激闘
激しい戦いは何時間にも及んだ。互いに死力を尽くし、全身全霊をぶつけ合う。
地形すら変貌するほどの暴威が荒れ狂い、血飛沫が舞い、悲鳴が空を裂き、怒号と咆哮が戦場に木霊する。
灼熱の炎が吹き荒れたかと思えば、次の瞬間には絶対零度の冷気がすべてを凍てつかせる。それはまさに、地獄を思わせる死闘だった。
魔物の猛攻は凄まじく、勇者一行は必死にそれを耐え凌いでいた。だが、彼らも守るばかりでは終わらない。
絶え間なく襲い掛かる攻撃をかい潜ってヒースが鋭い一撃を叩き込む。
浅からぬ傷を受け、怒りの咆哮とともに鋭い爪を振り下ろす魔物の反撃。すかさず前に出たタリクがその一撃を展開した障壁で受け止める。さらに彼は光の鎖を生み出し、魔物の動きを封じた。
動きを止めたその瞬間を逃さず、アリシアが放った巨大な火球が魔物を焼き尽くす。
そして、雷をまとったアレスの一閃が、すべてを断ち切るようにとどめを刺した。
幾度となく死線を共に越えてきた彼らだからこそ成せる、芸術的ともいえる連携。
その連携は、まるで一つの意志を持つかのように機能し、着実に魔物たちを打ち倒していく。
一見、未だ誰一人欠けていない勇者一行が優勢に見えるかもしれない。だがその実態は、薄氷を踏むような危うい均衡の上に成り立つ奇跡だった。
即死級の攻撃が当たり前のように飛び交う激戦。一歩間違えれば全滅すら免れぬ――そんな極限の戦い。
そして、その死闘にもついに終わりの時が訪れる。
最後の魔物――黒竜がか細い悲鳴をあげ、ついに息絶える。その巨体が地を割るほどの地響きを響かせながら、ゆっくりと地に沈んでゆく。
主を結界で包み守りながら、その巨体から繰り出す圧倒的な質量による攻撃と凍てつく吹雪の息で勇者たちを苦しめ続けた魔王の守護竜。その魔物が倒れた今、魔王を守る盾はもういない。
竜が斃れると同時に魔王が僅かに硬直する。それはこの戦いにおいて、絶対の威容を崩さず戦ってきた魔王が初めて見せた致命的な隙だった。
「はあああああああああっ‼」
アレスが突撃する。ここしかない。ここで終わらせなければならない。魔物たちの攻撃を受け、仲間たちはすでに限界を超えていた。決死の思いで、魔王の懐に飛び込む。
魔王が意識を戻した時にはもう遅い。その時にはすでに神剣バアルが魔王の胸を深く貫いていた。
『かっ……!はっ……!』
致命の一撃を受けて漏らした苦悶の声。それは魔物を統べる王に似つかわしくない、人間らしい反応だった。
「はあっ……!はあっ……!」
限界まで振り絞った一撃――その刹那、勝利が確かに訪れたと思った。
だが、それは錯覚だった。
ぎょろりと魔王の眼がうごめいて、
『許さない……!お前は……お前だけは……‼』
底なしの殺意とともにアレスの剣を握る手が魔王によって掴まれる。同時に禍々しい魔力が魔王を中心に吹き荒れ、魔王の魔力がアレスの血管を這うように浸食を開始した。
激痛に顔が歪み、アレスは身をよじって振り払おうと試みる。しかし、魔王の力はすさまじく、びくとも動かない。
「アレスさん‼」
「アレス‼」
「アレス……!」
アレスの仲間たちが悲痛の叫びをあげる。アレスを助けようと駆け寄るもしかし、距離はあまりに遠く――間に合わないことは明らかだった。
状況を悟ったアレスが静かに死を覚悟した。ならば、勇者である自分の為すべきことはただ一つ――魔王を確実に倒すだけだ。
その瞬間だった。
アレスの胸元のペンダントから弾けるようなまばゆい光が放たれる。
魔王が驚愕に身をのけぞらせる。光は優しくアレスの傷を癒しながらも、魔王を跳ね除ける力をもって、あたりを一瞬にして照らし出す。
耐えきれず魔王がうめき声を漏らして、飛び退いた。
魔王の拘束から解放されたアレスが、顔を輝かせ、その光に向かって叫ぶ。
「イリス‼」
光がゆるやかに人の形を成し、純白の衣を纏う美しい少女の姿となって、舞い降りた。
「よかった……!間に合いました!」
「助かった!ありがとう!」
イリスは柔らかく微笑み、静かに頷いた。
九死に一生を得たアレスのもとへ、仲間たちが駆け寄る。
安堵の息を吐きながら、彼の無事に笑みを浮かべ、彼の周囲を囲む。
『精霊王イリス……!』
憎々しい声で魔王が名を口にした。胸を押さえ膝をつく魔王が忌々しさに満ちた目でイリスを睨みつけ、拳を握りしめる。
『お前は……!封印されたはずだ……!どうやって……!』
「術者が死ねば当然封印も緩みます。それを知らないあなたではないでしょう、魔王よ」
『……ライラ』
その名はつい先ほど力尽きた守護竜の名だった。転生した時からともに過ごした魔王の半身とも呼べる竜の名。
『……勇者アレス』
魔王が幽鬼のようにゆらりと立ち上がり、苦し気に血を吐いた。
互いに満身創痍。しかし、勇者一行は辛うじて余力があるのに対し、魔王は瀕死の身だった。
『この戦い、私の負けだ。私はもう長くはもたないだろう。だが――』
突如、魔王の魔力が爆発的に膨れ上がり、大気が揺れる。膨れ上がった魔力が魔王を中心に渦巻いて周囲を吹き荒らす。
『生きて帰れると思うな……‼』
低い怨嗟の声とともに、魔王は右手を前に突き出した。
魔王が詠唱を始めると極大の魔法陣が空に浮かび上がる。人智には到底理解できぬ複雑な術式が刻まれた魔法陣によって、吹き荒れた魔力が黒い奔流となって形を成す。
ただならぬ気配を感じたアレスが慌てて距離を踏み込もうとする。だが、すでに遅かった。
『開け煉獄の門よ、嘆き落とせ奈落の闇よ……!出でよ、黒き太陽!我が敵を焼き尽くし、この地を焦土と化せ!黒滅の太陽……!』
詠唱の終わりと同時に、魔王城の屋根が音もなく吹き飛ぶ。黒い闇が四方へ解き放たれ、大地を飲み込み、空を裂く。瓦礫が弾け、熱波が唸りを上げてアレスたちに襲いかかる。
だが――本当の災厄はその直後に訪れた。
――黒き太陽が現出する。
空を覆い尽くすほど巨大で、空間そのものを歪める力を持った異質な球体。太陽でありながら放つ光はなく、禍々しい熱と呪いを撒き散らしていた。
この世の理から逸脱した存在――破滅の象徴と終焉の具現化。
その威容を前にしても勇者たちは怯まない。それどころか不敵な笑みを揃って見せた。
「魔王の最後の一撃か。このでかさじゃあ、逃げることは無理そうだ」
ヒースが乾いた唇を薄く舐めながら二振りの剣を構える。
「どうしますか?アレスさん」
アリシアが両手で杖を握り込み、魔力を込めながら、静かに問いかける。しかし、その問いはただの確認でしかない。
「全力で迎え撃つ。大丈夫、俺たちならできるさ」
アレスの声には迷いがなかった。
タリクが杖を強く握りしめ、口元に決意を浮かべる。
「ええ、やりましょう、皆さん」
仲間たちの視線が交差し、力強く頷き合う。
それぞれ自分にできる最大の一撃を放つ準備に入った。
「援護します!精霊王の祝福‼」
精霊王イリスが両手を広げ、祈りの旋律が空間を包む。
淡い光が降りそそぎ、傷ついた仲間たちの身体に力が急速に満ちていく
「風鬼裂斬‼」
ヒースの疾風の斬撃が大気を切り裂き、すさまじい衝撃となって飛んでいく。
「神の裁きを受けよ‼神柱崩光‼」
タリクの詠唱が響き、天上から光の柱が降り注ぐ。
「緋聖の焔‼」
紅蓮を超える極炎が放たれる。灼熱の奔流がうねり、黒き太陽へと突き刺さる。
そして――アレスが短く息を吸った。
「打ち砕く断罪の一撃‼」
神剣が輝きを増し、天雷が奔る。




