の極大魔法陣が白金に爆ぜ、世界そのものが裏返るような閃光が走った。
続いて、儀式場全体を揺るがす衝撃が襲いかかる。
荒れ狂う力は暴風のように渦を巻き、壁を粉砕し、天井を吹き飛ばし、石柱を紙のように折り曲げた。
タリクの結界が正面からその暴力を受け止める。
結界は悲鳴を上げるように軋み、ひび割れ、今にも砕け散りそうだった。それでもタリクは杖を握りしめ、歯を食いしばる。
「……っ、まだ……!」
アレスたちはただその背中を見ることしかできなかった。
光の壁の向こうで世界が崩壊していく。
轟音が耳を裂き、視界は白に塗りつぶされ、呼吸すら奪われる。
――どれほど続いたのか。
永遠にも思える衝撃が、ようやく収まった。
「……っはあ……はあっ……!」
タリクが荒い息を吐き、ほとんど倒れるように膝をつく。
儀式場は原型をとどめていない。
破壊の跡が周囲一帯に刻まれ、地下深くにあったはずの天井は吹き飛び、闇夜を映す。
あの破壊の中にあって生き延びたことはある種の奇跡だ。そう思わせるほどの衝撃にアレスたちは声を失う。
その破壊の中心、グレイブは魔法陣の真ん中で、悠然と立っていた。
大きな力を扱った代償か、唇の端からゆっくりと血が流れ落ちる。それを指で拭い、グレイブは言った。
「予想はしていたが……さすがと言っておこうか。あれほどの力をよくぞ耐えきった」
「……グレイブ」
アレスが声を漏らす。しかし、後の言葉が続かない。結界越しですら感じられるほどの圧倒的な力の余韻に言葉を失う。それは仲間たちも同様だった。
呆然とした様子のアレスたちにグレイブが鼻を鳴らす。
「……驚きで声も出ないか。まあ、無理もない。これほどの力を受けたことがあるはずもないからな」
そして、静かに続ける。
「お前たちとの戦いは長引くだろうと思っていた。互いに決め手を欠き、結果、削りあいの泥仕合になっていくだろうと。だから、最高火力をぶつける必要があった。跡形もの残らず完膚なきまでにお前たちを倒すために」
そう言ってからグレイブは自嘲気味に言う。
「ただ、ここまで追いつめられるとは思わなかった。俺の予想も甘かったということだな」
「……だからって、やりすぎだろう。国すら一発で滅ぼせる力だ」
ヒースが言い返すと、グレイブは肩をゆすって笑いながら言った。
「まあな。かつての魔王が編み出した禁忌の技だ。奴もそのつもりで準備したのだろうな。まさか、時代を超えて俺が使う日がこようとは思わなかったが」
笑いを収めたグレイブは「さて」と言って、
「悪いが今のはただの肩慣らし。本番はこれからだ」
その言葉にアレスたちの目がこれ以上なく大きく見開かれる。
再び魔力が渦巻き、烈風が吹き荒れる。魔法陣から水晶のような巨大な魔力の塊がグレイブの手元の方へと収まり、その魔力の塊に吸い寄せられるようにさらなる魔力が集まっていく。
圧縮されていく魔力の塊は、空間そのものを歪めるほどの密度だった。
制御しようとするグレイブの口元から血が伝う。
「そんなことをすれば、君も――」
アレスの声に、グレイブは薄く笑った。
「何を言うかと思えば」
膨張しようとするそれをグレイブは無理やり押し込んでいく。
「俺は魔王だ。三百年を生きた不死の王だ!」
短くも誇り高く響く言葉を告げて、グレイブは魔法を唱える。
「滅亡の焔……‼」
魔法名が響いた瞬間、圧縮された魔力の核がグレイブの掌で押し潰され、砕け散った光が世界を裂いた。
そして――破滅の嵐が吹き荒れた。




