竜王スキア、語られる世界の理
長い年月を物語る分厚い鱗。
岩を紙のように裂くだろう巨大な爪。
すべてを噛み砕くために生まれたかのような、恐ろしくも威厳ある顎。
そのどれをとっても規格外の存在にアレスたちはただ圧倒される。
白竜はゆっくりと瞼を持ち上げ、アレスたちを映す双眸に静かな光を宿す。
ミレーゼは恭しく跪き、静かに頭を垂れた。
「お待たせしました。勇者一行をお連れいたしました」
『ふむ』
白竜の声は低く、しかし澄み渡る知性を帯び、空間そのものを震わせる。
『よくぞ来た、勇者たちよ』
その瞬間、巨大な羽がばさりと動いた。
ただそれだけで、アレスたちの視界が揺らぎ――気づけば白竜の眼前に立っていた。
「うわっ……!」
突然目の前に現れた巨大な顔に、アレスたちは思わず身をのけぞらせる。
『驚かせたようだ。だが、人は互いの眼を見て話すものと聞いたゆえにな』
白竜は続けて言う。
『私の名はスキア。――竜王。そのように伝わっているが、実際は、ただ古き竜の一頭にすぎぬ。この世に生きる生物の中で最も古くに生まれ、そして見届けるだけのただの竜だ』
淡々とした口調。巨大な瞳がぐるりと動き、アレスたちを順に覗き込む。
『人の世界で語られるような世界の守護者でも何でもない、幻滅したか、勇者アレス』
「……」
「アレス?」
沈黙するアレスを心配して仲間たちが覗き込む。
するとアレスは突然、顔を手で覆い、しゃがみ込んだ。
「やばい……感動しすぎて何も言えない……!」
「お前、こんな時でもそれか……!」
「しっかりしてください‼伝説の竜王様の前で失礼ですよ‼」
ヒースとアリシアが責めるも、アレスは小声で言った。
「ちょっと、鱗とか触ってもいいかな?」
「や、やめろ!状況を考えろ‼」
「……ははは、少し神に祈りたくなってきました」
「竜王様!本当に申し訳ありません‼アレスさんは悪気など一切ないのです‼どうかお許しを!」
タリクは諦めたように天を仰ぎ、イリスは勢いよく深く伏す。
その様子を見て、スキアは――
『ふっ……ふっふっふ』
と、愉快そうに笑った。
『大したものだ。多くの者は私を前にすると委縮し、畏敬の念を示すだろう。だが、お前のように純粋な好奇心を向けてくる者は初めてだ』
その時突然、ごうっと地面がゆれ、空間が軋むような音が響く。
決して小さくない揺れにアレスたちは戸惑いつつ、身を伏せる。
揺れが収まると、ミレーゼは固い声で言った。
「……竜王様」
スキアは長い首をもたげ、彼方に視線を送る。
『……世界にひずみが生じかけている。やはりあの男は本気なのだろう』
その独白めいた言葉を、アレスは聞き逃さなかった。
「あの男?それはもしかして――」
『そうだ。グレイブ――そうお前たちが呼ぶ者のことだ』
アレスたちは緊張を新たにし、互いに頷き合う。
「世界のひずみと言ったな? 奴は一体何をしようとしているんだ」
アリシアとイリスがぎょっとした顔を向ける中、ヒースはどこ吹く風で尋ねた。
無礼な物言いにも気にした様子もなく、スキアは答える。
『壊そうとしているのだ。世界の理を』
「世界の――理?」
ただならぬ内容に問い返すアレス。スキアはゆっくりと瞬きを返す。
『時空を超えた彼方の異世界から超常の力を与えて人間を呼び出す異質な秘術。――“異世界転生”。俗にそう呼ばれる術理――それを壊そうとしているのだ』
「“異世界転生”を壊す……?」
「わからん……。どうしてそれがグランナレフ王国を滅ぼすことにどう繋がる?」
予想外の言葉に、アレスたちは困惑を隠せない。
『かの者の思いがどこにあるかは私にはわからない。――だが、そうだな。その“異世界転生”の成り立ちから順を追って話すとしよう』
スキアの声が静かに響き、周囲の空気がわずかに揺らぐ。
『かつて――グランナレフ王国が戦乱に呑まれ、滅びの淵に立たされていた頃のことだ。その時、王国には一人の魔導士がいた』
アレスのそばに灰色のローブを纏った老魔導士の幻影が浮かび上がる。
『賢者レイモン。彼は国を救うため、王国に集中する地脈の力を通じて、特別な力を持った使い魔を召喚しようとした。その秘術こそが“異世界転生”――異なる世界から魂を呼び寄せ、この世界に生まれ落とさせる術理だ』
スキアの語りに応じてレイモンの魔法陣を描く様子が映し出される。
『レイモンの召喚は成功し、一人の転生者が生まれた。名は『セイヤ』。彼の力は錬金術――当時の世界では到底生み出せぬ発明を次々と形にする力だ』
魔法陣の中央に、驚いたように瞬きをする青年の姿が立ち現れる。アレスたちと変わらぬ年頃の、純朴な青年だった。
『当時、飛びぬけた戦力を求めていた王国にとって、転生者の錬金術は期待から外れたものだった。しかし、転生者の力は想像を超えていた。初代転生者の錬金術は戦いに革命をもたらし、それによって王国は滅びを免れ、それどころか転生者を擁する強国に成長した』
壮麗な城のバルコニーで、国王に肩を抱かれ照れくさそうに笑うセイヤ。
その背後で、老いたレイモンが満足げに頷いている。
アリシアが小さく息を呑む。スキアは淡々と続けた。
『だが、やがてレイモンは老い、己の死期が近いことを悟った。そして彼は告げた。――初代転生者セイヤが死ねば、またどこかに新たな転生者が現れる、と』
床に伏すレイモンを前に、国王とセイヤが驚愕する幻影が揺らめく。
『なぜか。それは最初の召喚で地脈に刻まれた“痕”が、世界の理として固定されてしまったからだ』
「理として……?」
アレスが呟く。
『ああ。初代転生者が死ぬと、地脈に蓄えられた力が刻まれた術理を起動させ、次の転生者を呼び出す。――それがこの世界の“仕組み”となってしまった』
アレスたちは言葉を失い、ただスキアの声に耳を傾けた。
『もし他国に転生者が現れれば、王国は強国でいられなくなる。ゆえに王国は、転生者の力を他国に奪われぬよう、再び自国で転生者を呼ぼうとした』
国王が頭を抱え、家臣たちが慌ただしく動く光景が映る。
『だがレイモンは秘術を伝えきる前に死に、完全な転生は行えなくなっていた。王国は遺言の内容とかき集めた記録でどうにか“近くに転生させる”仕組みだけを作り上げた』
魔法陣を前に安堵する王と側近たち。
『ただし、その代償は重い。千人もの命を捧げねばならず、召喚場所も大まかにしか指定できなかった』
喜ぶ王の傍で一人うつむいたセイヤの顔がその悔いを表していた。
イリスが震える声で問う。
「そんな……千人も……」
「初めて聞いた……本当なのか?」
『無論、限られた人間しか知らぬ秘事だ。囚人が多かったようだが、無関係の市民も含まれていたらしい』




