戦士ヒース
タリクの神術で傷が癒えた二人の姿に、アレスはほっと口元を緩めた。
「……任せる」
その一言を残し、糸が切れたように意識を手放す。
ヒースは倒れ込むアレスの身体を支え、タリクへ預けた。
「これは……!」
タリクは険しい顔でアレスの傷を見つめる。
まさに満身創痍。体中に刻まれた無数の切創、深々と抉られた左肩と胸からは止めどなく血が流れ、雷撃の反動で焼け焦げた皮膚は黒くひび割れ、呪いに侵された箇所は黒い脈が浮き上がるように脈動していた。
「主よ。彼の傷を癒したまえ。聖なる癒し《セイクリッド・ヒール》」
タリクがすぐに治癒へ移る。その背を守るように、ヒースは前へ踏み出した。
「さて……」
グレイブを見据え、剣を構える。
「ずいぶん楽しそうだったじゃないか、グレイブ。いつもの不景気顔はどうした。らしくもない」
グレイブは鼻で笑った。
「この状況下だ。しらふでいる方がまともじゃない」
言い終えるより早く、闇の閃光が走った。
狙いはタリク――だが、ヒースが飛び込み、剣で弾き返す。
「せっかちだな。今、話の途中だろ」
「ただの時間稼ぎだろう?付き合ってもいいが、退屈だと思ってな」
にやりと笑うグレイブ。
「それに、柄じゃないだろう。お前たちは」
「知った風な口をききやがる!」
ヒースが地を蹴り、一気に距離を詰めた。
グレイブは新たな黒剣を生み出し迎え撃つ――が、その刃は空を切る。
ヒースの姿が消えた。
次の瞬間、すさまじい速度で駆け抜ける影が、グレイブの周囲を撹乱するように走り回る。
グレイブは油断なく目を走らせるが、ヒースの動きは視界に収まりきらない。
「どうした、グレイブ! そんな動きじゃあ、俺には届かないぞ!」
「いきがるじゃないか、ヒース。まだ、一度もまともに当てていないだろう」
「それは、俺を捉えてから言え!負け惜しみにしか聞こえんぞ!」
ヒースは死角を選んで縦横無尽に駆け、斬撃を浴びせる。
グレイブは躱し、時に受け流すが、いくつかの斬撃が確かに肉を裂いた。
だが――その傷はすぐに再生する。
ヒースは内心舌打ちした。
――やはり、だめだ。タリクの光で弱ってはいるが、俺の剣技だけじゃ決定打にならん。
「アリシアっ‼」
「はいっ‼」
ヒースがグレイブの左足首を切り落とす。
バランスを崩したグレイブが膝をついた瞬間――
「神秘の炎」
アリシアの杖先に黄金の炎が灯る。
「閃撃‼」
放たれた炎が一直線に走り、グレイブの右腕を貫いた。
穿たれた上腕から血が噴き出す中、グレイブは痛みをものともせず、にやりと笑う。
「なるほど……これが狙いか。祝福された炎――アンデッドの俺には、確かに有効だ」
闇が肉体を補うように左足が再生し、グレイブはゆっくりと立ち上がる。だが、右腕の回復は遅い。まとわりつく闇を、神聖な光が再生を阻んでいた。
「神官でもないのに大した祝福だ。生真面目なお前らしいいい魔法だ、アリシア」
「……!」
グレイブの称賛にアリシアの顔が複雑に歪む。
「余裕だな、グレイブ。俺たちを甘く見るなよ。お前の命に届きうることはわかったはずだ」
「そう言うお前は、余裕がなさそうだな、ヒース。すごい汗だぞ」
グレイブの指摘にヒースは、苦い顔で舌打ちをした。
――まったく、よく見てやがる。
一連の攻防でこそ速度で圧倒しているように見えるが、一瞬たりとも気を抜ける場面はなかった。
少しでも隙を見せれば確実に殺される――そんな死の気配が、常に背中に張り付いている。
――しかしだ。
「だからどうした。お前が不利なことには変わらない!」
ヒースが再び、すさまじい速度で駆け抜ける。無数の斬撃を加え、グレイブの隙を作るために走り回る。
アリシアは杖先に炎を宿し、いつでも放てるように構える。
無数の攻撃手段を持つグレイブ相手に油断はできない。確実な隙を見つけるまでは回避に徹するよう、ヒースから言い含められていた。
もどかしさを抱えながら、アリシアは二人の戦いを見守る。
すさまじい速度で繰り広げられる攻防――ヒースに言われていなくとも、今の戦いに割って入れるとは到底思えなかった。
ヒースが剣を振るう。グレイブが左手の黒剣で受け流す。
背後を狙うヒース。身をひねってかわすグレイブ。
「どうした、最初の切れが失われているぞ、ヒース」
「黙れ!お前の方こそ少しは反撃したらどうだ。亀でももう少しましだぞ」
毒づきながらも、ヒースは崩れないグレイブの余裕に歯噛みする。
――くそ。ここまで相手にならないか。
致命的な一撃はすべて躱され、浅い一撃はすぐに再生される。
新たな隙を作るには程遠い。その間にも、グレイブの右腕はゆっくりと再生していく。
完全に回復したとき、確実に反撃が来る。そうなれば、せっかくのアリシアの一撃が無駄になる。
ヒースの攻撃だけでは、グレイブを倒す手段は――
……………。
「やめだ」
突然、ヒースは足を止めた。
「どうした?飽きたか?」
嘲るような声でグレイブが問う。
ヒースは向き直り、静かに言い返した。
「ああ、そうだ。こういうのは俺の性に合わねえ。自分には勝ち目がないって言っているようなもんだ」
グレイブが冷笑する。
「事実、そうだろう」
「決めつけるな。戦いの生き死にだけが勝敗じゃない。特にアンデッドのお前ならなおさらだ」
ヒースは深く息を吐いて、二つの剣を構える。
「正面から全力で切り伏せる。それが剣士である俺の責務。それだけだ」
「……」
充実した気迫に研ぎ澄まされた集中力。ヒースの射貫くような眼力にグレイブは笑みをこぼす。
「剣士としての責務、か。俺との戦いにそんなプライドを持ち出すとは」
「……」
「――ちょうど、右腕が治ったな」
右手を開閉させ、感覚を確かめたグレイブは言う。
「だが、俺はお前のような剣士ではない。まともにぶつかると思うか?」
「好きにしろ。こいつは……俺のけじめみたいなものだ」
迷いなく言い切り、ヒースはアリシアへ向けて言う。
「邪魔するなよ、アリシア。今は――俺の自由にさせてくれ」
「……わかりました」
アリシアは頷いて、杖を下した。
ただ、祈るように二人の戦いを見守る。
ふいに笑ったグレイブが黒剣を構えた。
「あえて、受けて立とう、ヒース。お前の望む通り」
「ありがたい……!」
構えた瞬間、グレイブの周囲で闇が爆ぜるように膨れ上がる。
タリクの光が満ちているにもかかわらず、その闇は光を侵食し、飲み込もうと揺れ動いた。
全身で死の気配を浴びながら、ヒースはにやりと笑う。
恐怖はない。その真剣勝負は剣士としての本懐であるがゆえに。
闇が高まり――そして、解き放たれる。
「黒壊斬!」
光を飲み込み、すべてを破壊し尽くす死の斬撃がヒースを襲う。
これまでのどの一撃よりも強く、重く、巨大な闇。
ヒースは二刀を握り直す。
『風切』と『鬼哭丸』――幾度も戦場をともにした相棒たちが、まるで応えるように手の中で震えた。
斬撃が迫る。あと一歩で身体が両断される――その直前。
ヒースの目がかっと見開かれた。
「真・風鬼裂斬‼」
二刀の斬撃が、闇の一撃を迎え撃つ。
風精霊の加護と鬼の力が宿る二刀が、ヒースの思いに応えるように力強く解き放たれた。
ぶつかり合った瞬間、儀式場全体が揺れるほどの衝撃が走る。
空間が軋むような圧力の中、ヒースはただ目の前の斬撃に集中した。
想像以上に重い。
触れた瞬間にわかる――これは死そのもの。呪詛の塊。底知れぬ闇の業。
だが、負けてはいない。これまでの冒険が、仲間たちの思いが、ヒースの背を押す。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ‼」
ヒースが叫び、二刀に力を込める。
永劫のようで、一瞬の攻防。
ヒースは闇の斬撃を押し返し、二刀で切り裂いた。
グレイブが目を見開く。
次の瞬間――ヒースの放った斬撃が、グレイブの身体を斜めに両断した。




