開戦②
黒い渦から、より深い闇が吹き出す。
その直後、ぬめりを帯びた黒い茨が姿を現した。
人の胴ほどの太さを持つ茨は、心臓の鼓動のように脈動しながら伸び上がり、触手のようなうねりを上げてアレスたちへ襲いかかる。
驚くアレスたち。
グレイブへの刃が振り下ろされる寸前、茨がグレイブを庇うように伸び、アレスとヒースを払いのけた。
「くっ……!」
二人は剣で身を守るが、茨の勢いに弾き飛ばされる。
「がっ……!」
「ぐっ……!」
壁に激突し、息を漏らすアレスとヒース。
「広域治癒!」
タリクがすかさず治癒を施し、アリシアは茨の一本に狙いを定めて灼熱の炎を放つ。
――しかし。
「……うそ。効いて……ない……⁈」
アリシアの炎は決して弱くない。得体のしれない黒い茨は根元から灰になったはずだった。
だが――焼き払われた箇所からすぐに再生し、元の勢いのままアレスたちへ襲いかかる。
「闇を媒介に成長する茨だ。ただの炎程度、意味はない」
高台から見下ろし、冷笑を浮かべるグレイブ。
だが、アレスたちに反応する余裕はない。
儀式場はまさに茨の園と化していた。
無数の茨が四方八方から無秩序に伸び、アレスたちは防戦に回ることを強いられる。
しかし、本当の脅威はまだ残っていた。
「まずはお前からだ、タリク」
その言葉が終わると同時に気配が消えた――そう思った瞬間にグレイブは眼前に立っていた。アレスへの援護をしようとしていた瞬間のことでタリクは呆気にとられる。
すでに避けようのない至近距離。不死の王は無表情に剣を振り下ろす。
後衛であるタリクに反応する術はない。迫る死の恐怖に、タリクは一瞬硬直した。
「させるかっ!」
ヒースが飛び出し、その一撃を防ぐ。
『風切』で攻撃を受け流し、『鬼哭丸』で反撃を狙う。
だが、そのカウンターすらもグレイブは完全に見切り、わずかな動作で躱す。
そして放たれる切り上げの一閃。
ヒースは二刀で受けるが、その重さに目を見開いた。
「うおおおおおおおおおおっ⁉」
力に耐えきれず、ヒースの身体は上空へと浮き、吹き飛ばされる。
それに目もくれず、グレイブは再びタリクへ狙いを定めた。
しかし、今度はアレスが間に入る。
「グレイブっ‼」
神剣バアルが、振り下ろされた漆黒の剣を火花とともに受け止めた。
「ずっと見てきた。お前たちの強さは」
無感情な声音のまま、グレイブの剣が滑らかに、しかし容赦なく振るわれる。
「明確な役割分担。切れ目のない高度な連携。勢いに乗れば誰にも止められない。洗練された連携は凄まじい手数を生み、特化した強みで相手を圧倒し、味方の弱点を互いに補い合う。あらゆる難敵を屠ってきた――まさに英雄たちの戦いだ」
刃と刃がぶつかるたび、鋭い火花が散り、金属音が儀式場に響き渡る。
「っ……!」
アレスは歯を食いしばり、押し寄せる連撃を必死に受け止める。
グレイブの声は平坦で、戦いそのものに興味がないかのような緩慢さ。
だが――隙がない。
風のように速い剣速。
こちらの意図を読み切ったかのような角度とタイミング。
アレスは反射だけで受け続けるが、防戦一方では限界が近い。
刃がかすめ、アレスの身体に浅い傷が刻まれていく。
その間にも、床から伸びる黒い茨が命を狙って蠢く。
死角から跳ね上がる茨。身をひねって避けた瞬間、今度はグレイブの剣閃が迫る。
「だから潰した」
振り下ろされた剣をアレスは真正面から受け止めた。
不利な体勢。それでも受けるしかない。
万力のような力が剣越しに伝わり、地面がめり込み、アレスの顔が歪む。
「―――あああああああああっ‼」
アレスは力を振り絞り、グレイブの剣を押し返して反撃の突きを放つ。
しかし――
その突きは、グレイブの頬をかすめただけだった。
次の瞬間、懐に入り込んだグレイブの拳が、アレスの腹に深々と突き刺さる。
「……くはっ!」
肺の空気が一気に押し出され、アレスの身体が折れ曲がる。
内臓が揺さぶられる痛みに視界が白く染まる。
続けざまに、脇腹へ蹴りが叩き込まれた。
アレスの身体は宙を舞い、壁に激突する。
息がつまり、視界が明滅する。立ち上がろうとするも、足に力が入らなかった。
――だめだ……!動け、俺の身体……!
朧げな意識の中で前を見ると、グレイブが手を向け闇の魔法を放とうとしていた。
「アレスさんっ‼」
黒い茨と戦っていたアリシアが悲鳴を上げ、氷の剣を飛ばす。
だが、グレイブは一瞥しただけで、茨がその剣を弾き返した。
「この野郎っ……!」
ヒースが飛び込み、背後から斬りかかる。
「黒鬼・冥葬斬……‼」
二本の剣から放たれた漆黒の斬撃がグレイブを襲う。
しかし、グレイブは動揺すら見せず、半身になってそれを躱した。
隙だらけになったヒースを冷たい目で見上げ、短く呟く。
「貫け《つらぬけ》」
その命令に応じ、黒い茨が一斉にヒースへ殺到する。
二刀で必死に捌くが、圧倒的な数に顔色が悪くなる。
「っく……!」
ついに一本が肩口を貫いた。
ヒースは悲鳴を噛み殺し、茨を力任せに叩き切って後退し、膝をつく。
「ヒースさんっ!」
「俺に構うなっ……!まだ、やれる!」
「でも――!」
その間にも茨は止まらない。
燃やしても、切り裂いても、無限に生え、暴れ回る。
ふらつきながら立ち上がったアレスの前へ、グレイブが歩み寄る。
「緻密な連携というのは、一度崩れれば脆いものだ。たとえお前たちでも例外じゃない。自慢の手数も――その気になれば、死霊術士である俺の方がはるかに上回る」
グレイブが魔力を練り上げると、床一面に広がる闇がざわりと波打ち、まるで生き物のように脈動した。
「召喚・不死の軍勢」
低く響く声とともに、闇が血潮のような赤黒い光を放つ。
次の瞬間――闇の底から、無数の影が噴き上がった。
黒く染まった躯。血のように赤い双眸。人の形をしていながら、人ではない何か。
濃密な闇の力を宿したアンデッドたちは、漆黒の装備を軋ませながら這い出し、主の命に従うように整然と隊列を組む。
掲げられた武器が赤い光を反射し、雄叫びが儀式場を震わせた。
周囲では黒い茨が歓喜するように激しくうねり、闇の軍勢と共鳴する。
「やれ」
グレイブの短い号令一つで、地獄が動き出した。
前列のアンデッドが一斉に弓を引き絞り、闇の矢が雨のように放たれる。
続いて後列の槍兵が投擲し、さらに盾を構えた歩兵が茨とともに突撃してくる。
アレスたちは矢を打ち払い、槍をかわしながら荒い息で軍勢に対峙した。
しかし、闇の圧力は凄まじい。物量が波のように押し寄せ、まるで闇そのものが形を持って迫ってくるかのようだった。
アリシアの炎が闇を焼き払う。しかし、止まらない。
ヒースの剣が影を切り裂く。しかし、止まらない。
アレスの雷撃が闇を貫く。しかし、闇はすべてを飲み込み、なおも侵食してくる。
絶望が勇者たちを呑み込もうとした――その時。
「――お待たせしました」
これまで目立った行動を見せなかったタリクが、静かに口を開いた。
アンデッドの猛攻の中、仲間に守られながら紡いできた術式がついに完成し、タリクの周囲に聖なる光が満ち始める。
嵐の中心のように、彼の周囲だけが静寂に包まれた。
タリクはまっすぐ前を見据え、祈りの言葉を紡ぐ。
「聖唱・永遠に輝く聖域!」




