決戦、死の空を行く②
「来るぞっ!」
ヒースが叫ぶより早く、冥咬蟲の群れが一直線に突っ込んでくる。
アレスは剣を抜き、迫る影を斬り払った。黒い体液が空中に散り、風に溶けていく。
「アリシアッ‼」
アレスの声と同時に、アリシアは力強く頷き、魔法を解き放つ。
「緋焔の奔流‼」
杖先から奔流のような灼熱が放たれた。
すべてを焼き尽くす紅蓮の炎がミレーゼの進路を塞ぐアンデッドを呑み込み、一瞬で灰へと変える。
焼き尽くした炎の後に一本の道が開いた。
『……っ!』
ミレーゼはその隙間へ飛び込む。しかし、アンデッドの壁は分厚い。
焼け落ちた影の後ろから、すぐに新たなアンデッドが湧き出し、道を塞いでいく。
「まさに大群……!一体どれだけの数がいるんでしょう」
タリクは四方から飛び交う攻撃を障壁で弾き返しながら呟いた。
骨飛竜の黒爪を弾き返し、骨の身体を二刀で切り飛ばしたヒースが、剣を肩に担ぎ挑発するように笑う。
「弱音か?アンデッドが相手となれば、神官様の十八番だろ?」
タリクは苦笑しつつも、静かに祈りを紡ぐ。
「いくら専門分野とはいえ、限度はありますが……。泣き言は言えませんね。――行きますよ。聖光結界‼」
タリクを中心に、眩い聖光が一気に広がった。
優しく、しかし圧倒的な力を秘めた光に触れたアンデッドは、触れた個所から浄化されるように消滅していく。
光が収まると、アンデッドがいなくなった空間が残った。
ヒースが口笛を吹く。
「やるな。それがあればこの場はなんとかなるんじゃないか?」
「無理言わないでください。相応の力を消費するので乱発はできないんですよ」
そう言いながらも、タリクはどこか誇らしげに微笑んだ。
『感謝します!この隙に――』
ミレーゼが再び羽ばたこうとした、その瞬間。
『■■■■■■■■■■‼』
上空から濁った咆哮が響き渡り、死と呪いを孕んだ腐毒のブレスが降り注いだ。
「っ!」
タリクが即座に障壁を展開し、ブレスを受け止める。
凄まじい衝撃が障壁越しにアレスたちを襲った。
精霊界で戦ったアビスドラゴンに匹敵するほどのエネルギーの塊。光を拒む闇の空間が、並のアンデッドでさえ凶悪なまでに強化していた。
障壁が軋み、ひび割れが走る。タリクの額に冷や汗が滲む。
轟音とともにエネルギーが霧散し、タリクはなんとか防ぎ切った。
しかし――終わりではなかった。
煙が晴れ、視界が戻った瞬間、タリクは苦笑を浮かべる。
「どうやらまだ終わりではないようですね」
闇の中、無数の死したドラゴンたちが巨大な顎を開き、アレスたちを狙っていたのだ。
「行くぞ‼」
アレスの声に、仲間たちは力強く応じる。
「暴風の刃!」
「《バアル》!」
イリスの風刃が数体のドラゴンを両断し、アレスの雷撃が別の個体を撃ち落とす。
だが、まだ敵は残っている。ドラゴンたちは一斉にブレスを吐いた。
視界を埋め尽くすエネルギーの奔流。
その前に、二つの影が立ちはだかる。
ヒースとアリシアだ。
ヒースは愛剣『風切』を引き絞るように構え、アリシアは杖先に逆巻く炎を集める。
「蒼風・貫衝……!」
「緋聖の焔‼」
風の衝撃波と紅蓮の炎がブレスへとぶつかり合う。
そして最後に、アレスが雷を纏った神剣バアルを構えた。
迸る雷が極限まで高まり――
「怒りの雷槍‼」
極大の雷撃が放たれた。
三人の技とドラゴンのブレスが激突し、光が弾け、衝撃が空間を揺らす。
そして――
轟音とともにぶつかった力が相殺され、はじけ飛ぶ。
爆散するエネルギーの余波はすさまじく。烈風を伴ってそれぞれを襲う。その力をタリクとイリスの障壁が受け止めた。
『私も見ているばかりではいられませんね。――皆さん、今いる位置から動かないでください。行きますよ』
ミレーゼの声とともに、空中にいくつもの魔法陣が展開される。
『光麗門召喚、最大展開――天光の矢!全開放‼』
魔法陣から極光が放たれた。
無数の光が闇を裂き、触れたアンデッドを一瞬で消し飛ばしていく。
強力なアンデッドも無関係に吹き飛ばすその威力はまさに圧巻だった。
「すさまじいな……!」
「これだけ……やれば……!」
だが――
突如、空間に音もなく亀裂が走った。
黒い裂け目が口を開け、深淵そのものが蠢き始める。その深淵から、闇が吐き出すように無数のアンデッドが溢れ出した。
「……っ!」
息をのむアレスたち。
湧き出たアンデッドの数は凄まじく、すでに戦闘前の密度を超える勢いだった。
闇から生まれた影たちはアレスたちの行く手を塞ぎ、数の暴力で無秩序に襲いかかる。
その勢いは黒い濁流のようで、アレスたちを丸ごと飲み込んだ。
アレスたちは息をのんだが、しかし、気持ちを奮い立たせ応戦する。
だが、圧倒的な数を前に、彼らの反撃はあまりに小さく、波に抗う灯火のようだった。
「おいおい、ずいぶんやったが、本当に際限がないな……!このままだとじり貧だぞ!」
ヒースが次々と襲いかかるアンデッドを切り刻み、汗をぬぐいながら叫ぶ。
仲間たちの表情にも焦りが滲み始めた、その時――。
「見えたぞ‼グランナレフ城だ‼」
アレスが叫ぶ。
見渡す限りアンデッドの海の中、アレスの指し示す先に、魔に堕ちた城が姿を現した。
グレイブの裏切りによってアンデッドの支配する城と化したグランナレフ城は、美しさの中に退廃の影を宿し、不気味な威容を放っていた。
『ようやく見えましたね!もうしばらく耐えてください!』
ミレーゼは再び加速する。
目の前の敵を力任せに蹴散らし、空を裂くように突き進む。
デス・フライヤーの群れが捨て身で突っ込んでくるが、その猛攻を紙一重でかわす。
続いてドラゴンゾンビのブレスが飛竜を狙うが、イリスの結界が寸前でそれを弾いた。
しかし、無限に湧き出るアンデッドによる包囲はより密度を増し、厚くなる一方だった。
『くっ……!』
ミレーゼがぎりぎりで回避を続けるが、ついに――。
ドラゴンブレスが直撃した。
周囲のアンデッドすら巻き込みながら、命を奪う呪いの奔流がアレスたちへと襲いかかる。
蓄積した衝撃に耐えきれず、アレスたちを守っていた結界が砕け散った。
結界を突き破ったブレスのエネルギーがミレーゼの身体を容赦なく焼く。
衝撃で体勢が崩れた瞬間、デス・フライヤーの群れが襲いかかる。
反撃の暇もなく、鋭い爪がミレーゼの翼を深々と裂いた。
『ああっ……!』
「っ……!」
ミレーゼの悲鳴とともに飛行が大きく乱れ、落下していく。
アレスたちは歯を食いしばり、必死に背にしがみついた。
「超回復!」
タリクが治癒を施すが、傷は深く、完全には癒えない。
墜落するミレーゼの身体は、着実に地面へと迫っていた。
『……これ以上は無理です!城の前で着陸します!しっかり掴まって!』
地面が目前に迫る。
激突の瞬間、ミレーゼは渾身の力で翼を打ち下ろし、一瞬だけ浮力を生み出した。
そのわずかな猶予で落下の勢いを殺し――
着陸した。
殺しきれなかった衝撃でアレスたちは一瞬宙へと投げ出される。
だが、空中で身をひねり、どうにか地面へと着地した。
苦しげな息を吐きながらミレーゼは人型へと戻り、その場に膝をつく。
肩で荒く息をする彼女へ、アリシアが駆け寄った。
「大丈夫ですか⁉」
「……問題ありません。すみません、少し回避が遅れました」
タリクの治癒で大きな傷は塞がっていたが、ミレーゼの肩にはまだ細かな裂傷がいくつも残っていた。
「何を言う。おかげでなんとか到達できた」
ヒースが見上げた先には、そびえ立つグランナレフ城がある。
はるか遠くにあったはずの目標は、今や手を伸ばせば届きそうなほど目前に迫っていた。
「ああ、そうだ。ミレーゼ、ありがとう!」
アレスの言葉に、ミレーゼは痛みに耐えながらも微笑みを返した。
しかし、安堵の時間は一瞬たりとも許されなかった。
空と地上の両方から、アンデッドが次々と集まり始める。
まるで城そのものが呼び寄せているかのように、闇の影が増えていく。
「ここは任せて、先に行ってください!足止めします!」
ミレーゼが険しい表情で叫ぶ。
「だめだ!君だけを置いていくなんて――」
「私も残ります!」
イリスが一歩前に出た。
その瞳には揺るぎない意志が宿っている。
「どのみち、このアンデッドの大群を放置はできません。大丈夫です……後から必ず合流します」
アレスは一瞬だけ迷いを見せたが、すぐに頷いた。
「……わかった!無理そうだったら、すぐに撤退してくれ!」
アレスたちがグランナレフ城へ駆けていく背中を見送り、ミレーゼは短く息を吐いた。
「別にあなたが残る必要はないと思いますよ」
「御冗談を。いくらあなたでもこの数を相手に一人だけ残るのは無謀と言うものです」
イリスは静かに微笑み、両手を広げて術式を紡ぐ。
「精霊王の祝福」
柔らかな癒しの光がイリスの手から広がり、ミレーゼの傷を包み込むように癒していく。
迫り来るアンデッドの影を前に、イリスは淡々と、しかし確かな意志を込めて言葉を続けた。
「アンデッドであるがゆえの、消滅するその時まで命を狙う凶暴性。闇の力によって異常なまでに強化された攻撃力。そして……いくら倒しても無限に湧き出る圧倒的な数」
風が鋭い刃となり、イリスの周囲を取り囲むアンデッドを薙ぎ払う。
ミレーゼも光の矢を次々と放ち、空を舞う影を撃ち落としていく。
だが、アンデッドの勢いは止まらない。むしろ、闇の奥からさらに増えていくようだった。
戦いながら、イリスは静かに言葉を紡ぐ。
「終わりが見えず、気の抜けない戦いです。私たちは消耗を強いられ、状況はまさに絶望的と言えるでしょう。しかし――」
イリスの瞳に宿る光が、闇の中でひときわ強く輝いた。
「私とあなたがいれば、この場はしのげるはずです」
両手を胸の前で組み、イリスは祈りを捧げる。
「皆さん、私を助けてください――再誕せよ大地。祝福で満たせ、精霊の楽園!」
その瞬間、死と闇に満ちた空間が一変した。
イリスを中心に光が広がり、淡い輝きが空間を揺蕩う。闇に染まった世界に、まるで春の息吹のような光が灯る。枯れ果てた大地に生命が芽吹き、緑が伸び、花が咲き誇る。死に絶えた植物が脈動を取り戻し、世界が再び呼吸を始めた。
アンデッドたちはその領域に足を踏み入れた瞬間、動きが極端に鈍くなる。
絡みつく蔦に足を取られ、負の力が優しい光に触れ急速に失われていく。
だが――。
イリスの影から、ふいに黒い影が浮かび上がった。
地獄の影人。
術に集中するイリスの背へ、鋭い手を伸ばそうとしたその刹那――。
ミレーゼの光の矢が無詠唱で放たれ、影を貫いた。
ヘル・シャドウは声もなくのけぞると、その傷ついた影を揺らがせ霧散する。
「ありがとうございます」
イリスが振り返り、微笑み、ミレーゼもまた不敵な笑みを返した。
「大したことではありません。……ですが、そうですね。精霊王イリス」
ミレーゼは空を見上げ、迫り来るアンデッドの群れを睨む。
「勇者たちが決着をつけるまで――ここは私たちで引き受けるとしましょう」
二人の背に、揺るぎない覚悟が宿っていた。




