知らされた真実と勇者たちの決意
そこで場面がふっと途切れ、景色は神殿へと戻った。
深い闇夜を思わせる空間に、星々の光が静かに瞬き、先ほど見せられた記憶の痛みをより鮮やかに照らし出す。
誰も言葉を発せず、ただ胸を締めつける余韻だけが場を満たしていた。
「……あ」
アレスの頬を、一筋の涙が伝った。
それが悲しみなのか、後悔なのか、自分でもわからない。ただ胸の奥がどうしようもなく痛み、涙が止まらなかった。
膝が崩れ、アレスは地面に手をつく。震える右手を見つめ、込み上げる感情に耐えきれず、拳を握りしめて床を打つ。
むせび泣く声が、広い神殿の闇に吸い込まれるように響いた。
――やがて、少しだけ呼吸が整ったアレスは、ゆっくりと立ち上がる。腕で涙を乱暴に拭い、仲間たちの方へ向き直って深く頭を下げた。
「……ごめん」
「何を謝るんだ。あれを見て平気でいられる奴なんていない。お前は間違ってないさ」
ヒースの頬にも、乾きかけた涙の跡が残っていた。
アリシアが涙ぐみながら頷く。
「そうです……。あんな悲しい過去を知れば誰だって……」
イリスも涙を拭いながら、言葉を失ったまま頷いた。
タリクは優しく、しかし深い悲しみを湛えた目で虚空を見つめる。
そんな彼らを見渡し、スキアが静かに口を開く。
『……以降、グレイブは己の胸中を語ることはなかった。今、“異世界転生”を壊すために動き始めたが……同時に、これまでお前たちを陰ながら導いてきたのもまた事実だ。その行動が魔王にとって不利に働くと知りながら、だ』
「……」
『グレイブという仮面の内側で、かの者が何を思っていたか……私にもわからぬ。だが――』
スキアは一度言葉を切り、深い闇の中でゆっくりと瞼を閉じた。
『――許せなかったのだろう。“異世界転生”という仕組みそのものが』
その言葉は、神殿の静寂に重く沈み、誰の胸にも深く響いた。
『――アレス、ヒース、アリシア、タリク、イリス』
間をおいて、スキアは勇者たちの名を呼ぶ。
『真理を知った今、この世界で生きる者としてお前たちの意見を問いたい。グレイブが破壊しようとしている”異世界転生”の是非を。かの者が為そうとすることについてどう思う』
重すぎる問いだった。
真理を知ってしまったがゆえに、誰もが明確な答えを出すことにためらいを覚える。
だが、一人――アレスだけは違った。
「……違う」
その言葉に、スキアは軽く瞬きをし、問い返す。
『違う?違うとはどういうことだ?』
アレスは迷うように言葉を探しながら、しかし確かな声で答えた。
「俺には正直、わからない。何が正しいのか間違っているのかなんて。グレイブのやろうとしていることは、結局のところ大きくは間違っていないのかもしれない。――でも違うんだ。そうじゃないんだ」
無数に湧き上がるアンデッドの群れに飲まれ変貌するグランナレフ城。町の人々がアンデッドに襲われ、悲鳴とともに命が失われていく光景が頭によぎる。
「“異世界転生”とか……そうじゃないんだ。俺は――」
アレスは顔を上げ、静かに、だが力強く言った。
「俺は、ただ止めたいんだ。これからの犠牲を」
『……なるほどな』
スキアの理知的な瞳が試すようにアレスを見つめる。
『だが、グレイブの行動は、今後続いていくだろう“異世界転生”で生じる犠牲を止める側面もある』
「そうかもしれない。でも――未来と同じくらい、今生きる人たちも大切なんだ」
その時、ヒースが大きな声で言った。
「そうだな!」
これまでの迷いを吹き飛ばすような声だった。
「お前の言う通りだ、アレス!」
ヒースは一歩踏み出し、力強く続ける。
「奴にも事情があるのは分った。だが、ごちゃごちゃ考えるのは性に合わない。奴に大義があろうとなかろうと、俺たちは今生きている者のために戦う。――まったく、俺としたことが。簡単な話じゃないか」
「……そうですね。それにもしこの戦いが彼の本意でないのであれば……もし後悔があるのならば、会って話せば今のアンデッドの侵攻も取りやめてくれるかもしれません」
タリクが穏やかな表情で言う。
アリシアがぱっと顔を明るくし、嬉しそうに応じた。
「そっか、そうですね!もしグレイブさんがこちらに戻ってくれば、私たちも戦う必要もなくなる!」
「もちろん、国を滅ぼし、人々を襲った罪は重い。これから長い年月をかけて罪を償う必要はあるでしょうが……彼ならば可能だと思います」
タリクが静かに言い、イリスが思案げに問いかける。
「しかし、グレイブさんは素直に応じるでしょうか……?もし彼が首を横に振ればその時は――」
「戦う」
短くアレスが答える。
その瞳には、強い意志と、どうしようもない悲しみが同時に宿っていた。
「――それしか、ない……!」
その決意に仲間たちは静かに頷いた。
『……そうか。それがお前たちの答えか』
スキアは受け入れるように目をつむる。そして続けていった。
『だが、今のお前たちではあの男には勝てないだろう。不死の力はあらゆる攻撃を無意味にする。どれほど強力な一撃で焼き尽くそうともどれほど最高峰の神術で祓おうとも最後には何事もなかったかのように立ち上がる――ゆえに、お前にこれを与えよう』
スキアの言葉が落ちた瞬間、神殿の空気がわずかに震えた。
次の刹那――閃光が弾けた。
白い光が視界を覆い、アレスたちは思わず目を細める。
光が収まったとき、そこには一本の剣が静かに浮かんでいた。
「……!」
刀身は透き通るように澄み、まるで星の欠片をそのまま鍛え上げたかのように静謐な輝きを放っている。
「……これは?」
『不死の王すらも倒す力を持つ魔剣。名を――『転生者殺しの剣』という』
その物騒な名に反して、剣は禍々しさを帯びていない。ただ、触れることすら憚られるような、異質な何かが放たれているように感じられた。
スキアは続けた。
『古の転生者がバアルとともに鍛え上げた異質の魔剣だ。その力は、転生者の身体に刻まれた術理の破壊。世界から授かった異能そのものを断ち切る剣だ。まさに転生者を殺すために作られた剣。たとえ相手が不死だとしても致命の一撃を与えるだろう』
破格とも言うべき特性にアレスたちは息を呑むしかなかった。
『だが、その力ゆえに転生者には使えない。歴代転生者には触れることすらできず、それどころか忌まわしいものと忌避され、何の因果か私が長らく預かっていた。――だが、こうなった今だからこそ、お前にはふさわしい代物だ』
アレスはゆっくりと手を伸ばした。
指先が刀身に触れた瞬間――光が爆ぜた。
眩い輝きが神殿を満たし、アレスの手にあったバアルの剣が呼応するように震え始める。
二つの剣が引き寄せられ、重なり、溶け合い、そして――一振りの剣となった。
先にも増して伝わる圧倒的な存在感。バアルの動的な荒々しさと『転生者殺しの剣』の静の美しさを一体化し、より高みに上げた神秘的な美しさを見せていた。
「……!」
アレスは手に取った至高の剣を見上げ、仲間たちとともに声もなく感嘆の息を吐いた。
『私も初めて見る。……そうか。それが真の姿ということか……』
スキアは静かに頷き、続けて言った。
『もう一つ私からお前たちに力を与えよう』
その言葉とともに柔らかな光がアレスたちを包む。手の甲に温かな痺れが走り、後光を差した翼の紋章が刻まれた。
「なんだ……?!体の内側から力が……満ち溢れてくる……!」
『私の加護だ。一時的にではあるが、お前たちの潜在力を限界まで引き上げることが可能だ』
スキアは翼を大きく広げ、神殿全体を震わせる声で告げた。
『行くがよい。すべての因果の始まりの地――グランナレフ城に。そこにグレイブは待っているはずだ。――今代の勇者たちよ、人類の希望よ。お前たちの武運を祈る』
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