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冷たく燃える憎悪の炎

 時をさかのぼること少し。

 グランナレフ城の薄暗い玉座にて、黒淵は一人静かに座していた。

 広い玉座の間には誰の気配もなく、冷えた空気だけが満ちている。

 肘置きに頬杖をつき、黒淵は感情の読めない瞳で虚空を見つめていた。

 ふいに、玉座の先の床へ指を向ける。

 差した先から魔法陣が淡く光り、青白い輝きが広がった。

『ごほっ……がはっ……!』

 せき込みながら光の中から現れたのは、アンデッドと化したガランド王だった。腐り崩れかけた身体には、かつて王であった面影がわずかに残っていた。

 醜悪にされた顔を上げ、ガランド王は言った。

『なんの……つもりだ……!なぜ、このようなことをした……!』

「……」

 黒淵は沈黙したまま、冷えた視線を落とすだけだった。

『長らく勇者を助けてきたお前が、なぜ裏切った、グレイブ……!』

「……頭が高いな」

 つまらなさそうに発せられたその一言とともに魔法陣が強く輝き、見えない圧力がガランド王を床へと押し伏せた。

『ぐっ……!がっ……!』

 苦悶の声を上げるガランド王。

「立場を弁えろ。国を失い、王ですらないお前は、今や奴隷以下だ」

『なん……だと……?!』

 ガランド王は苦しげに周囲を見渡す。

 だが、誰もいない。ただ、残された血と破壊の痕跡だけが、ここで起きた惨劇を物語っていた。

「グランナレフ王国は滅んだ。お前がアンデッドとなったあの時に」

『……ぁ?!』

 ガランド王がかっと目を見開く。

『ああ……!』

 同時に当時の記憶を取り戻し、それを成した張本人を前に恐怖に顔を歪める。そしておそるおそる己の半ば腐った手を見てようやく理解が完全に追い付いた。

『ああああああああああああああっ!』

「どうやらアンデッドとなったことも忘れていたようだ。生前の塩らしい態度はなんだったのかと思ったぞ」

 温度のない言葉で退屈そうに黒淵は言う。

 やがて、混乱の中でガランド王はかすれた声を絞り出した。

『……何が、目的だ……』

「……ついて来い」

 黒淵はそう言うと、宮殿の奥へと歩き出す。

 誰も近づかぬ地下へ降りしばらく、どこにでもあるような突き当りに辿り着く。そこで、黒淵は何の変哲もない壁に手を当てると――重い地響きとともに壁が開いた。

 同時に浮かび上がる青白い光。その光に照らされた通路の先に、重厚な扉がそびえていた。

 赤い絨毯が敷かれ、段差の先に静かに佇むようにあるその扉は、まさに異界への門のようで、その奥から異様なほど濃密な力が滲み出ていた。

『まさか……!』

「そうだ。“異世界転生”の儀式場だ」

 黒淵は淡々と告げ、扉の前に立つ。

 震える声でガランド王が問う。

『……ここは王の血筋にしか開けられぬ秘密の間。――まさか、私に協力しろと言うのか……?』

「不要だ」

 冷たく答え、黒淵は扉に手をかざす。

 すると扉に魔力が走り、青白い光が広がった。その直後、重々しく扉が開かれていった。

 絶句する王に黒淵は言う。

「お前が闇に沈んでいる間にすべて終わらせてある」

 黒淵は一歩中へ入り、奥を見つめた。

 そして振り返り、静かに問う。

「……魔王を知っているか?」

『……今代の転生者のことか……?』

 慎重に言葉を選びながら問い返すガランド王。黒淵は誰にも気づかれぬような息を小さく吐いた。

「……そうだ。お前たちにとってはな」

 そして続けて言う。

「お前たちが、七年前、千人の生贄をもって召喚し、最後まで見つけられなかった転生者だ」

『……!』

 なぜそれを、とガランド王は驚いた顔をする。黒淵は再び問う。

「……名を知っているか?」

 黒淵はガランド王が口を開く前に言った。

「知るはずもない。何も知らず、己の都合でこの世界に呼び寄せ、そして不都合になれば切り捨てる。転生者が敵となれば、自らは被害者の仮面を被り、都合よく世界を巻き込んで攻撃する。それがお前たちの歴史だ。今回もそうだ。七年前、お前たちは千人を生贄にこの地へ転生させ、求めぬ力を押し付け、無責任に狂わせた挙句さらに大きな被害を出した。違うか」

 抑えられた抑揚から放たれる糾弾の言葉。その声は恐ろしいほどに淡々としたものだったが、それでも言葉の端々に隠しようもない怒りが見え隠れしていた。

 黒淵の異様な迫力を前に言葉を失うガランド王。黒淵は続けて言った。

「お前たちが転生させなければ白井綾香は狂わなかった。殺されることはなかった。この歪んだ世界の理屈とは無関係に生きることができた」

 黒淵の指先から黒い雷撃が走り、ガランド王の足を貫く。

 ガランド王の足は黒い血とともにちぎれ、王は濁った悲鳴を上げた。

「これは私怨だ。俺の、どうしようもない、誰の得にもならない無意味で無価値なただの八つ当たりだ」

 黒淵はそう告げると、ガランド王の頭上に漆黒の剣を生み出した。

 刃が形を成すのと同時に、黒淵の指が静かに下へと動く。

 その仕草に呼応するように黒剣が一直線に落下し、足を抑え苦しむ王の右肩を深々と貫いて床へと縫い付けた。

『……ぁあああああああああっ‼』

 ガランド王の絶叫が響く中、黒淵はどこまでも冷淡に言う。

「よかったな、アンデッドで。気を失うこともできないだろう。その気になれば、魂だけを残して、永遠の苦しみを与えることもできる。お前たちが切り捨て、見殺しにしてきた数だけ苦しみをその身で味わうことができる」

 ガランド王の顔がこれ以上なく恐怖で歪む。

『やめろ……!やめてくれ……!私にできることなら、なんでも……!なんでもする……!』

 ガランド王が欠損し、黒剣に拘束された不自由な体で、もがくように懇願する。

 黒淵はこれ以上なく冷たい目で見下ろす。しかし――

 ふいに黒淵が興ざめしたように視線をそらした。

「煉獄のヘル・フレイム

 地獄の業火を呼び出し、ガランド王をその炎の中に閉じ込めた。

 苦悶の声は一瞬で、すぐに王の身体は塵一つ残らず消し飛ぶ。そして、ただ静寂だけが残った。

「……」

 黒淵はそのまま踵を返すと儀式場の奥へと歩みを進めた。

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