死闘
瞬間、眩い光が空間を満たし、闇に染まった儀式場が白金の輝きにさらされた。
アンデッドの精鋭たちは抵抗するように光へ手を伸ばすが、その身体は塵も残さず崩れ落ちていく。
黒い茨も苦悶するように身をよじり、やがて枯れ落ちて消滅した。
残ったのは、グレイブただ一人。
光の中、彼は天を仰ぎ、ゆっくりとアレスたちへ視線を戻す。
そして、アレスたちへ向けて笑みを浮かべた。聖なる光に焼かれたその顔には、深い亀裂が刻まれていた。
タリクの神術によって、戦況は一瞬にして覆った。
アンデッドにとって致命的な聖なる光――タリクの祈りによって極限まで高められた光をまともに浴びてなお立つのは、不死の王だからこそだ。
だが、その顔の亀裂は、彼とて無傷ではいられないことを示していた。
タリクは強い眼差しで言い放つ。
「……これでもうアンデッドは使えない。そうでしょう……!」
グレイブが手をかざす。しかし、闇は形を成す前に光へと溶けて消えた。
ふっとグレイブが笑みを浮かべて「そのようだ」と答えた。
「すさまじい力だ。かつてこれほどまでの光を浴びたことはない」
グレイブの亀裂は顔だけにとどまらず、身体全体へと走っていく。
ひび割れ、右肩が崩れ落ち、落ちた腕が地面に触れた途端に光へと溶けて消えた。
「強くなったな。いや――この場合よく守り通したと褒めるべきか」
崩壊しながらも焦りはなく、むしろ慈愛すら宿した眼差しでアレスたちを称賛する。
「……じきに、あなたも消滅します。もうこの状況では――」
言葉を遮るように、グレイブが低く押し殺した笑いを漏らした。
「消滅する、か。なるほど。確かにこの状況、そう思うのも無理はない。だが――」
そして、絶対零度の眼で言い放つ。
「自惚れるなよ」
グレイブを中心に再び闇が渦巻く。
「……!」
タリクの光も負けじと輝きを増し、光と闇が空間で激しくぶつかり合う。
タリクは祈りの力を込めて押し返すが、闇は消えず、むしろ濃く、深く、重くなっていく。
「なんだ、その目は。なんだ、その台詞は。もう勝利を確信したのか。お前たちはこれまでの冒険で学んだはずだ。敵が滅ぶ最後の瞬間まで決して気をぬくことができないと。戦意が消えぬ限り、戦いは終わっていないのだと」
闇の広がりとともに、崩れたはずのグレイブの身体が再生していく。
「なあ、お前たちに俺の眼はどう映る」
「……!」
静か。だが、その奥底で煮えたぎる炎が揺れていた。
光と闇が入り乱れる中、グレイブの身体は完全に元通りになる。
闇の力がグレイブの手に集まり、空気が震える。
対するタリクも杖を握りしめ祈りの力を籠める。その闇の力を防ぐために。
「戦いの幕を下ろすのはお前たちじゃない。この俺の方だ!」
闇の奔流が放たれる。それをタリクの光が迎え撃つ。
激突した瞬間、爆ぜる衝撃が儀式場を揺らし、光と闇が砕け散った。
同時に――
グレイブが一瞬でタリクの眼前に現れ、拳を叩き込む。
タリクはとっさに結界を展開するが、その結界ごと粉砕され、身体が吹き飛んだ。光が揺らぎ、闇が勢いを増す。
そこを――
「《バアル》‼」
アレスの剣から雷撃が放たれ、迫る闇を切り裂いた。
その開いた道を、ヒースが疾風のように駆け抜けた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ‼」
稲妻の連撃がグレイブへ叩き込まれる。
斬撃が空気を裂き、火花が散り、影が揺れる。
グレイブは巧みに剣で受け流すが、ヒースの手数はそれを上回り、ついに押し込んでいく。
「鈍くなっているぞ!グレイブ!やはり、効いているのだろう‼」
「……」
グレイブは無言。
表情も呼吸も乱れず、ただ剣を受け続ける。
その無機質な静けさが、逆に不気味だった。反撃の機会だけを闇の中から伺うかのようだった。
そして――闇がふいに蠢き、背後からヒースを狙う。
しかし――
「もうそれは何度も見てんだよ‼」
ヒースはぎりぎりで身を翻し、二刀を振りかぶる。
「風天連斬‼」
疾風のような斬撃がグレイブを切り刻み、ヒースが駆け抜ける。
鮮血が飛び、グレイブの左手が切り落とされた。これまで一切揺らがなかったグレイブの身体が初めてわずかに揺らぐ。
だが――止まらない。
崩れた肉体を闇が補い、再生しながら、グレイブは即座に反撃へ移る。
振りかぶられた剣がヒースを狙う――その瞬間。
「怒りの雷槍‼」
アレスの極限まで高めた雷撃が放たれ、グレイブの身体を貫いた。
雷光が弾け、グレイブは血を吐く。
「緋焔の奔流‼」
続けざまにアリシアの灼熱の炎が襲いかかり、爆炎が儀式場を包む。
確かな手応え。だが、相手は不死の王。これで終わるとは誰も思っていない。
爆炎の向こうを、全員が息を呑んで見つめる。
ふいに煙の向こうから、黒い剣が飛来した。
「っ……!」
アリシアの頬を掠め、壁に突き刺さる。
その後を、傷だらけのグレイブが歩み出てきた。
肉体は焼け、裂け、血を流しながらも、闇がじわじわと再生を進めている。
「いい攻撃だ」
そう言うと、一瞬のうちに、距離を詰める。
「なっ……!」
アリシアはとっさに後退し、氷の盾を展開しようとした。
だが――遅い。
闇から抜き出された新たな剣が、アリシアの肩を深々と貫いた。
「っ……!」
アリシアが苦痛に顔を歪めた瞬間、アレスとヒースが援護に飛び込む。
「アリシアぁあああああああっ‼」
「遅い!」
アリシアの身体を裂きながらグレイブは剣を一気に引き抜く。悲鳴とともにアリシアが倒れる。
振り向きざま、アリシアの血を滴らせながらグレイブの剣が閃いた。
刃が振り下ろされた――そう認識した時には、鮮血が飛んでいた。
ヒースは肩口を深く裂かれ、アレスもまた左胸に深い傷を負っていた。
「……ぅあっ⁈」
剣筋が見えなかった。
ヒースは驚愕に目を見開く。
その直後、単なる斬撃に留まらない激痛が体に走り、理解する。
――闇のマーキング。戦いの最中、気づかぬうちに刻まれた魔力が活性化し、斬撃を後から発動させたのだ。
だが、気づいたところで遅い。
身体を闇が蝕み、ヒースは大量に血を吐いた。
崩れ落ちるヒース。しかし、アレスは戦意を一切失わず、吠えるようにグレイブへ食い下がる。
にやりと笑うグレイブ。
睨み返すアレス。
二人の間で、激しい剣撃が火花を散らす。
目的は時間稼ぎ。
後方ではタリクが必死に治癒を施している。だが、アレスの気迫はそれ以上だった。血を流しながらも一歩も退かず、剣を握る手に雷が走る。
――これ以上、誰も倒れさせない。
声にせずとも全身でその気迫を表していた。
飛び交う闇と雷。激しさは増し、戦いの余波が儀式場の建造物を次々と破壊していく。
「グレイブっ‼」
「どうした、勇者アレス!今頃になってようやくその気になったか⁉」
グレイブの一振りをアレスが弾き返し、雷閃が走る。
その一閃をグレイブは紙一重で躱す。アレスの剣が地面を深々と切り裂き、雷が奔った。
地面から闇が噴き上がり、アレスの胴を狙う。しかしアレスは素早く身を引き、通り過ぎた闇が天井を穿つ。
追撃に移ろうとするグレイブ――だが、それより早くアレスの一閃が迫る。
何度目かわからない剣と剣の激突。光と闇が再び激しく弾けあう。
「速度、威力が最初とはけた違いだ!仲間の命が危険になれば特にだ!それほどに、仲間の死が怖いか!」
「当たり前だ!大切な人が死ぬなんて嫌に決まっている!人間なら誰だってそうだ!」
「ならば、帰れ!そうすれば、俺は勝手にこの”異世界転生”を終わらせてやる!お前たちの命まで奪いはしない!」
「そうすれば、無関係な人々の命を奪うと君は言ったじゃないか!そんなこと、見過ごせるはずがない!」
「それがどうした!大切な仲間と見も知らぬ他人!天秤にかけるまでもない!」
グレイブの剣がアレスの身体をついに捉え、左肩を深々と切り裂いた。
血が噴き上がり、アレスは一瞬崩れ落ちた。しかし、気力だけで立ち上がり、燃えるような眼でグレイブを睨む。
「バアル‼」
腰だめに構えた神剣バアルが、アレスの意志に応えるように紫電を弾けさせ、強く輝いた。
その光はアレスの全身を包み、圧倒的な存在感を放つ。
「共鳴するバアルの雷‼」
瞬間、雷の切り上げがグレイブの目の前を走った。
――なに……⁈
グレイブですら追えない速さ。深手をものともしない勢いで、雷が剣の軌跡を描く。
そして――その剣はすさまじい勢いで振り下ろされた。
「ぐっ……!」
グレイブはとっさに防ぐ。だが、その一撃はこれまでとは比べ物にならないほど強く、重い。踏ん張る地面が砕け、グレイブは苦しげに息を漏らした。
それでも辛うじて受け止める。
至近距離でしのぎを削りながら、アレスは叫ぶ。
「天秤にかけるなよ!かけていい話じゃないんだ!どっちも大切に決まっているだろう!」
「……!」
「おおおおおおおおおおおおおおおっ‼」
神剣バアルが輝きを増す。紫電を弾けさせ、すさまじい力を放たれる中、両者ともに譲らない。
だがその時、アレスの剣を受け止めていたグレイブの剣に亀裂が入った。
その亀裂はあっという間に広がり、黒い破片を宙に残して砕け散る。
武器を失い、空手になったグレイブ。驚いたように目を見開く。
そのグレイブに向けて、アレスはバアルを振り下ろす。
決定打となる――その瞬間。
グレイブはふいに口元を緩めた。それはどこか称賛のようで――
ほとんど同時に、拳がアレスの頬を打ち抜く。
「がっ……!」
予想外の反応の速さにアレスは防ぐこともできず、吹き飛ばされる。
すでに大量の血を失い、体力は限界に達していたこともあって、意識が遠のいていく。
だが、その身体は地面に叩きつけられることなく、柔らかく受け止められた。
朦朧とした視界の中で首を動かすと、ヒースが笑って言った。
「よくやった、アレス」
アリシアと並び立ち、ヒースは胸を張る。
「あとは俺たちに任せろ」




