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異世界転生レクイエム  作者: 山下贋作
第3章 天の階
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誰も知らない彼の見た景色②

 ――場面が切り替わる。

 かつての栄華を取り戻したかのような荘厳な趣を備えたネクロヤオル城。その門前で、褐色肌の美しい女性――ライラが静かに頭を下げる。

『お久しぶりです、黒淵様。主ともども、お待ちしておりました』

『……その人型もずいぶんと板についてきたな、ライラ』

『ありがとうございます。元の姿では、少々手狭ですし、この姿でいる時間の方が長くなってきたかもしれません』

 ライラは道を先導しながら小さく付け加える。

『……それに我が主も人型であることを好まれますので』

『……そうか』

 グレイブが小さく呟く。

『……人恋しさゆえ、か』

 その独白をかき消すように、城の扉が開いた。

『先生!』

 白井が嬉しそうに飛びついてくる。

『やっと会えた!何していたの、半年もの間!』

『悪いな。調査が思った以上に手間取ってしまった』

 そして、二人はゆっくりと庭へ歩み出た。扉の向こうに広がるのは、手入れの行き届いた広い庭園。庭の中央に、白いクロスを掛けたテーブルが一つ、まるで二人を待っていたかのように佇んでいた。

 席に腰を下ろすと、ライラが軽やかな所作で茶菓子と紅茶を並べる。湯気の立つ香りがふわりと広がり、甘い焼き菓子の匂いと混ざり合った。

『先生とこうしてゆっくりお話しできるも久しぶり!ねえ、時間は大丈夫?』

『大丈夫だ。しばらくは、予定もない』

 白井は心から嬉しそうに笑った。

 他愛もない会話が続き、やがて白井がふと真剣な顔になる。

『ねえ、先生』

 白井の少し改まった様子を訝しみながらグレイブが目で続きを促す。

『最近、やりたいことができたんだ』

『やりたいこと?なんだ』

『故郷に戻りたいの。日本に』

 そして、静かに続けた。

『この子たちと一緒に』

 紅茶を飲もうとしたグレイブの手が止まる。

『……その意味を理解しているのか?』

『意味?もちろんよ、この子たちと一緒に日本に戻るの。先生も一緒。そこで楽しく暮らすの!ねえ、いいと思わない?』

『……』

 沈黙するグレイブに白井は明るく手を打った。

『あ、そっか。そうだね!本当に戻れるのかって話なら大丈夫!私も調べたの!過去、転生者が故郷に戻ったとされる事例は何度かあるみたい!転生と同様の理論で、グランナレフ王国の儀式場を使えば戻れるんだって!人数制限はあるかもしれないけど、でも不可能じゃない――』

『やめろ』

 グレイブが遮る。その声は抑制のきいた声だったが彼にしては珍しく、少し感情的な高ぶりが見えた。

『なんで?』

 白井の弾んでいた声が落ちる。

『被害が大きすぎる』

 そうグレイブは短く断じ、続けて言った。

『グランナレフ城にお前が行くことはできない。魔物を引き連れるお前たちが行けば戦いになるのは確実だ』

『そうね。多分先生の言う通り』

『なら……』

『だって、この世界に私たちの居場所はどこにもないから』

 その言葉に、隠しようのない絶望の響きにグレイブは絶句した。

『私たちを傷つけ、殺そうとするこの世界に……!いていい場所なんてどこにもないから……!』

『……』

『だから、私は帰るの、故郷に。戦いは避けられないかもしれない。でも仕方ないの。このままだと、いつか殺される。私も、この子たちも、先生も、この世界にとって敵でしかない!この不平等な世界は!私たちの敵でしかない!』

 白井は震える声で言った。

『先生は……認めてくれますか?』

 長い沈黙の後、グレイブは苦しげに答える。

『……だめだ』

 顔を歪めながら続ける。

『……言いたいことは分った。しかしもし仮に日本に行けたとしてだ。お前の居場所は……』

 そこで言いよどんでグレイブは口をつぐんだ。そして、一度閉じた口を、ゆっくりと開いた。

『俺はアンデッドだ。そうそう死にはしない。当分、お前が生きている間なら大丈夫だ』

 白井は寂しげに微笑んだ。

『……先生ならそう言うと思ってた』

 白井がそっとグレイブの手を取り、グレイブの右手と白井の左手の指が組み合う。

 魔法が発動し、二人の手首が白く輝く。

誓約オース……⁈』

 誓いを強制させる魔法をかけられ、グレイブが目を見開く。

 白井の後ろに控えていたライラは静かに目を伏せた。

『ごめんね。先生』

 小さな声で白井が謝る。

『先生とは戦いたくないの。これは嘘じゃない。本当だよ』

 光が収まり、魔法陣が刻まれる。

『約束。私を止めないで。そして……私を信じて』

 スキアの声が重く響く。

『だまし討ちのような契約だった。だが、この男の不死の力なら破れたはずだ。それでも……破らなかった』

 白井はそっと木彫りのお守りを差し出した。

 それはかつて、旅の中で白井に渡した手製のお守り。色は褪せ、年月の重みが刻まれている。それでも表面には丁寧に磨かれた光沢が残り、どれほど大切に扱われてきたのかが一目でわかった。

『先生。これも返すね』

 そう言う白井の顔はこれ以上ないほど慈愛に満ちていて、受け取るグレイブの手がわずかに震えた。

『もう一つお願いしてもいいですか、先生』

 顔を上げるグレイブ。

『下の名で呼んでもらってもいいですか?』

 グレイブの声が思わず震えた。

『……あや、か……』

 白井は涙をこらえながら、小さく笑って『嬉しい』と言った。

『私を助けてくれてありがとう。またね、先生』

 次の瞬間、グレイブの姿は消え、白井とライラだけが、静まり返った庭に取り残された。

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