決戦、死の空を行く
冷たくまとわりつくような闇の空。緩やかに死を促すような息苦しさをもたらす闇の中、切り裂くように赤い飛竜が空を飛ぶ。
気品を感じさせる優美な姿で翔けるその身は、燃え立つ炎を思わせる赤い鱗に覆われ、闇の中でひときわ鮮烈に輝いていた。黒い夜空に描かれる赤い軌跡は、闇に走る流星のようで美しく映えた。
赤い飛竜の背にいるのは五人の勇者。背にしがみつき、激しい風に髪を揺らしながら、誰もが険しい表情で前方を見据え、いつでも戦えるよう身構えていた。
向かう先は――グランナレフ城。
グレイブが待つ、因縁の地。
『……正直、あなた方が戦うことを決断してくれてよかったです』
赤い飛竜――ミレーゼが言う。
「……どうして?」
アレスが問う。ミレーゼは翼を羽ばたかせながら答えた。
『私はこの世界を、遥か昔から見てきました。豊かに賑わう大地、どこまでも広がる空、青くきらめく海……時に荒々しく残酷で、時に神秘的で美しく、そしてありのままに数多の生物が息づくこの世界を』
語る声は長く生きた者特有の重さを持ち、思い入れの強さが自ずと感じられた。
『竜王スキア様が悠久の時から見守ってきたこの美しい世界を私は心から愛しているのです。それを――』
言葉の途中で、ミレーゼの声にかすかな怒気が混じる。
『闇で空を塗りつぶし、大地をアンデッドで蹂躙する今の光景は……耐え難いのです』
「気が合いますね」
イリスがそっと微笑む。
「私も同じようなことを思っていました」
風を受けながら、イリスは静かに言葉を紡ぐ。
「私は、数多の命の循環がこの世界の本質だと思っています。生まれ、育ち、命を終える……人も動物も、私たち精霊でさえも、その摂理の中で生きています。形を変えて止まることのない生の輝き。だからこそ、この世界は美しい。ですが――」
イリスはそっと手のひらを上に向け、周囲を覆う闇を示した。黒い風がその指先をかすめていく。
「この闇にあるのは喪失と停滞ばかりの死の世界。無秩序に死者を生み出し冒涜する。死者は理性を忘れ、生者を呪い、襲う。歪んだ世界です」
そして、イリスは再び前を向き、決意を込めて言った。
「グレイブにどんな理由があろうとも、この闇は晴らさなければなりません。――絶対にです」
「そうだな」
アレスは拳を握りしめ、力強く言った。
「今度こそ手に入れよう。本当の平和を」
ヒースは短く笑い、「当たり前だ」と肩をすくめた。
タリクは穏やかに目を細め、「いいですね。やりましょう、私たちで」と微笑む。
アリシアは杖を握りしめ、「頑張ります」と小さく息を整えた。
『……ふふ』
ミレーゼがかすかに笑みを浮かべた、その刹那だった。
「……っ‼」
ふいに死の気配が冷たい風のように肌を撫で、アレスたちは反射的に身構える。
その瞬間、アレスたちは悟る。これまでの闇はただの入り口。ここから先こそ、真の邪悪が住まう領域なのだと。
「敵です!」
アリシアの鋭い声が闇を裂く。
直後現れたのは、一体のアンデッド――地獄の影人。
実体のない体から強烈な死の気配を纏わせ、光のない影の瞳が生者の命を狙う。そのプレッシャーは並みの魔物と比較にならないほど強い。
だが、それはただの始まりに過ぎなかった。その一体の後から、次々と空飛ぶアンデッドが姿を現す。
鋭い毒牙で人を死に至らしめる冥界の虫――冥咬蟲。
死した体で羽ばたくたびに黒い瘴気をまき散らし、相手を呪い殺す怪鳥――死壊鳥。
深い闇に侵され、触れただけで相手の身体を溶かす腐ったドラゴン――腐竜。
様々なアンデッドが大挙して、闇に染まった空の中を醜く飛び、招かれざる生者を獲物と見て濁った瞳をぎらつかせる。
「くそっ……どれだけ多いんだ!全部相手にしていたらキリがないぞ!」
ヒースが毒づきながら叫ぶ。
「だめもとですが……身を隠せるか試します!――精霊幻影!」
迷いなくイリスは詠唱に入る。
その声に呼応するように淡い光が広がり、ミレーゼの身体を優しく包み込んだ。
やがてその姿は闇に溶け、代わって幻影の“偽の飛竜”が上空へ向かって疾走していく。
しかし――
「だめです……!効いていません……!」
アリシアが険しい顔で叫ぶ。
幻影に釣られたのはほんの一部。残りの大半は、腐った眼窩で正確に実体のアレスたちを捉えていた。
『■■■■■■■■■■‼』
一体のドラゴンゾンビが濁った咆哮を上げる。
邪悪で巨大なその咆哮は、しかし序章にすぎない。
ほかのアンデッドも共鳴するように狂った叫びを上げ、無秩序に繰り出される死者の絶叫が鼓膜を突き破らんばかりに響く。
だが、アレスたちは怯まない。幾度も死地を越えてきた彼らにとって、この程度の恐怖は障害にならない。
視界を埋め尽くすほどのアンデッドに立ち向かうべく、全員が武器を構える。
『――突破します!皆さん、しっかり掴まってください!』
ミレーゼが大きく羽ばたき、急加速する。
これまでとは比較にならない速度で空を駆け、アンデッドの間をすり抜けていく。
だが、アンデッドの群れが黙って見逃すはずもない。
己の領域に飛び込んできた無謀な生者を食らわんと、一斉に襲いかかった。




