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異世界転生レクイエム  作者: 山下贋作
第4章 全てを懸けた最後の戦い
39/50

戦士ヒース

 タリクの神術で傷が癒えた二人の姿に、アレスはほっと口元を緩めた。

「……任せる」

 その一言を残し、糸が切れたように意識を手放す。

 ヒースは倒れ込むアレスの身体を支え、タリクへ預けた。

「これは……!」

 タリクは険しい顔でアレスの傷を見つめる。

 まさに満身創痍。体中に刻まれた無数の切創、深々と抉られた左肩と胸からは止めどなく血が流れ、雷撃の反動で焼け焦げた皮膚は黒くひび割れ、呪いに侵された箇所は黒い脈が浮き上がるように脈動していた。

「主よ。彼の傷を癒したまえ。聖なる癒し《セイクリッド・ヒール》」

 タリクがすぐに治癒へ移る。その背を守るように、ヒースは前へ踏み出した。

「さて……」

 グレイブを見据え、剣を構える。

「ずいぶん楽しそうだったじゃないか、グレイブ。いつもの不景気顔はどうした。らしくもない」

 グレイブは鼻で笑った。

「この状況下だ。しらふでいる方がまともじゃない」

 言い終えるより早く、闇の閃光が走った。

 狙いはタリク――だが、ヒースが飛び込み、剣で弾き返す。

「せっかちだな。今、話の途中だろ」

「ただの時間稼ぎだろう?付き合ってもいいが、退屈だと思ってな」

 にやりと笑うグレイブ。

「それに、柄じゃないだろう。お前たちは」

「知った風な口をききやがる!」

 ヒースが地を蹴り、一気に距離を詰めた。

 グレイブは新たな黒剣を生み出し迎え撃つ――が、その刃は空を切る。

 ヒースの姿が消えた。

 次の瞬間、すさまじい速度で駆け抜ける影が、グレイブの周囲を撹乱するように走り回る。

 グレイブは油断なく目を走らせるが、ヒースの動きは視界に収まりきらない。

「どうした、グレイブ! そんな動きじゃあ、俺には届かないぞ!」

「いきがるじゃないか、ヒース。まだ、一度もまともに当てていないだろう」

「それは、俺を捉えてから言え!負け惜しみにしか聞こえんぞ!」

 ヒースは死角を選んで縦横無尽に駆け、斬撃を浴びせる。

 グレイブは躱し、時に受け流すが、いくつかの斬撃が確かに肉を裂いた。

 だが――その傷はすぐに再生する。

 ヒースは内心舌打ちした。

 ――やはり、だめだ。タリクの光で弱ってはいるが、俺の剣技だけじゃ決定打にならん。

「アリシアっ‼」

「はいっ‼」

 ヒースがグレイブの左足首を切り落とす。

 バランスを崩したグレイブが膝をついた瞬間――

「神秘のミスティック・フレア

 アリシアの杖先に黄金の炎が灯る。

閃撃フラッシュ・バースト‼」

 放たれた炎が一直線に走り、グレイブの右腕を貫いた。

 穿たれた上腕から血が噴き出す中、グレイブは痛みをものともせず、にやりと笑う。

「なるほど……これが狙いか。祝福された炎――アンデッドの俺には、確かに有効だ」

 闇が肉体を補うように左足が再生し、グレイブはゆっくりと立ち上がる。だが、右腕の回復は遅い。まとわりつく闇を、神聖な光が再生を阻んでいた。

「神官でもないのに大した祝福だ。生真面目なお前らしいいい魔法だ、アリシア」

「……!」

 グレイブの称賛にアリシアの顔が複雑に歪む。

「余裕だな、グレイブ。俺たちを甘く見るなよ。お前の命に届きうることはわかったはずだ」

「そう言うお前は、余裕がなさそうだな、ヒース。すごい汗だぞ」

 グレイブの指摘にヒースは、苦い顔で舌打ちをした。

 ――まったく、よく見てやがる。

 一連の攻防でこそ速度で圧倒しているように見えるが、一瞬たりとも気を抜ける場面はなかった。

 少しでも隙を見せれば確実に殺される――そんな死の気配が、常に背中に張り付いている。

 ――しかしだ。

「だからどうした。お前が不利なことには変わらない!」

 ヒースが再び、すさまじい速度で駆け抜ける。無数の斬撃を加え、グレイブの隙を作るために走り回る。

 アリシアは杖先に炎を宿し、いつでも放てるように構える。

 無数の攻撃手段を持つグレイブ相手に油断はできない。確実な隙を見つけるまでは回避に徹するよう、ヒースから言い含められていた。

 もどかしさを抱えながら、アリシアは二人の戦いを見守る。

 すさまじい速度で繰り広げられる攻防――ヒースに言われていなくとも、今の戦いに割って入れるとは到底思えなかった。

 ヒースが剣を振るう。グレイブが左手の黒剣で受け流す。

 背後を狙うヒース。身をひねってかわすグレイブ。

「どうした、最初の切れが失われているぞ、ヒース」

「黙れ!お前の方こそ少しは反撃したらどうだ。亀でももう少しましだぞ」

 毒づきながらも、ヒースは崩れないグレイブの余裕に歯噛みする。

 ――くそ。ここまで相手にならないか。

 致命的な一撃はすべて躱され、浅い一撃はすぐに再生される。

 新たな隙を作るには程遠い。その間にも、グレイブの右腕はゆっくりと再生していく。

 完全に回復したとき、確実に反撃が来る。そうなれば、せっかくのアリシアの一撃が無駄になる。

 ヒースの攻撃だけでは、グレイブを倒す手段は――

 ……………。

「やめだ」

 突然、ヒースは足を止めた。

「どうした?飽きたか?」

 嘲るような声でグレイブが問う。

 ヒースは向き直り、静かに言い返した。

「ああ、そうだ。こういうのは俺の性に合わねえ。自分には勝ち目がないって言っているようなもんだ」

 グレイブが冷笑する。

「事実、そうだろう」

「決めつけるな。戦いの生き死にだけが勝敗じゃない。特にアンデッドのお前ならなおさらだ」

 ヒースは深く息を吐いて、二つの剣を構える。

「正面から全力で切り伏せる。それが剣士である俺の責務。それだけだ」

「……」

 充実した気迫に研ぎ澄まされた集中力。ヒースの射貫くような眼力にグレイブは笑みをこぼす。

「剣士としての責務、か。俺との戦いにそんなプライドを持ち出すとは」

「……」

「――ちょうど、右腕が治ったな」

 右手を開閉させ、感覚を確かめたグレイブは言う。

「だが、俺はお前のような剣士ではない。まともにぶつかると思うか?」

「好きにしろ。こいつは……俺のけじめみたいなものだ」

 迷いなく言い切り、ヒースはアリシアへ向けて言う。

「邪魔するなよ、アリシア。今は――俺の自由にさせてくれ」

「……わかりました」

 アリシアは頷いて、杖を下した。

 ただ、祈るように二人の戦いを見守る。

 ふいに笑ったグレイブが黒剣を構えた。

「あえて、受けて立とう、ヒース。お前の望む通り」

「ありがたい……!」

 構えた瞬間、グレイブの周囲で闇が爆ぜるように膨れ上がる。

 タリクの光が満ちているにもかかわらず、その闇は光を侵食し、飲み込もうと揺れ動いた。

 全身で死の気配を浴びながら、ヒースはにやりと笑う。

 恐怖はない。その真剣勝負は剣士としての本懐であるがゆえに。

 闇が高まり――そして、解き放たれる。

黒壊斬こくかいざん!」

 光を飲み込み、すべてを破壊し尽くす死の斬撃がヒースを襲う。

 これまでのどの一撃よりも強く、重く、巨大な闇。

 ヒースは二刀を握り直す。

 『風切』と『鬼哭丸』――幾度も戦場をともにした相棒たちが、まるで応えるように手の中で震えた。

 斬撃が迫る。あと一歩で身体が両断される――その直前。

 ヒースの目がかっと見開かれた。

「真・風鬼裂斬シン・フウキレツザン‼」

 二刀の斬撃が、闇の一撃を迎え撃つ。

 風精霊の加護と鬼の力が宿る二刀が、ヒースの思いに応えるように力強く解き放たれた。

 ぶつかり合った瞬間、儀式場全体が揺れるほどの衝撃が走る。

 空間が軋むような圧力の中、ヒースはただ目の前の斬撃に集中した。

 想像以上に重い。

 触れた瞬間にわかる――これは死そのもの。呪詛の塊。底知れぬ闇の業。

 だが、負けてはいない。これまでの冒険が、仲間たちの思いが、ヒースの背を押す。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ‼」

 ヒースが叫び、二刀に力を込める。

 永劫のようで、一瞬の攻防。

 ヒースは闇の斬撃を押し返し、二刀で切り裂いた。

 グレイブが目を見開く。

 次の瞬間――ヒースの放った斬撃が、グレイブの身体を斜めに両断した。

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