不死の王の執念
光の鎖に縛り上げられたグレイブの前へ、アレスたちは静かに歩み寄った。
アレスは剣を突きつけたまま、見上げるように言葉を落とす。
「これで――終わりだ、グレイブ」
降り注ぐ光がアンデッドであるグレイブの身を容赦なく焦がす。逃れる術はない。光の鎖はグレイブの身体を幾重にも巻き付いて、自由を許さない。身じろぎすればするほど、きつくグレイブの身体を締め上げる。
アンデッドの存在を許さない聖域。そこに身を置くことはアンデッドにとって、生き地獄に近い苦行であるはずだ。しかし、その状況下にあってなお彼は不敵さを失わなかった。
「拘束か。意外だな。俺をどうするつもりだ」
「切る」
アレスが短く言いきると、グレイブは愉快そうに笑い声をあげた。
「そうか。ならよかった。ここで封印すると言われればどう反応すべきか迷うところだった」
「……」
アレスは一瞬だけ目を伏せる。だがすぐに顔を上げ、剣を構え直した。
グレイブにとっては絶対絶命。あとは死があるのみだった。
なのに、その瞳は揺るがない。
それは三百年を生きた不死の王の矜持か、それともグレイブ自身の魂の強さか。
何かは分からない。ただ、まっすぐな目でアレスたちに相対する。
だが、アレスは迷わない。
グレイブを生かせば、人類はアンデッドに襲われ続けるだろう。グレイブが“異世界転生”を止めるその日まで。
――そう彼が決意したから。
だから、殺す。殺さなければならなかった。
アレスの気持ちは関係ない。そうしなければ、もう止まりえないのだ。
「……」
短い決意を終え、アレスが剣を振り下ろす。
転生者殺しの力が、グレイブの身体を切り裂く――その瞬間。
バアルの刃が、弾かれた。
「……っ!」
刃が触れる直前、突如として闇が弾け、アレスの攻撃を阻んだのだ。
アレスたちは反射的に一歩退き、警戒を強める。
「悪いな。だが――」
グレイブは笑みを漏らす。
光の中にあって、どこまでも暗く陰に籠った笑みを。
「まだ死ぬわけにはいかないんだ」
醜く足掻く不死の王の執念をその目に宿して。
次の瞬間、闇がグレイブの内側から噴き上がる。瘴気が渦を巻き、呪いの濁流が押し寄せる。
タリクの光が浄化するそばから、さらに濃い闇が湧き出してアレスたちを飲み込もうとする。
「タリク‼」
ヒースが飛び退きながら叫ぶ。
「だめです!抑えきれません‼退避を!」
アレスたちは素早くグレイブから距離を取る。
闇の奔流が空間を満たし、聖なる鎖が軋む音が響く。
見ると、グレイブが右腕を無理やり引き上げていた。
鎖は呪いに侵され黒く染まり、しかしタリクの光が必死に押し返して輝きを取り戻す。
「ふふ……眩しいな……俺の腐った身を焼き尽くすほどに……だが――」
眩し気に目を細め、鎖に縛られながら、グレイブはなおも天に向かって手を伸ばす。
鎖が肉体に食い込み、聖なる光がグレイブの身体を浄化し、崩壊させていく。しかし、グレイブは抗うことをやめない。
「終われないんだ。成し遂げるまでは……!」
伸ばした手が光に焼かれ、焦げた指が朽ちていく。吹き出る黒い血が床に落ち、闇と混ざり合って広がっていく。
それでも、グレイブは止まらなかった。
「ああああああああああああああっ……‼」
絶叫とともに闇が爆ぜ、膨れ上がる。
鎖が引き絞られる。だが、その力が強ければ強いほどグレイブの肉体が締め上げられる。それでもグレイブは力強くもがく。鎖が限界まで引き絞られ――光の鎖が引きちぎれた。
タリクの結界が砕け散り、光の粒子が闇の中で舞い散って消えていく。
しかし、際限なく広がった闇も同時に勢いを失い、徐々に薄れていった。
やがて残ったのは、身体の半分が崩れ落ちたグレイブだった。
焼けただれ、ひび割れ、半壊した体。みなぎっていた闇は今や燻るように地面に滞り、ただ揺らめくだけ。
息を切らし、弱々しく地面に手をつくグレイブ。
驚異の再生力もほとんど失われ、欠けた右腕も破れた皮膚も、くすんだまま。
ただ――アレスを見上げるその目だけは、死に瀕した者のものではなかった。
異様な光を宿した瞳。
憎悪ではない。強い意志を宿した目力に、アレスたちは思わず息を呑む。
だが、すでに死に体。
強力な拘束を破ったとはいえ、弱り切ったその姿を脅威と見る者はいない。
「何が……君を、そこまで……」
「……アレス」
気遣いつつも戒めるようにヒースが呟く。
アレスは静かに答えた。
「わかっている。これで、今度こそ――終わらせる」
その時だった。
突如、アレスたちの身体が弾き飛ばされる。
原因不明の不可視の力に驚く暇もなく、続いて足元の魔法陣が青白く輝き急速に活性化し始めた。
「……っ⁈」
「なんだ⁉なにが起こっている⁉」
戸惑うアレスたち。
弱り切ったはずのグレイブが、待ち望んだものを迎えるように笑みを漏らす。
「来たか……」
グレイブが巨大な魔法陣へ手を当てた。
腕を伝い落ちた血が陣に染み込み、薄紅の光が奔る。
空中に浮かぶ補助陣までもが呼応し、それぞれ異なる色で脈動を始めた。
続いて、大地が揺れた。
儀式場に流れる異質な力が行き場を見失ったかのように乱れ狂い、空間が歪んだ錯覚を覚える。
アレスは振り向いた。
異常事態が起きていることは明白だった。その中心にいるのは紛れもなくグレイブ。
ほんの一瞬前までは力を使い果たし、息も絶え絶えだったはずだ。
だが今、魔法陣の内側に満ちる力が、失われた力を補うように彼へと流れ込み、荒れ狂う奔流が血肉を駆け巡るように、彼の身体は再び力を取り戻していった。




